日々の糧—香り日記—

日々出会った香水について記してゆく日記。

64.夜の港区《シャンティ シャンティ/エルモノ デ ラ ティンタ(ミレー エ ベルトー/フェギア1833)》

仕事終わりに港区の香水巡りをした。

新しい会社の仕事は順調だが、個人で受けた仕事が思うように進まず、正直に表現すれば現実から少し逃避したかった。

 

 

 まずは青山のスパイラルマーケットを訪れた。

 スパイラルマーケットといえばまず最初にミレー エ ベルトーを試香するのが習慣になっているのだが、今回はその中のシャンティ シャンティの所感を残したいと思う。

 

 

 

シャンティ シャンティ(shanti shanti)

→オリエンタルの分類。ローズペタル、インドビャクダン、アイリス、パチュリの葉、ショウガ、カルダモン

などの調香。調香師がインドを訪れた際にインスピレーションを得たそうだ。

 トップはローズペタルはすっきりとした石鹸のような清潔感のあるローズの香りで、私の肌の上ではこのローズの香りはラスト以降まで主体で続いた。

 ローズの筋張った鼻に抜ける香りと共にアイリスのスミレのような含みのある白く柔らかな香りがトップからローズと平行して香り、トップの香りの華やかさと深みを助長させている。

その後重みは徐々に増してゆき、ミドルの香りが1番厚みとボリュームがある。このまま行くとラストはどんな重いサンダルウッドになるのかと思いきや、やがてミドルの香りが膨らみ切るとアイリス系の甘みと重みは遠のき、インドビャクダンの甘さの少ないウッドの乾きと煙のようなどこか遠くから香るような香りが残る。

清浄なビャクダンの香りは感情的であったり、よくあるまったりとしたある種涅槃的な甘さはない。適度に低調で鼻から距離を保ち、良質な香を焚いたあとの清浄な香りに近い。

私も何かとオリエンタルに混沌やミステリアスさ、深遠さを安易に求め見出しがちだが、このシャンティシャンティはオリエンタルの香りが良い意味で浅く、フラットに淡々と扱われている。そのため、 全体的に香りは緻密さや立体感というよりは、素材が全てがきめ細やかに混ざり合い、専ら総体での質量を感じさせる。

辺境としてのオリエンタルではなく、パリジャンがオーガニックのビリヤニを食べるような、ある種の欧米的洗練のなされた現代の生活の中のオリエンタルを思わせた。

 

 

 

その後、久々に六本木へフェギア1833を聞きに行った。

(そういえばフェギアは公式にはフエギアなのだろうか。初期の表記はフェギアであったので、変えようかどうか悩んでいる)

 

グランドハイアットは入り口をくぐるとすぐに、フェギアの香りがふわりと漂ってくる。

 

今回は先程のシャンティ シャンティと系統は似ていながらアプローチが対照的なエル モノ デ ラ ティンタに目が留まった。

 

 

エルモノ  デ ラ ティンタ(EL MONO DE LA TINTA)

→名前の通り、古いインクの香りがイメージされている。主な調香はアミリス、ナツメグ、コパイバとある。トップから甘さ控えめのスパイシーだが、その温度は温かくも冷たくもない。そのスパイシーさはベールのように全体に覆いかぶさっており、深く吸い込むと見えてくるその奥にある甘く密度の高い、植物由来の青さを伴った香りは肌にぴったりと寄り添うように香る。

ちなみにコパイバはアマゾンの原住民たちに万能薬として重宝されてきた植物で、実物の香りは知らないが、森林のような香りがするらしい。また、バルサム由来らしいので、終始感じるインクのような蝋のような、ぬめりとコクのある香りはこのコパイバなのかもしれない。

やはり名前の通り、この香水からは経年による熟成されたコクを感じる事が出来た。それは丁度、熟成の進んだボルドーのワインをテイスティングした時の嗅覚の記憶に似ている。

そのワインもまた、滑らかでこっくりとした、上等なインクのような香りがしたのだった。

ミドル以降は、時折通り過ぎる漢方薬のような鼻に抜ける香りと共に、私の肌ではアミリスの滑るようなパウダリーさと奥にある緑を含んだ甘さが台頭し、やがてミルラのような筋の通った香りに変化していった。ラストは若干メンズライクな気もしたが、どこかエロヒオ デ ラ ソンブラに似ていたので気分は良かった。

一つ一つが重いわけではなく、個々の香り自体はあまり重さのない粒子の粗い表層を感じさせるスパイシーさなのだが、それらが合わさり入り組むことで深度が大きくなっている印象を受けた。複雑な香りながら存分に吸い込むことが出来る。

 

ボルヘスの墨壺の猿にインスピレーションを受けているらしいが、残念ながらその作品は把握していなかった。

 

 

 

 私は先程触れたフェギアの香水の最奥にしばしば感じる草の甘い香りが好きなのだが、それは円熟した毒気のようでもあり、また生まれる前の記憶のような懐かしさもある。

そんなフェギアの香りを聞くと、いつも何年か前の、初めてティンタ ロハと出会った寒い季節を思い出して、季節に関わらず、今は冬なのではないかと思えて来てしまう。

 

 いつもの如く試香のし過ぎで動かなくなった頭で店を出た。

 腕の上の香りは拡張と収縮を繰り返し、その頃には自分の考える全てが馬鹿らしく思えていた。

明るさの落とされたロビーは昼間よりもずっと静かで、目の前のソファーで寛ぐ人の表情はあまり見えない。

人の動きがほとんど無い緩慢な雰囲気の中、香りだけがロビーを移動しているようだった。

 

 

 

 

 

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