前回の記事で言っていたように、パリへ観光に行った。
空港から外に出ると、パリ空気は日本の空気よりも幾分かシャープで、水気が少ないように感じた。朝は日本より少し寒かったが、陽光は暖かい。
雨に降られた日は1日目だけで、あとは夏のような日差しの晴天が続いた。
おかげで観光らしい観光も出来、無事に友人とその彼女にディプティックのキャンドルも渡せた。
パリの街中の香りについてはわかっている人はわかっているだろうから書かないでおこう。
しかし、早朝のどこまでも見通せるようなきりりとした空気や、墓地の前でふとした瞬間に香った干し草の甘い香り、公園で感じたリラの甘い香り、ブーランジェリーから香る香ばしい香りはかけがえのないものだった。
さて、香水巡りも充実した発見があった。
この日は香水のセレクトショプのnoseを訪れた。
マレ地区からオペラ地区に行く途中だったか、散々迷った挙句にたどり着いたnoseは驚くほど見たことのないニッチフレグランスにあふれていた。
(写真を撮り損ねたのは痛恨のミスだった)
その中で
UNUM、STORA SUKUGGAN、FOLIE À PLUSIEURS
の3ブランドが印象的だった。
まずFOLIE À PLUSIEURSだが、調香師にコムデギャルソンなどを手がけたマーク・バクストンを迎えている。私は彼の作るウッド系の香りが好きなのだが、このブランドでもメンズライクな香りのドライさは、女性が踏み込めない禁欲的な渋さがあって格好良かった。
そのなかで、一際ユニークだったのが The lobsterだった。
The lobster
→この香水は同名の映画からインスパイアされた香りなのだが、まず最初に酸味を強く感じ、その意外性にこれは一体何の香りなのだろうと戸惑った。
調べてみると、ウッドとアニマリックという一見相反する香りのカテゴリだった。トップはグリーンとリリーオブザバレー、ハートはサイプレスとシダーなど、そしてベースにアニマリックとアルニカ、ミルラ、フェヌグリークと、ベースに癖のある香りが詰め込まれている。進めば進むほど、森の奥部に突き進んでいるようなイメージを受ける。
多分、私が最初に感じた酸味はアルニカだろうか。確かこの「ロブスター」という映画は、独身者は動物に変えられてしまうという世界で、それから逃れる為に独身者が暮らす森へ逃げ込み、そこで恋に落ちる。という話だったはずだ。
この香りもまた、トップとハートとベースが行儀よく綺麗に分かれているわけではなく、森のようにグリーンとウッドとアニマリックが共存している。それらが混ざり合った自然界は人間にとっては一種の深いカオスだ。香りたちが互いに近くを取り巻き強く結びついてカオスを生んでいる印象を受けた。
だからこそ、またその混沌を垣間見たくて試香してしまう。
続いてUNUMのRosa Nigra。
このUNUMはとにかくボトルデザインが美しい。
下にURLを貼った公式HPはぜひ見てもらいたい。
陶器のようなガラスに、木や金属を彷彿とさせるボリュームのあるキャップ。日本ではおよそ見られないデザインに感動した。
英語は得意ではないのでディレクターの哲学に目を通しても理解出来ていないのだが、コンセプチュアルでとてもエッジの効いた勢いのある香水ブランドだと舌を巻く。
美術史や理論を学んでいれば、更に深くこのブランドについて考察できるのだろうが、今回は私なりに所感をまとめたい。
Rosa Nigra
→一見華やかなローズの纏易い香りなのだが、それがミドル以降にはっきりと分かってくるのが面白い。トップはローズというよりはやや甘さのあるみずみずしいフルーツ系の香りとスモーキーですらあるグリーン(パチュリだろうか)が全体を覆い隠している。トップのヴェール越しにミドルとベースの香りが一緒になって感じるためその後の変化の予測が出来ない。
時が経つにつれて、ローズの輪郭が見えてくる。ローズはトップの甘く透明感のある香りからは全く想像出来ない、引き締まった華やかな香りで最初からそこに一輪咲いているような崇高さを以って香った。ラストはさらにローズが定着した。バニラが入っているらしいが、私の肌ではあまり残らず、ムスクとミドルの花々の香りがローズをなおも立体的に香らせてくれた。
Rosa Nigra はそのボトルのデザインのように、既存のローズ香水の香り方とは変化の順番が逆のように思えた。
映画・建築と香水の親和性はいわずもがなだが、このUNUMは彫刻的な香水だと感じた。まずトップでテクスチャが提示され、その後は彫刻家が彫塑し作品を作り出してゆくように、香りは彫刻されるように時を経るごとにその姿を変えて私たちの前に現れる。
それがこの香水のコンセプトと合っているかは分からないが、他の香りもボトルデザインのように、どこか宙に浮いているような神秘さがある。
そしてSTORA SUKUGGAN。このブランドはつい最近noseに置かれたスウェーデンのブランドらしい。
これもボトルデザインがとても美しいのでHPを見てもらいたい。
そしてわたしはこのブランドのFantome Maulesにすっかり魅了されてしまった。
もう一つの銘柄のSilphiumもオーガニックなゼラニウムの香りでとてもいい香りだ。日常で纏うならこのSilphiumだろう。
今回はFantome Maulesの所感を残す事にする。
Fantome Maules
→まず、調香ピラミッドをみると、
トップがベルガモット、レモン、ガルバナム。ハートがカルダモン、コリアンダー、ラベンダー、カシュメールウッド、ブラックペッパー。ベースがアンバー、シダー、オークモス、サンダルウッド、トンカビーン、ベチバー、ラブダナム
となっている。トップはベルガモットとレモンと相まってプチグレンのようなフレッシュさを以って香り、徐々にガルバナムやウッド系の香りが台頭し周囲の緑の濃さが深まる。ラストはまろやかでおとなしいサンダルウッドに落ち着くのだが、濃さのきつい香りではなく、そこにはオークモスの湿気を含んだ静けさとトップのグリーンの気配がほのかに感じられる。
先述した調香をみる限り甘さの抑えられたクールなウッドの調香であるはずなのだが、香りの奥に香り全体を包み込むさらに深く優しいグリーンが存在しているように感じるのがとても魅力的に思えた。ミドル以降のウッドの香りは予想以上に柔らかく包みこむような香りに変化してゆく。それはまるで森の中で見つけた大樹に寄り添って休む木陰だったり草むらを駆けて遊んだ後に休む家の暖炉だったり、遊び疲れた子供を迎える母のような静かな安らぎを思わせる。それはラベンダーとオークモスのベーシックな組み合わせによるものかもしれないが、それは決して単に古風だからではない。他の配合がとてもクールでモダンだからこそ、その異色の気配が私を惹き付けて止まないのかもしれない。
自分の腕から香っていたFantome Maulesはその日から私の心を掴んで離さなかったが、きっとこのパリの空気の中だからなのだろうということも分かっていた。
これに限らず、何だかThe LobsterもRosa Nigraも日本に連れて帰ろうと手に取った途端に美しい夢から覚めてしまう気がして、何も購入せずに店を出た。
パリはいたるところにベンチがあるから良い。
思い切り試香をして平衡感覚がおぼろげになったので、しばらくベンチで休んでいた。
周囲にはいつもアジア系の観光客や白人、アフリカ系にアラブ系、さらに路上生活者。めまぐるしく様々な人がいる。さらに荘厳な建物の数々はしきりに知らない小道に誘い込んだ。
だから私は滞在中しきりにベンチで休んでいたように思う。
この6時になっても陽がさんさんと照っている本当に夢のような街は、一つの香水のようでもあるようだった。
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