polar night bird

香りの記録

63.ペンハリガンについて考える①(オーパス1870)

「香りでもなんでも、色気のあるものが好きだ」

 

と言ってペンハリガンの香水を纏っている男性がいた。

 

女性にはない男性の持つ色気に、常々憧れという曖昧な表向きの言葉の裏で激しく嫉妬してきた私としては、その場ではただただ話半分を装って相槌を打つしかできなかった。

 

 しかしそれがきっかけで、ふと、今までペンハリガン、殊にメンズ香水としてのペンハリガンについてあまり気にして来なかったことに気がついたのだった。

 ペンハリガンの色気とはなんなのだろう。

 

 イギリス発の香水というと、有名どころでは

ジョーマローン、クリード、ペンハリガン、フローリス、ミラー ハリス

などがある。

 これは酷くざっくりとした主観でしかないが、ジョーマローンとミラーハリスはイギリスのガーデンボタニカル的な側面の強い香りで、クリードは貴族的な位置付け、そしてペンハリガンとフローリスは共通してロンドンの理髪店をルーツに持っているだけあり、その売り方としても「英国紳士」的な傾向が強い。(そういえばパリの路面店には理髪店が入っていた。)

 

実は、そのペンハリガンやフローリスは、私の肌に乗せるとラストに乳液を付けた時のような質感と匂いに似た、メンズ化粧品的な香りが妙に浮いてきてしまうので苦手意識があった。

 その男性の纏う香水がペンハリガンだと気付けたのもそのある種の苦味と、半透明な滑らかさだったのだ。

 

後日、三越の香水カウンターでエンディミオンを試香した際、ペンハリガンの多くに感じられるその苦いようでアロマティックな香りはラベンダーだと気付いた。

店員さんに尋ねると、やはりペンハリガンの多くにはラベンダーが含まれているそうだ。

それと同時に、ペンハリガンのベルガモットの香りは他と比べてやや苦味の伴う硬質な締まりと落ち着きがある。

  古典的なコロンの配合に不可欠なそのベルガモットとラベンダーは、やはりペンハリガンにコロンの「衛生的」な側面を与えているように思う。

 

 また、しばしば紳士達が背負う職業だったりテーマの銘が見られる。

「偉業」の意味を持つオーパス1870

テーラーをイメージしたサルトリアル

 などなど。

そしてそこには彼らを取り巻く革製品、スーツやコートの手触り、理髪店のスチームと整髪料、仕事終わりの酒など、紳士の「生活の香り」とも言えるイメージが随所に散りばめられている。

それらをコロンの香りがラストまで貫き通し、まさにグルーミングするように、洗練させて一つの作品として作り上げている。

 

 

ここで、オーパス1870について所感を残そうと思う。

 

オーパス1870(Opus1870)
→プッシュするとどこか丸みのある甘さとシャープな透明感が共存して香り立つ。トップはやはり柑橘系とハーブの組み合わせなのだが、それと同時にシナモンとバーボンという温かみのある香りが配置されている。ユズを使っており、トップは柑橘特有の突き抜ける様な鮮やかさというよりはブラックペッパーやコリアンダーシードなどのスパイシーな香りを上手く実に吸収させて中継点のように香っているイメージがある。クラシカルなコロンの構成を踏襲しながら素材は現代的なものを使って再解釈されているのが面白い。

ミドルはクローブ、ローズ、シナモン、インセンスと、割と甘く温かさのある構成になっているものの、トップから続くひんやりとした香りの一群のおかげで香りがだらりと広がらない。と、クリアで凛とした張り詰めた香りと、蕩けるような緩みのある甘い香りが常に同居しており、それらがトップからラストに至るまで、完全に混ざりあわない距離感で結合と離散を繰り返す様が少しくすぐったく心地良かった。
ラストは乾いたシダーやサンダルウッドの布を思わせる滑らかさがトップのバーボンのとろりとした甘さと暖かさを継承して穏やかに流れる。
私の肌に乗せたオーパス1870は、ペンハリガンの他の香水よりも比較的苦味やある種の緊張感が弱く、代わりにややパウダリーに、安堵感をもって香った。
また、トップの柑橘感は、ちょうど他の柑橘の効いたコロンのラストに近い調子に似ていると感じた。

長い期間を経て手に入れた偉業と満足感を土産に、静かな高揚の中で緊張の糸を緩める。そんなイメージを持った。



 

紳士達は経済を回す人々だ。

理髪店とコロンの「身だしなみと衛生」の精神を引き継ぐペンハリガンのメンズラインは、今尚その紳士が社会という戦地に臨むための、そしてそれらと関わって行くための香りとして生き続けているという事なのだろう。

 

そう考えると、貴族階級のスキャンダラス性をテーマにしたポートレートシリーズに対する新しい視点を得られて大層興味深い。

(これに関しては後ほど)

 

 

さて、冒頭のペンハリガンの色気の正体については今回はまだ謎のままでおこうと思っている。

現段階で「働く男性はセクシー」のような、これまた曖昧な結論に至るのは些かつまらない。

 また機会をもってペンハリガンについては考えてゆきたい。

 

 

 追記

下記の記事で続きを書いています。

ペンハリガンについて考える②(ザ ルースレス カウンテス ドロシア) - 日々の糧—香り日記—

 

www.penhaligons.jp