日々の糧—香り日記—

日々出会った香水について記してゆく日記。

72.サロ ンド パルファン2017 《ノックス(アンジェラ チャンパーニャ)》

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 久々の更新になってしまった。

最近体調のせいなのか、香りに不快感を抱くようになってしまい、しばらく香りもの全般から距離を置いていた。

 

そんな時に、今年のサロン ド パルファンでアンジェラ チャンパーニャが出展するという情報を見たのだった。

アンジェラチャンパーニャは私の大好きなブランドの一つだ。アーエルの静謐さと霧の描写ほど感動した嗅覚体験は多くない。

その朗報にかつての香りへの愛を思い描き、何とか自分を鼓舞して有休を使って昼間の伊勢丹へと赴いた。

 

伊勢丹の催事場は、平日ながら賑わっていた。

他の所感についてはまた後日別でまとめるとして、私の一番の関心はやはりアンジェラチャンパーニャであった。

今回はその中で、ノックスについて所感をまとめようと思う。

 

 

ノックス(NOX)

→秋の夜に、アドリア海から拭く潮風がアトリの丘の草地を超えて町の路地に吹き込む様子を表現している。

トップからヒノキの清浄な香りが感じられるが、トップの調香を見ると、ベルガモット、スズラン、シクラメン、イランイラン、アカシア となっている。文字で見ると甘めな香りが多いと感じるが、それらは花の表現と言うよりは仄かな甘みを称えた草花の香りとして下の方に穏やかに漂っている。ウッドの香りに並走しているセージの鼻に抜けるハーブの香りが、それらの緑の側面を総括しているので変に浮きたつことがない。肌に広がった香りの中からヒノキの香りに注目することで、その延長線でグリーンの実感を草原が風に波立つ様に認識できる風のような流れを感じた。

ミドル部分にそのセージ、ヒノキ、ピンクペッパー、ソルトが配置されているのだが、それらのシャープさが速度を持って香るため、秋の夜風のような甘さの無い爽やかさを感じられるのだろう。時間が経つに従って、このヒノキのドライな木材感に水を注いで満たすように、仄かなマリンの香りとトップからその潮風に混ざり込んだ草木の露の香りが湿気と共に混ざり始める。トップからのシャープなスピード感は丸みを帯び、ふくよかな質感をもって穏やかに通り過ぎるようになった。ラストはシダー、パチュリ、バニラ、ホワイトムスク。アンジェラチャンパーニャの香りの中では、カーナトにも途中マリンのような水気を感じるが、こちらはラストに石畳のような硬質さはあまり感じられないので、香りを追っても内に籠るというよりは終始野外の開けた空間を思わせる。トップからミドルにかけて吹き込んだ風は、ラストではシダーの幾分か落ち着いたウッドと沈着で土気のあるパチュリが着地点として用意されており、その地面に染み入るように速度を落とす。ウッドの調子は最後まで残るものの、それが運ぶ香りは終わりになると明らかに変化しているのを改めて感じられる。

アトリの四季はもちろん日本とは違うのだろうが、この秋の風の静かな香りは、日本の冬の乾いた空気を内包したそれとも近いように感じた。あくまで立ち位置は町の中に吹き込んできた風への眼差しなのだが、潮風の記憶のようなものも同時に感じられるのは不思議な体験だった。

 

 

 

 

トークイベントに登壇していたアンジェラ氏にイベント後にアーエルの香りが大好きだと言うと、気さくに喜んでくれた。

私はイタリア語は分からないが、言葉の柔らかさや雰囲気からは優しさに溢れた人のように思えた。

 

 アンジェラ チャンパーニャの香りからは、イタリアの中世から積み重ねてきた壮大で堅固な歴史とそれに根差した文化だけでなく、その地でその歴史と共に生きる現在進行形の生活への愛も感じられる。

通りを歩いている時に感じる香り、ふとしたノスタルジーの中で思い出す香り、通りすがりの女性の良い香り、夜風の中の草の香り。そうしたささやかな一瞬も、生きる幸せを感じるには充分な体験となりうるのだと改めて思い出させてくれる。

その点が、私がアンジェラチャンパーニャを愛してやまない理由の一つでもある。

 

 今日は台風一過の青空の下でお弁当を食べた。

大きな祭りが去り、再びいつも通りの小さな営みが帰ってきたときの、この自由で寂しげな空気がたまらなく愛おしく感じた。

 

 

 

 

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