polar night bird

香りの記録

39.ヴィトンの旅(マティエール ノワール 他)

先日、ルイ ヴィトンが70年ぶりに香水の新コレクション「レ・パルファン ルイ・ヴィトン」を発表した。

しかもインハウスマスターパフューマーに就任した調香師はロードゥイッセイなどを手掛けたジャック・キャバリエというのだから、その値段と併せて何とも簡単にはお目にかかれない大作めいた雰囲気が漂っていた。

 

この時の私はオーガニックに傾倒して行こうと思っていたので、キャバリエの香水とも距離が出来るだろうから軽い記念程度に試香をしておこうと銀座に向かった。

 新作コレクションは、銀座松屋のルイヴィトンの1Fで揃って煌びやかな光を反射させながら飾られていたのだが、発売直後の連休とあって、ボトルと近くで向き合って説明を受けるには予約が必要であった。

しかし試香は可能であったので、全7種類試香させてもらった。

 

結論から言うと、70年ぶりの新コレクションだけあってとても充実していた。

人間は常に変わっていくもので、つい昨日までグリーンの香りばかり考えていた私に早くも方向修正が行われたのだった。

 

全種類それぞれ面白く詳しく文字に残したかったのだが、一度に肌に乗せて覚えるのは2つが限界だった。

そこで今回は以下の2点を肌にも載せてみた。所感は以下。

 

 

マティエール ノワール(Matière Noire)

→トップは水仙ジャスミンの香りに個人的に好みのブラックカラントとパチュリの組み合わせが香る。パチュリはえぐみや苦味など無く目立って主張せず、花や木の実の香りをちょうど良い湿度にしっとりと落ち着かせている。そしてそれらを包み込む様に香るのが、草花の新鮮な甘さというよりはアルコールに似た、こっくりとした熟した甘み。アガーウッド(沈香)がそうさせているのだろうか。ウッドが入っている暖かさは感じるが従来の乾いたイメージは受けない。

時間が経つにつれて甘さは増して行き、花の香りより濃くまろやかながら仄かに清涼感のあるブラックカラントが目立ち始め、そこに沈香の混ざった沈着な甘い香りへと変化する。

公式サイトで書かれた「溶け合う」という言葉はぴったりで、トップからラストまで香りが互いに溶け合い続ける様に変化し漂う。香りとしては充分濃さがあるにも関わらず、宙を泳ぐなめらかなベールのようなイメージ。

ノワールと銘されるように7種類の中で1番複雑かつ神秘的な香り方をする。

 

 

 

ダン ラ ポー(Dans la Peau)

→レザーが主役ではあるが、トップはアプリコットジャスミンなどの東洋的な香りが拮抗して香るので、レザーと言っても卸したての清潔感を感じるソフトで柔らかな質感。

レザーがとろみのある白い花とフルーツへ苦味とこくを与え、同時にアクセントとなっているそのレザーにも人肌のような自然な甘さがあるのだと気付かされる。ラストに向かうにつれてフルーティーな甘さは水仙と白色を彷彿とさせるムスクのパウダリーな香りへ変化して行く。

レザーは先述の通り柔らかく、時が経つほどに肌に馴染んで行くような香り方をするので今までレザーを苦手としていた人にも手が出しやすいはず。

他の6品と比べてさり気なく香るため、店員さんが「このコレクションは重ね付けをしても楽しめる」と言っていた様に、他のバニラなどの香水と混ぜて香らせても面白いと思う。さり気なくと言っても存在感は失わないので肌に近い場所に纏いたい。

 ちなみに今作のレザーは「ナチュラルレザー」と呼ばれ、香水に使われるのは初めてだそうだ。

 

 

 

その他の香りについては簡単にムエット試香の所感をまとめようと思う。

また機会があったら次回を設けて所感を書きたい。

 

 

 

コントロ モイ(Contre Moi)

→原産地の違うバニラが2種類入っている。トップからバニラだが、菓子類のようなバニラではなくあくまで甘く香る花の香りとしてのバニラを楽しめた。ミドルからココアの粒子の軽めの渋みが現れ、ラストにはローズを感じながら爽やかに終わる。

 

ミル フー(Mille Feux)

ダン ラ ポーと同じくレザーが使われた香り。こちらはレザーがシャープな印象。ラズベリーやローズ、サフランなどのフルーティーになりがちな香りにスパイスのようにレザーが効いている。トップはイリスのお香のように鼻に抜けるパウダリーさが強めに感じた。

 

アポジェ(Apogée)

→スズランのジューシーな香りにローズ、マグノリアのまた違った甘さのある香りが混ざり合う。7種類の中では1番嗅ぎやすい気がした。スズランはラストまで続く。深く吸い込むとサンダルウッドの落ち着いた甘さがスズランの香りを一層濃厚に広げてくれている事が分かった。

 

ローズ デ ヴァン(Rose des Vents)

→3種類(記憶が確かなら)のローズが使われている。ローズは蜜めいた甘さで、そこにペッパーのひんやりとした刺激を感じるフルーティーな香り。基本的にローズらしいローズの香水なのだが、ミドルからラストのアプリコットのような瑞々しい果実に相俟ってローズの甘さが濃く深い。

 

タービュランス(Turbulences)

→正統派チュベローズとジャスミンの丸みのある香りが混ざり合い、濃厚であるもののすっきりと雑味のない白い花の濃く甘い香りになっている。

判断が付きにくいのだが、果実の香り(ベルガモットだろうか)が背後に入っており、さらに香りの角を落として滑らかにしている。

 

 

  

 買うならまずは7種類が揃ったトラベル用スプレーだろう。 

これらを全て試香した後、新コレクションの香りに共通して言えるのは「甘み」だと感じた。

個々の香りの分類としては必ずしも新しいタイプがある訳ではないのだが、このコレクションには香水としては王道の柑橘系の酸味やハーバルグリーンの爽快感を感じるものは見られない。

その代わり、コントロ モイのバニラやローズ デ ヴァンのマティエール ノワールのブラックカラントと沈香といった組み合わせのように全体を通して甘い香り同士がふんだんに重ねられてゆき、変化を起こしながらも濁る事無く進化を続けて行く。

そうしてそれぞれの香りが溶け合い洗練された末の、ある種の円熟の香りが彼らに共通に感じる「甘み」なのだろうと思う。

 そしてその甘みの濾された様な滑らかな質感はちょうど上質な革のそれに似ている。

 

 

キャバリエはこの新コレクションの為に4年間世界中を巡ったらしい。

旅を重ね、感情を重ね、それと同時に香りも重なってゆく。

長い月日をかけて洗練されてきたのだろうこの香水たちは、まだ香りの旅路を始めたばかりの私ごときでは到底所感にまとめ切ることの出来る香水ではなく、まだ嗅ぎ分けられない香りが沢山使われているに違いないのだ。

 

 

試香の後、私も長い旅をした気分になり、思考を朦朧とさせながら喫茶店に入った。

客は私しかいなかった。

頭からはヴィトンの店内の蜂蜜のような金掛かった照明の色が離れず、邪魔者のいない店内でしばらくテーブルにもらったムエットを広げて残り香を吸い込んでいた。 

 

 

ルイ ヴィトン

7種の新作フレグランス・コレクション(香水)が登場|ルイ・ヴィトン

 

※銀座松屋店と阪急梅田店と以下のオンラインショップで扱っているらしい。

レディース フレグランス(香水) カタログ|ルイ・ヴィトン公式サイト