去年の大晦日は帝国ホテルプラザへ向かった。
前日の香水おさめに手応えを感じることが出来ず、これを機に前々から気になっていた帝国ホテルプラザへ行ってみようと思った。
プラザ内4階の、敷き詰められた暖色の絨毯を暫く進んだ先の B.d.Oを訪れた。
そこで扱っている、 去年の夏に日本に初上陸したイタリアのニッチフレグランス、アンジェラ チャンパーニャは目的の1つだった。
色の抑えられたシックなボトルは、白を基調にした店内で良く目立っていたのですぐに分かった。
何でもデザインはゴシック建築や礼拝堂からイメージされているらしい。それだけで興味を唆られる。
特に記憶に残った香水の所感は以下。
アーエル(AER)
→夕霧という意味。オークモス的な湿度のある苔味の強いグリーンと石畳のような冷たくスモーキーな香りで始まる。甘さは無く、グリーン系と言えどもフレッシュな香りではない。グレーがかった深い緑色とでも言おうか、名前の通り霧のような、植物の香りを内に含んだ細かい水分の粒が緩やかに近づいて来る様な香り方をする。時間が経つに従って、まるで霧の中で何かを探っている様にグリーンの仄かな甘味を含んだ香りの細やかな部分が見えて来る。調べるとグレープフルーツやジュニパーベリーの甘さで、グリーンの青味の奥に佇む様にさり気ない。
ラスト辺りになると特にミントの青々しい香りが残り、そのしっとりとした湿気が夕霧の後の夜の静けさを彷彿とさせる。
傾向的にはオリザのレリーク ダ アムールやアエデス デ ヴェヌスタスのイリスナザレナと似ているが、それらより低調に終始静謐な禁欲的なテンションで香る。
個人的にかなり好みの香り。
ロザリウム(ROSARIUM)
→ラテン語で教会のバラ窓を意味する。柑橘系が入っているのかと思う程すっきりと清潔感があり癖がない。調べるとタバコの花、キャロットシード、セロリシード、ジュニパーベリーなどが入っている。それらがすべて混ざり合う様に1つのかおりになっており、薬草として使われている花の香りを彷彿とさせる。引き締まっているも優しい鼻当たりで頭1つ上の清々しい空気を吸っている気分になり気持ちが晴れる。瑞々しいながらこれもアーエルの様な霧の様な粒子感をもって香った。
時が経つにつれて、トップのクリアで滝の飛沫のような香りにバニラ、サンダルウッドやインセンスの白さのある滑らかな質感が現れてくる。それに伴い、聖堂の中に香炉の煙を纏った香りが満ちる様に甘さが増して行く。意外な移り変わりに思えたが、序盤の香りは聖水の香りなのだろうかと考えたらロマンがあった。
他にも
マリンにやや石の涼やかさのある「カーナト」、
複雑で古代のオイルの様に濃厚な「リクオ」、
ウッドとペッパーがドライな心地よさを作る「ノックス」
があった。
そのどれもがラテン語で名付けられており、中世時代のアトリの街のストーリーから着想されている。
アーエルの所感で書いた通り、どの香りも霧や水蒸気のような細かい水の粒のような香り方をすると思った。情感豊かなタイプではなく淡々と香って行く。そして霧に包まれるように、いつの間にか中世の記憶が囲い込んでいる。
B.d.Oには他にも出会った事のない珍しい香水が沢山並んでおり、ヨッシュやドルセー、エバリオ トスカーノなど、あまりお目にかかれないものにも出会えた。
香りおさめには最高の充実した場所だった。
静かな店内に備わったソファに身を沈め、早速所感をノートに纏めた。
行きの道で通った飲み屋街は年末だからか人も居らず生命の営みの香りは息を潜め、ほこりと排気ガスの香りがしていた。一方プラザ内は何やらパウダリーで高級感のある香りが漂っていたが、その外以上に人気が無かった。
年末はやはり大きな何かが終わる様な仄かな異世界感が付いて回る。
夢か現実か、そのどちらにも当てはまりそうな帝国ホテルの灯りの下、時を忘れて1人中世の遠い物語に浸るのは、そこそこ贅沢な年末の気がした。