polar night bird

香りの記録

55.パリはどんな香りなのか(カリーニャ 他)

前回の記事から一ヶ月以上時間が過ぎてしまった。

手紙のように近況を記すと、転職活動をしつつ(これは全くおもしろくないから割愛する)最近はフランス人アーティストのライン友達が出来て、毎日何故か英語でラインをしている。

 

たまに彼から送られてくる写真が面白い。

パリで撮られたその写真は、本であったりギャラリーの展示風景だったりと同じiPhoneで取られたただの写真であるのに、写り込んだ空気が違うとでも言うのだろうか、どこか異世界での出来事のように写っているのだ。

 

ふと、セルジュ ルタンスとラルチザンを聞きたくなった。

それらは私の中で「いまいち得意ではないフランス香水」の位置付けであったが、今なら距離を詰められるのではないかと思えて、日曜日に銀座に急いだ。

 

まずはザ ギンザのルタンスを片っ端から試香した。

フランスの知性はまだ私の鼻には濃いと感じたが、不思議と普段の抵抗感が少ない。

今回はサマジェステラローズが印象に残った。

 

 

サマジェステラローズ(SA MAJESTE LA ROSE)

→トップは濃厚で鮮やかなバラの香りが広がるのだが、一般的な華やかで蜜のようなローズというよりは、序盤からややパウダリーさのあるウッド系の茶褐色の重厚感を伴って広がる。

トップがそのような香りであるためにこの先古典的な香り(悪く言えば古臭い)に変化してしまうのかと心配したものの杞憂に終わった。確かにクラシカルな粒子感は強まるものの、私の肌ではカモミールを始めとしたウッディフローラル系の香りが一緒に前に出始めた。このフローラルの部分も瑞々しさと甘さは控えめで、トップから続くローズの香りの調子を過剰にさせず、全体の華やかさは失わせない。また、ローズの石鹸のような清潔感を助長させていたように思う。まさに花弁が開くような変化の様子が面白く、久々に新鮮に思えた。

ミドル以降はそのまま石鹸のような香りへと移行してゆく。調べるとライチが入っているらしかったが、その種のフルーティーさは私の肌だとあまり感じなかった。

先で述べたように、真っ赤やピンクの鮮やかな薔薇というよりは、赤をワントーン落としたビロードのように高貴な薔薇を彷彿とさせる。さすが女王の薔薇。

どちらかと言うと夜に華やかな場所で香ったら美しいのではないかと思ったが、街中にも十分に溶け込める。不思議と女性らし過ぎない。

 

 続いて三越の香水売り場へ行った。ラルチザンはボトルデザインが変わってから初めての試香だった。

その中でカリーニャが印象に残った。なぜ今までこの香りに気づかなかったのだろう。と不思議に思った。

 

 

カリーニャ (CALIGNA)

→カリーニャとはプロヴァンス語で「求愛」という意味らしい。愛がテーマの香水は数あれど、この求愛はエモーショナルで濃厚な愛の交換ではない。

トップはフィグとアロマティックなグリーン、柑橘の爽やかで優しい香りから始まる。

トップから続く心地の良い癖の少ない甘酸っぱさは、ミドル以降も香りの種類を変えながら持続する。そこの甘さを担う香りも、薔薇の蕾を始めとしてやはりどれも初々しい青みを含んだ香りに思えた。

調べるとハートノートがジャスミンマーマレードやレンティスク、ベースにオークチップ、松葉、オリーブの木などのなかなかフルーティーな香水では見られない調香になっている。ベースに湿気の感じられない爽やかなウッドが揃っているためか、トップから最後まで肌に乗せた際の香りの質感は甘さを帯びながらも粘度は低くさらりとしていた。

しかしただあっさりした香りではない。ある程度の軽さを持ちつつシャープな輪郭と主張を持っているように思える。

香りの癖だけで考えると纏やすく現実的な香りだと感じたが、考えようによってはとてもロマンチックな香り。

 なぜこの香りに「求愛」と銘打ったのだろう。と考えながらこの香りを聞いていると、ふと懐かしい気持ちになるのだが、しかしそれが何なのか答えは出ずしまいだった。

 

 

まだ寒いというパリの、透き通った午後の空の下ではセルジュルタンスは、ラルチザンはどう香るのだろう。

2種類の香水を手首に乗せた私は銀座を歩きながらそればかり考えていた。

距離を詰められたかは分からないが、ルタンスもラルチザンも、今いる場所よりもう少し大気を見通せる場所が似合う気がしていた。 

 

気がついたら銀座の端に来ていた。

ここまで来ると海外の観光客も日本人もまばらになる。

ふと正気に帰ってiPhonを見ると、送られてきた彼のメッセージにはパリのどこかの橋から撮られた空の写真が添付されていた。

早朝なのか夕刻なのか分からないのに、不思議と懐かしい色をしていた。

 

パリはどんな香りがするのだろう。

思っているだけでは分からずじまいだろうが、彼からの写真が少し待ち遠しい気持ちが少し悔しくて、それだけで毎日が少し楽しいのだった。

 

 

 

 

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