ようやくSTORA SKUGGANがNOSEから届いた。
パリで見た時と同じ深い緑色をした丸いキャップに涼しげな色の液体。思い続けていた香水が毎日部屋にある光景は何とも感慨深い。
しかし、肌に乗せたところ、パリでの試香した時と香り方が全く違ったのだった。
それではあの香りは一体何だったのだろう。夢だったのだろうか。
まだ心が夢見心地から抜け出ていないのだろうかと、ここら辺で目を覚まそうと気つけの意味も兼ねて伊勢丹メンズ館へふらりと出かけてみた。
そこに置かれているミルコブッフィーニは気に入りのブランドの1つだ。
私が男性であれば1つは手元に置きたい香水ブランドなはずなのだが、今まで一度も所感をまとめていなかったのは何故なのだろう。
今回はMOXIについて所感を残したい。
モクシー(MOXI)
→日本酒が含まれているという調香を見るだけで興味深い。
トップから日本酒の甘い香りが広がる。私が酒に弱いのもあるが、その実際に日本酒の香りを聞いているような濃厚な香りの粒を吸い込むと、本当に鼻の奥に酒気の熱がこもる様に感じた。
それと同時に現れる、クセのない濃くまろ味のある花の香りは、バラの花弁と蓮の花の香りらしい。薄く色付いたふくよかな花弁を彷彿とさせ、清酒の透明な香りの中に散る様に華を添えてゆく。そして土台にはアンバー、サンダルウッド、ムスクと安定感のあるラストノートが配置されている。それらも濁る事なくトップとミドルの瑞々しさと甘さを最後まで支えており、ウッド系のサンダルウッドのおかげだろうか、時折日本酒の香りと相まって升に注がれた日本酒を思わせる香りを感じさせた。
全体的に変化は安定しており甘く濃厚な香りが足し算されてゆく香りだが、バニラやフルーツ、白い花系の主張の強い甘みでない分テンションは控えめで距離感が丁度良い。
夜桜を見ながらのしっとりとした酒席のような、色気を感じる浮世離れした香りに思えた。
いくつかのサイトの解説では専ら欲望に忠実な女性的な香りだと書かれてはいるが、むしろ男性にも纏ってもらいたい香りではある。
奔放で魅力的な女性に翻弄されてみるように、敢えて女性の香りを纏うというのも、何やら色気があって良いのではないか。
モクシーもまた夢の中のような香りだったが、その香りを纏いながら蒸し暑い現実の新宿を歩いていたら、漸く頭が夢から覚めていくのを感じた。
部屋に帰ると、やはり変わらずFantome Maulesは棚に置いてあった。
幾分か冷静になった頭で再度試香をすると、その複雑さがリアルに感じられた。
追記的に新たな所感を残したい。
ちなみに下記がかつて書いた所感なのだが
57.パリの夢(Rosa Nigra 他) - 日々の糧—香り日記—
ここで母性的な香りだと形容したFantome Maulesだったが、日本で抱いた所感は全く対照的で、どちらかと言うと男性用香水的なアロマティックグリーンの深みと硬質な柑橘系の渋みの奥にサンダルウッドの滑らかな甘みなど、いわゆる男性的な香りが浅く表面をコーティングしている様に感じられる。しかし全体的な香りの層はさらに奥深く大きな葉の様に何重にも重なっていっぱいに敷き詰められている印象で、その配置された香りの間を見回すとき、木々のざわめくように香り全体が動くのを感じる。
夢から覚めた後で聞くFantome Maulesは、その森の中をさまよう怪人のイメージ通り、北欧の森とその中に住まうカオスを思わせた。物語の中でかろうじてその森の怪人を男だと分類できるように、ふと鼻を掠める表層的な記号から男性的な香水だと認識できる程度で、その周辺は深く暗く光源の見えない森が広がっている。
ここでのグリーンは、マドエレンのミントやフエギアのパンパのように私たちに寄り添い共に生きているグリーンの緻密でリアルな描写ではないように感じた。
先に言ったように複雑に積もった不明瞭な香りの中を、自分の知る記号を頼りに進んで行かねばならない体験は、ある種の自然との隔たりを感じられる。
日本には来ない類の深い香りだろう。悔しいが、今の私には到底使いこなせない香りだろうとも思う。
しかし、その土地に根差した辺境系の香水としては大変興味深い対象だとも改めて思った。
Fantome Maulesは今後様々な角度から考えて行きたい香りだと思った。
現実の世界でも少しずつ仲良くなって行けば良い。
夢の中も好きだが、その夢から覚めた後の、不思議な清々しさと静けさと窓から見える外の光が好きだったりする。