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香りの記録

64.夜の港区《シャンティ シャンティ/エルモノ デ ラ ティンタ(ミレー エ ベルトー/フェギア1833)》

仕事終わりに港区の香水巡りをした。

新しい会社の仕事は順調だが、個人で受けた仕事が思うように進まず、正直に表現すれば現実から少し逃避したかった。

 

 

 まずは青山のスパイラルマーケットを訪れた。

 スパイラルマーケットといえばまず最初にミレー エ ベルトーを試香するのが習慣になっているのだが、今回はその中のシャンティ シャンティの所感を残したいと思う。

 

 

 

シャンティ シャンティ(shanti shanti)

→オリエンタルの分類。ローズペタル、インドビャクダン、アイリス、パチュリの葉、ショウガ、カルダモン

などの調香。調香師がインドを訪れた際にインスピレーションを得たそうだ。

 トップはローズペタルはすっきりとした石鹸のような清潔感のあるローズの香りで、私の肌の上ではこのローズの香りはラスト以降まで主体で続いた。

 ローズの筋張った鼻に抜ける香りと共にアイリスのスミレのような含みのある白く柔らかな香りがトップからローズと平行して香り、トップの香りの華やかさと深みを助長させている。

その後重みは徐々に増してゆき、ミドルの香りが1番厚みとボリュームがある。このまま行くとラストはどんな重いサンダルウッドになるのかと思いきや、やがてミドルの香りが膨らみ切るとアイリス系の甘みと重みは遠のき、インドビャクダンの甘さの少ないウッドの乾きと煙のようなどこか遠くから香るような香りが残る。

清浄なビャクダンの香りは感情的であったり、よくあるまったりとしたある種涅槃的な甘さはない。適度に低調で鼻から距離を保ち、良質な香を焚いたあとの清浄な香りに近い。

私も何かとオリエンタルに混沌やミステリアスさ、深遠さを安易に求め見出しがちだが、このシャンティシャンティはオリエンタルの香りが良い意味で浅く、フラットに淡々と扱われている。そのため、 全体的に香りは緻密さや立体感というよりは、素材が全てがきめ細やかに混ざり合い、専ら総体での質量を感じさせる。

辺境としてのオリエンタルではなく、パリジャンがオーガニックのビリヤニを食べるような、ある種の欧米的洗練のなされた現代の生活の中のオリエンタルを思わせた。

 

 

 

その後、久々に六本木へフェギア1833を聞きに行った。

(そういえばフェギアは公式にはフエギアなのだろうか。初期の表記はフェギアであったので、変えようかどうか悩んでいる)

 

グランドハイアットは入り口をくぐるとすぐに、フェギアの香りがふわりと漂ってくる。

 

今回は先程のシャンティ シャンティと系統は似ていながらアプローチが対照的なエル モノ デ ラ ティンタに目が留まった。

 

 

エルモノ  デ ラ ティンタ(EL MONO DE LA TINTA)

→名前の通り、古いインクの香りがイメージされている。主な調香はアミリス、ナツメグ、コパイバとある。トップから甘さ控えめのスパイシーだが、その温度は温かくも冷たくもない。そのスパイシーさはベールのように全体に覆いかぶさっており、深く吸い込むと見えてくるその奥にある甘く密度の高い、植物由来の青さを伴った香りは肌にぴったりと寄り添うように香る。

ちなみにコパイバはアマゾンの原住民たちに万能薬として重宝されてきた植物で、実物の香りは知らないが、森林のような香りがするらしい。また、バルサム由来らしいので、終始感じるインクのような蝋のような、ぬめりとコクのある香りはこのコパイバなのかもしれない。

やはり名前の通り、この香水からは経年による熟成されたコクを感じる事が出来た。それは丁度、熟成の進んだボルドーのワインをテイスティングした時の嗅覚の記憶に似ている。

そのワインもまた、滑らかでこっくりとした、上等なインクのような香りがしたのだった。

ミドル以降は、時折通り過ぎる漢方薬のような鼻に抜ける香りと共に、私の肌ではアミリスの滑るようなパウダリーさと奥にある緑を含んだ甘さが台頭し、やがてミルラのような筋の通った香りに変化していった。ラストは若干メンズライクな気もしたが、どこかエロヒオ デ ラ ソンブラに似ていたので気分は良かった。

一つ一つが重いわけではなく、個々の香り自体はあまり重さのない粒子の粗い表層を感じさせるスパイシーさなのだが、それらが合わさり入り組むことで深度が大きくなっている印象を受けた。複雑な香りながら存分に吸い込むことが出来る。

 

ボルヘスの墨壺の猿にインスピレーションを受けているらしいが、残念ながらその作品は把握していなかった。

 

 

 

 私は先程触れたフェギアの香水の最奥にしばしば感じる草の甘い香りが好きなのだが、それは円熟した毒気のようでもあり、また生まれる前の記憶のような懐かしさもある。

そんなフェギアの香りを聞くと、いつも何年か前の、初めてティンタ ロハと出会った寒い季節を思い出して、季節に関わらず、今は冬なのではないかと思えて来てしまう。

 

 いつもの如く試香のし過ぎで動かなくなった頭で店を出た。

 腕の上の香りは拡張と収縮を繰り返し、その頃には自分の考える全てが馬鹿らしく思えていた。

明るさの落とされたロビーは昼間よりもずっと静かで、目の前のソファーで寛ぐ人の表情はあまり見えない。

人の動きがほとんど無い緩慢な雰囲気の中、香りだけがロビーを移動しているようだった。

 

 

 

 

 

www.fueguia.jp

 

store.spiral.co.jp

63.ペンハリガンについて考える①(オーパス1870)

「香りでもなんでも、色気のあるものが好きだ」

 

と言ってペンハリガンの香水を纏っている男性がいた。

 

女性にはない男性の持つ色気に、常々憧れという曖昧な表向きの言葉の裏で激しく嫉妬してきた私としては、その場ではただただ話半分を装って相槌を打つしかできなかった。

 

 しかしそれがきっかけで、ふと、今までペンハリガン、殊にメンズ香水としてのペンハリガンについてあまり気にして来なかったことに気がついたのだった。

 ペンハリガンの色気とはなんなのだろう。

 

 イギリス発の香水というと、有名どころでは

ジョーマローン、クリード、ペンハリガン、フローリス、ミラー ハリス

などがある。

 これは酷くざっくりとした主観でしかないが、ジョーマローンとミラーハリスはイギリスのガーデンボタニカル的な側面の強い香りで、クリードは貴族的な位置付け、そしてペンハリガンとフローリスは共通してロンドンの理髪店をルーツに持っているだけあり、その売り方としても「英国紳士」的な傾向が強い。(そういえばパリの路面店には理髪店が入っていた。)

 

実は、そのペンハリガンやフローリスは、私の肌に乗せるとラストに乳液を付けた時のような質感と匂いに似た、メンズ化粧品的な香りが妙に浮いてきてしまうので苦手意識があった。

 その男性の纏う香水がペンハリガンだと気付けたのもそのある種の苦味と、半透明な滑らかさだったのだ。

 

後日、三越の香水カウンターでエンディミオンを試香した際、ペンハリガンの多くに感じられるその苦いようでアロマティックな香りはラベンダーだと気付いた。

店員さんに尋ねると、やはりペンハリガンの多くにはラベンダーが含まれているそうだ。

それと同時に、ペンハリガンのベルガモットの香りは他と比べてやや苦味の伴う硬質な締まりと落ち着きがある。

  古典的なコロンの配合に不可欠なそのベルガモットとラベンダーは、やはりペンハリガンにコロンの「衛生的」な側面を与えているように思う。

 

 また、しばしば紳士達が背負う職業だったりテーマの銘が見られる。

「偉業」の意味を持つオーパス1870

テーラーをイメージしたサルトリアル

 などなど。

そしてそこには彼らを取り巻く革製品、スーツやコートの手触り、理髪店のスチームと整髪料、仕事終わりの酒など、紳士の「生活の香り」とも言えるイメージが随所に散りばめられている。

それらをコロンの香りがラストまで貫き通し、まさにグルーミングするように、洗練させて一つの作品として作り上げている。

 

 

ここで、オーパス1870について所感を残そうと思う。

 

オーパス1870(Opus1870)
→プッシュするとどこか丸みのある甘さとシャープな透明感が共存して香り立つ。トップはやはり柑橘系とハーブの組み合わせなのだが、それと同時にシナモンとバーボンという温かみのある香りが配置されている。ユズを使っており、トップは柑橘特有の突き抜ける様な鮮やかさというよりはブラックペッパーやコリアンダーシードなどのスパイシーな香りを上手く実に吸収させて中継点のように香っているイメージがある。クラシカルなコロンの構成を踏襲しながら素材は現代的なものを使って再解釈されているのが面白い。

ミドルはクローブ、ローズ、シナモン、インセンスと、割と甘く温かさのある構成になっているものの、トップから続くひんやりとした香りの一群のおかげで香りがだらりと広がらない。と、クリアで凛とした張り詰めた香りと、蕩けるような緩みのある甘い香りが常に同居しており、それらがトップからラストに至るまで、完全に混ざりあわない距離感で結合と離散を繰り返す様が少しくすぐったく心地良かった。
ラストは乾いたシダーやサンダルウッドの布を思わせる滑らかさがトップのバーボンのとろりとした甘さと暖かさを継承して穏やかに流れる。
私の肌に乗せたオーパス1870は、ペンハリガンの他の香水よりも比較的苦味やある種の緊張感が弱く、代わりにややパウダリーに、安堵感をもって香った。
また、トップの柑橘感は、ちょうど他の柑橘の効いたコロンのラストに近い調子に似ていると感じた。

長い期間を経て手に入れた偉業と満足感を土産に、静かな高揚の中で緊張の糸を緩める。そんなイメージを持った。



 

紳士達は経済を回す人々だ。

理髪店とコロンの「身だしなみと衛生」の精神を引き継ぐペンハリガンのメンズラインは、今尚その紳士が社会という戦地に臨むための、そしてそれらと関わって行くための香りとして生き続けているという事なのだろう。

 

そう考えると、貴族階級のスキャンダラス性をテーマにしたポートレートシリーズに対する新しい視点を得られて大層興味深い。

(これに関しては後ほど)

 

 

さて、冒頭のペンハリガンの色気の正体については今回はまだ謎のままでおこうと思っている。

現段階で「働く男性はセクシー」のような、これまた曖昧な結論に至るのは些かつまらない。

 また機会をもってペンハリガンについては考えてゆきたい。

 

 

 追記

下記の記事で続きを書いています。

ペンハリガンについて考える②(ザ ルースレス カウンテス ドロシア) - 日々の糧—香り日記—

 

www.penhaligons.jp

 

 

62.銀座で見付けた香水《ジャルダン ドゥ ポエット (オードイタリー)》

新橋にある企業に就職した。

大学院を出たらすぐに大学に勤めだした、一度も社会に出た事のない私が急に社会に馴染めるはずもなく、早々に風邪をひいて喉がカサカサになってしまった。

 

それはそうと、職場からは歩いて銀座に行ける。

これからはバーニーズニューヨークも、エストネーションも、三越も、東急プラザにも簡単に行けるのだ。

 

その日、仕事終わりに歩いて銀座に向かってみた。

しかし途中で道を間違え、通った事のない高級料亭が並ぶ通りに出てしまった。

艶やかな女性から香るパウダリーな香水の香りだったり、新店舗の花飾りの華やかな香り、美味しそうな何かを焼いている香りなどが、湿った道に沈むように濃く香っている。

 

場違いであることは分かっていながら、とにかく歩き続けていると、ふと見慣れない香水が店の前に並んでいる店を見つけた。

 それは店頭では見た記憶のないオード イタリーだった。

店員さん曰く現在日本では、オードイタリーはこの店でしか店舗販売していないらしい。

オードイタリーは、イタリアの高級ホテルのレ シレヌーセが発表した香水だ。

 イタリア香水というと、やはりベースに石のような硬質さがある先入観がある。
しかしこのオードイタリーについては、イタリアの長い長い歴史にインスパイアされていながら、それはあまり感じない。

あくまで今日の視点から歴史を眺めた、全体的にライトで現代的な香りが多かった。

 

 

その中で、やはりグリーンのジャルダンドゥポエットが気になったので所感をまとめた。

 

 

ジャルダン ドゥ ポエット(JARDIN DU POETE)

 →詩人の庭という意味だと教えてもらった通りのグリーン。ギリシャの植民地時代のシチリア島が舞台らしい。(詳しくはリンク参照)

トップからバジルが入っているらしく、その深みのある甘みとビターオレンジとグレープフルーツの苦味のある香りが相まって香りの粒は瑞々しくも、暗緑の葉の果樹を思わせる落ち着いた丸みを見せる。

時間が経つにつれ、葉に注視されていた香りは視界が開けるように周囲へと広がってゆく。ベースにあるサイプレスとベチバー、ムスクの植物の粒子感は周囲の土の香りを含んだやや湿潤で暖かい空気として下に敷かれ、ミドルのアンゼリカやヘリクリサムのどこかまったりとした深みのあるアロマティックな緑の香りは、徐々に肌を囲んで染み入り体温を感じさせるように香る。

このように徹頭徹尾グリーンが配置されている訳だが、前回取り上げたカシスアンフィーユに似ている木陰のような属性ながらも、こちらは花の存在が薄い。

 その香りはどちらかというと、足元に茂る臨場感のある草花というよりは、緑自体はある程度の距離を保って提示されているように感じた。

そうして柔らかく描かれる香りの表情は詩人の眼差しか、それとも詩人の言葉に向けられた草木の眼差しか。どちらにせよ、この香水は自らを取り巻く香り自体だけではなく、それらに囲まれ包み込まれて、その香りが染み込んだ自分自身とも対話する事になる。

シチリア島の明るく青い空と緑と詩人の思慮深いコントラストをイメージさせた。

ちなみにアンゼリカは「天使のハーブ」、ヘリクリサムは「不死」と呼ばれているらしい。ただしそこには大げささや楽園的だったり悦楽的なイメージは感じられず、ただ内省がある、というところも気に入った。 

 

 

 

 

この店は他にもブランド香水からパラッツォベッキオだったりフェラガモの高級な香水ラインまで、イタリア系の香水を扱う店のようで、とても興味深かった。

特にフェラガモのPUNTA ALA のサンアコードについては特に気になったので、再度聞いて所感をまとめたいと思っている。

 

この店にはまた寄ろうと思いながら通りに戻って四方八方に歩き続けると、ロオジエの前やリンツの前を通ったりした。

店の暖色のまばゆい光とは対照的に、行き交う人々は逆光で輪郭しか分からなかった。

 

 

 

 

 

eauditalie.com

 

 

 

こちらの方が日本語で説明がされ、購入も出来て親切。

rumors.jp

61.影《カシス アンフィーユ(ミラー ハリス) 他》

夏は鼻が疲れる。

暖かくなって香りが立ち上りやすくなったこともあるが、なにより、夏は人々の感情の香り立ち方もはっきりとし濃厚さを増してくるように思う。

 

とあることがきっかけで、その感情の香りの複雑さや閉塞感にうんざりしてしまったので、香水も新しい香りが欲しくなっていた。

 

確か、去年も同じことをぼやいていた気がする。

それを考えると、夏の香水欲のきっかけはなんでも良いのだと思う。

 

さて、そんなこんなで今回もまずは新宿伊勢丹を歩くことにした。

その中で、今回はミラーハリスの、カシス アンフィーユとエルメスの李氏の庭が候補に上がった。所感は以下。

 

 

 

カシス アンフィーユ(cassis en feuille)

→トップにベルガモット、ペア、カシス。ハートにゼラニウム、ローズ、ガルバナム、トマトリーフ。ベースにシダーとムスク。といった調香。

これだけを見ると、トップが明るくフルーティーに思えるが、私の肌ではハートのグリーンの方が全面に現れた。そのため、適度にみずみずしい果実の存在を大振りの葉が遮っているように、それらに陰影を与えることで立体的感を持たせている。夏の日の果実のなる木陰のような穏やかさを感じさせる。

ミドルにゼラニウムとローズという赤い花系の鼻に抜けるようなスパイシーのある配置が見られるのもこの香りを穏やかな透明感を保たせているのかもしれない。一方でガルバナムとトマトリーフはそれらのシャープさとは対照的に、グリーンのフレッシュさだけでなく、ふくよかで温かい香りとなってミドルまで揺れるように香る。それらの香りがトップよりも丸くなっているためか、私の肌ではカシスの香りが熟して行くようにより甘酸っぱく香った。

その香りはラスト以降にはさらに甘く穏やかになる。その一連の様子は、ある日見つけた大きな大樹の下で果実の成長を眺めているような気持ちになる。

 

  

 

李氏の庭(LE JARDIN DE MONSIEUR LI)

→東洋がテーマの香りは傾向的にはエルメッセンスの香りに似ている。トップから甘さが控えめで癖の無いグレープフルーツのような柑橘系の香りが香るが、スパイスの粒子の荒い香りも相まって、どこか香りの元から遠くの、川を隔てた場所にいるような距離感だと感じた。あまり調香の情報が見当たらないが、金柑やスモモ、苔、竹、ジャスミンなどが含まれているらしい。金柑というのは言われてみれば腑に落ちる。

ミドル以降からは柑橘系の香りの中に花の豊かな香りが遠くに揺らめき始めるのだが、私の肌ではジャスミンによくある強い主張は無い。あくまで庭を歩いている時にふわりと感じる程度だった。ラストまで柑橘系の酸味のある香りが主体に香った。

フレッシュな部類なものの、全体を通して低調で水墨のような淡さがある。ベースにムスクの他に竹、クールなスパイス、そしてモス系の香りが含まれており、それらが作り出した静かでパリッとした白色を思わせる大気の香りのベースに、薄墨のように金柑やジャスミンスモモらの香りがゆったりと幾重にも線を描いてゆくようなイメージだった。

静かな庭で五感を研ぎ澄ませて自然を感じるように香りも聞く必要があった。

エルメスに見られる透明な川のような筋も健在。

 

 

 

 

 

この二つに共通していたのは、聞いた途端に普通の時間軸とは違う時間を体験できる点だった。

だいたいの香水にもそんな魔術は潜んでいるのだが、その二つは特に影の使い方が印象的で、それは夏の火照った香りの渦やせわしない時間を忘れさせ、精神に広く静かで内省的な木陰のような時間を提供してくれた。

 

多分、私はすぐに物事にうんざりするし、すぐに木陰を探して入る癖があるのだと思う。

 木陰を纏って歩く新宿は、人々の間を縫うのが少しだけ楽だったような気がした。

 

 

 

 

 

www.kawabe.co.jp

 

www.maisonhermes.jp

 

60.オイルとの相性《ネ デ ローズ(サベ マソン)》

パリに今までの香水の書簡を書き留めた手帳を忘れてしまったことに気がついて、しばらく落ち込んでいた。

このブログに上げていなかった数々の香水の記憶は、その香りのように私の記憶から薄れて行くのだと思うと悲しくてならない。

しかしそれもまたふさわしい最後なのかもしれない。

 

 

 

ところで、ヘアオイルにディプティックのオイル サテンを使っている。

ジャスミンやイランイラン、サンダルウッドなどがパウダリーかつ甘さ控えめに香るのでとても気に入っている。

 

そして、常々そのオイルサテンに合う香水を買いたいと考えていた。

 

 

オイルと言えど、時間が経つにつれて下に降るようにしっかりと香るオイルサテンは同じく主張しすぎる香水と混ぜるのは些か重く胸焼けがする。

(そのため手持ちのフェギアは残念ながらことごとく合わなかった)

夏はただでさえ爽やかに香りと触れ合いたいので、鼻への驚きよりも日常さりげなくシンプルに同居出来るものが良い。

予想としては、筋が通った清潔感のあるローズか、オーガニックなゼラニウム、クラシカルで瑞々しい柑橘系

辺りがいいのでは、と考えていた。

 

そこで、パリの練り香水ブランドのサベ マソンを購入する事にした。

サベマソンはパリで少しだけ試香してきたのだが、手頃な値段なのにどれもグラースの香料を使った優しい香りが付けやすく心地よい。

今回はその中のネデローズに決めた。

 

 

ネ デ ローズ(Né des Roses)

→トップから石鹸のように締まった香りのローズが立ち上る。その筋の周りを囲むように他の花々の蜜めいたまろやかさが香るのだが、あくまで主役はローズであり、フランシスクルジャンのローズの様なとろける様な華やかさというよりは粒子感がシャープな清潔感のあるローズが続く。ピオニーやフリージアすずらんなども含まれてはいるが、ベースにひんやりとしたウッド系の香りが香っているからか、色鮮やか、というよりはそのパッケージデザインのようなクールさのある淡い色に統一されている。

もしかしたらトップはローズのツンとする様な香りが強いと感じる人もいるかもしれない。しかしそのつややかで筋のある香りは叙々に周りを取り巻くマイルドな蜜と混ざり合い、ふわりと広がる優しい質感に変化して行く。

私が気に入っているのは、ラストが強くなりすぎない所だった。香水のローズは、私の肌だとラストにムスクやウッドが強く感じたりするものが多かった。その点、この香りは最後までローズの存在感が失われずに、ラスト以降はいつの間にか香りが過ぎ去っている。

パウダリーになりすぎず、かといって煮詰まったような重いラストになる訳でもない、練り香水特有のやや肌から浮いたような柔らかく軽い調子はどんなシーンでも心地よく纏える。

 

予想どおり、ネデローズは相性がよかった。うまく混ざらない距離で香り、お互いがお互いの香りに干渉せずに各々マイペースに香った。

 

 

その次に考えたのはオリザのレリーク ダ アムールだった。

最近青山のエルムタージュで破格の値段で旧デザインを購入できたのだが、思い返せばレリーク ダ アムールは私がモスの静謐な香りの魅力に目覚めたきっかけの香水だったので、手に入れられたのは感慨深い。

所感は以下。

 

レリーク ダ アムール(RELIQUE D’AMOUR)

→ 愛の聖遺物という意のごとく、静かな湿度を纏った香りが漂う。

トップからベースにあるモスが終始空間的な清涼感を持たせているのだが、他の静謐なモス系香水(アンジェラチャンパーニャのアーエルなど)と比べて、トップから水気のあるハーブがはっきりと香るため、完全な禁欲というより女性的な丸みを帯びたウエットさを感じる。

調香を見ると、聖堂や修道院に所縁のある香りばかりで構成されているという他に、インセンスやミルラなどの下手すると重くなるパウダリーノートがハート部分に配置されていることが分かる。

この香りがクラシカルなのに深く複雑になりすぎないのは、ベースが強固ではっきりとした透明感が広がってゆくように演出されているからだろうと思う。 

静謐ながらも、説明で書いてある通り、礼拝堂で祈りを捧げている時に研ぎ澄まされた五感で感じる、神に捧げる百合の花の香りだったり、育てている薬草の滋味深い香り、古い礼拝堂の空気や石畳の冷たい触感、差し込む外の光だったりと、神聖さの奥に進みながらも生きている人間の知覚を忘れさせない香りだと思った。

もはやこれはユニセックスと判断する必要もない。ただ、前に店員さんから男性に人気の香りらしいと聞いた。

 

 

 

 

これはオイルサテンには若干合わなかった。

予想以上に香り同士が混ざり合ってしまい、特にお互いのハート部分のパウダリーさがうまく結合して重みのあるクラシカルさが増してしまったように思う。

それもまた面白い香りではあったが、賑やかで鼻が疲れてしまった。

 

 

 

 

 

といった風に組み合わせを研究している中で、やはり今の所はネデローズが一番良い。

 

正直同じディプティックで合わせるのが一番なのはだいたい予想は付いているのだ。

しかし、ひねくれ者の私はどうしても冒険がしたくなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

jp.sabemasson.com

 

isetan.mistore.jp

 

 

59.夏が来る(マーレパフィシコ)

少し前に丸の内に行った。

平日の午後であるのに東京は人がたくさんいる。

この日は日本に帰ってから初めて良い香水を求めて出歩いた日だった。

 

丸ビルのコンランショップに行くと、リナーリのコーナーが拡大されていた。

幸運にも、その日まで全種ディスプレイしている予定らしかった。

リナーリはドイツのブランドで、設立者は建築やインテリアデザインの出身だからか、ボトルデザインは硬質かつ安定感があり、インテリアとしても美しい。

 マーク・バクストンを調香師の1人に迎えているところから気になっていたブランドだった。

今回はマーレパシフィコの所感を残したい。

 

 

マーレ パシフィコ(MARE PACIFICO)

 →海の誘惑という副題が付いている。マリンのカテゴリに入れられているが、トップはレモンの瑞々しく爽やかな香りが広がる。バーチリーフやサイプレスのグリーンの香りが背後で支えているように香るため、弾ける香りではなく当たりは穏やか。

私の肌では、マリンらしいミネラル感のある甘みがミドル以降の、終盤に近い時期にじわじわと香り出してきて初めてマリン系なのだと知った。

マリンと言っても、よく見られるバニラは含まれていない。ハートノートの清涼感のあるローズやベースノートにモスが置かれているためか、香りは終始澄んだ静けさがある。 甘さらしい香りは先述の清涼な香りが包み込む水の様な香りの一群とは少し違う位置にあるように香るマリンノートしか感じられなかった。

 イタリアや南仏のマリンと比べると、明らかにアプローチが違って面白い。海水浴場で感じる海岸や日光の臨場感は遠くにあり、窓を開けて浴びる潮風や、澄んだ海水に足を浸した時の冷たさや飛沫の爽やかさを感じた。気付いたら海にいた、様な心境だ。名前の通りの海への誘惑を彷彿とさせる。

 

 

リナーリの香り全般に言えると思うのだが、香りに終始大きな安定感があった。ベースノートは重くはないが硬質で、それを土台にしてお互いが支え合うように整然と香りが織り込まれている印象がある。

背景に建築があるからというのは浅い発想だが、確かに理知的で建築的な香りだと感じた。

 

 

 

 

もう外は夏の様な気温だったりする。

マリンは個人的には甘さがつよくなってしまうためあまり好まないのだが、そのバリエーションについて考えるのは予想以上に面白そうという発見があったのは大きな収穫だった。

 

去年の夏は確かグリーンばかりを追っていた。

今年の夏はマリンだけを聞き歩きしてみたい。

 

 

LINARI | リナーリ ジャパン

58.Memoに会う(Moon Fever 他)

パリではもう1つ印象深い出会いがあった。

ギャラリーラファイエットにて、まだ日本には上陸していないが、本で見知っていたMemoにも会うことが出来た。

噂通り、金のボトルを飾るアール・デコ調のデザインが目を引く。

 

 その中で印象的だったものが、

INLE IRIS、KEDU、MOON FEVER

の3種類だった。

 

 

ケドゥ(KEDU)

→核となる香りがグレープフルーツオイル、セサミアブソリュートホワイトムスクという面白い調香。それを知ると何やらボトルのデザインもゴマを彷彿とさせるような…と感じてしまう。

トップは甘さの控えめなグレープフルーツが強い。その他に、何やら奥にトンカビーンやコーヒー豆に似た、それよりも甘さを抜いたやや苦味が強い香りがする。多分これがセサミアブソリュートの香りなのだろう。それにマテ茶の茶葉のコクが合わさり、香ばしいコーヒーのような芳香として感じたのだと思う。

私の肌ではこのグレープフルーツとセサミの苦味の爽やかな香りが目立ったのだが、フリージアやローズ、ピオニーアコードも含まれているらしい。苦味と香ばしさがありながら角が少ないまろやかさが心地良かった。

 

 

 

 

インリー イリス(INLE IRIS)

→トップから穏やかで安定感のある甘い花の香りが広がる。ジャスミンオスマンサス、イリスといった各々個性的な香りの花が集まっているよう。他にはベルガモット、アルテミシア、ミントなどが含まれている。

核である香りが各々癖のある花だが、イリスは主張せずあくまで縁の下の力として、その滑らかで沈着な香りはラストまで香りの立体感を支えている。また、これにもマテアブソリュートが使われている。ケドゥの時もそうだったがマテがコクを担い、ミドルからは濃い酒の様に滑らかでとろみのある香りになっている。私の肌ではラストまでジャスミンが主体に香っていた。

香りの立ち方のバランスが良く、本来ならば結構な甘さであるはずなのだが上品に纏えるのも流石Memoだと感じた。

 

 

 

 

ムーン フィーバー(MOON FEVER)

→トップはシダーウッドを下敷きにビターオレンジとグレープフルーツが香る。よくあるフレッシュな柑橘系ではなく、最初からウッドとグリーンの乾燥した香りが走っているため甘さやたるみがない。

しかし、ミドルからみるみる香りが変わり、レザーの深みが現れる。それと同時にネロリを思わせる香りとシダーのパウダリーさが相俟って甘い質感になった。不思議なのはこの「甘さ」という点で、実際に甘い訳ではなく、匂いとしてはトンカビーンが香るものの甘さは控えめなのだ。しかしトップの筋張った香りからすると、質感がレザーの肌触りのようにとろけるようになる。そこに絶妙な甘さを感じた。

ラスト以降はベチバーとレザーのドライな香りが残った。

名前にMoonが入っている、いわゆる夜を題材にした欧米の香りの中では面白いと感じる。

ホームページの紹介文に「夜空では感覚が鋭くなる」と書かれている。(訳が違ったら残念だが…)

その通りで、ムーン フィーバーから想像出来る夜は孤独で自由で瞑想的だと思った。

男女共に違和感なく纏える。

 

 

 

 

 その他の銘柄も試してみたところ、

Memoはベースにレザーを使うものが多く、しっとりとした高級感のあるものが多かった。

そして何より、MOON FEVERで言った通り甘さの距離が絶妙なものが多い。

旅や神秘的な自然をモチーフにしたものが多い通り、上品でありながら、都会の街並みや豪奢な人の営みとは少し離れた場所を思わせた。

日本上陸が待たれる。

 

 

 

他にもパリでは様々な香水との出会いがあったが、このブログではこのくらいにしておこうと思う。

 

 

日本に帰ってきてまず感じたのは、パリと比べて空気が甘く角が丸いという感覚だった。

 

その空気の中でこれからはどんな出会いがあるのだろうか。

 

 

 

Memo Paris - Luxury fragrance