日々の糧—香り日記—

日々出会った香水について記してゆく日記。

77.帰る場所《アントニア(ピュアディスタンス)》

早いものでもうクリスマスが去った。

どことなく空いている電車やあわただしい空気感が独特の年末感を感じさせる。

 

今年の香り納めはどうしようかと考えている中、ピュアディスタンスを本格的に試香する機会に恵まれた。

(ピュアディスタンスについては末尾のURLを是非見ていただきたい。)

それは前々から愛読していたブログで知ったイベントだったのだが、実はクラシカルコアなニッチ香水の試香はあまり経験が無く、当日の夜まで不安半分好奇心半分という状況だった。

そんな不安定な愛で飛び込みで伺ったそのファンミーティングで温かく迎えてもらったことは12月の嬉しい思い出のひとつだ。和やかな雰囲気の中で、たくさんの知見を得た。

ピュアディスタンスは本当に滅多に見られない硬派なクラシカルな香水ブランドだった。クラシカル・ヴィンテージ香水愛好家にはたまらないだろうと思う。香水が気になりだしたころに通販サイトで一本サンプルを取り寄せて「大人の香りである」と感じた記憶があったが、今全種類試香するとその本気さがよく分かった。

私はその中ではMとアントニアが印象に残った。

今回はアントニアについて所感を残そうと思う。

 

 

 

アントニア(ANTONIA)

→私の肌に乗せるとトップから直線的なローズエッセンスの香りを始めとした石鹸のようなパウダリーで固形物の硬さと重さのある清潔な香りが展開してゆくのだが、トップのアイビーグリーンのせいだろうか、それは完全に固まっているというわけではなく、程よくしっとりした水気を感じた。それはちょうど湿った布をピンと張ったような張りと線ではなく面としての質量があり、その布地が前面に広がったその奥から人の温かみを彷彿とさせるジャスミンやイランイランの花の青さと熟した甘さの気配が伝わってくるような印象を受ける。しかし、その布の奥は透ける事は無く、その人がどんな表情をしているのかは定かではない。

ミドルに差し掛かり、トップの湿気が徐々に抜けてくると布地のテクスチャに目が行き始める。時間が経つにつれてイリスとイランイランのパウダリーさが増してきたからなのだが、イリス特有のあの内に丸まるような滑らかな甘さはあまり無く、重さも不思議と無い。その中盤の強度のあるパウダリーさはある種の繊維の網目を彷彿とさせた。パウダリーな花の香りの粒がまんべんなく、それでいてしっかりと積まれて広がっているキャンバス地のような丈夫で厚い質感は、トップからの緊張感を失っていない。それと同時にベチバーのような仄かな苦みがぴったりと肌に張り付く。布地めいた硬さは必ずしも自分とその先との断絶ではなく、むしろその繊維の揺れを通してその奥のまったりとした体温と表情を探ってゆく興奮感を覚えた。

ラストになると、パウダリーな粒子の密度は増してゆき、布は完全に乾く。その先の気配は完全に読めなくなっている。しかし今まで布越しに感じ探っていた温かさがすぐそばにある事が分かる。そのトップにはない温かさは、己の体温なのか、布の先にいた人物の体温なのか、はたまた布の温度なのかは分からない。今度はその張られていた布にくるまれて穏やかでささやかな達成感に包まれるラスト以降の底は、バニラやガルバナムが布とはまた違った優しい弾力のある粒子感を持って深いところまで道を作っている。その様子は、今まで求め探っていた者が目を細めて微笑むような心地がした。

再三使った「布」という表現は、「皮膚」とも言い換えることが可能かもしれない。しかし、身体レベルではなく、さらに大きなスケール(大仰で壮大という事ではない)で包まれるラストの安心感を考えれば私の鼻ではやはり「布」なのだ。

この香水が強く優しい社長の母君をモデルにしたというエピソードは頷ける。銘も調香も女性を彷彿とさせるのはもちろんだが、香りの構成自体も私の鼻が探ることを受け止める包容力がとても大きいと感じた。

 

 

  全種類通して、個性的ながら流行や時代を超えたピュアディスタンスの香りは、母のように広く深かった。

赤子のように嗅覚体験を享受させてくれるこの安心感は、やはり有難い香水体験だと思った。

 

 

 

孤独は好きだが、そうであっても年末は内省的なあるいは恋しさに似た気持ちになる。

2017年の香水の振り返りをしていると、ふと

最後に帰る場所として愛す香水があるのもまた素敵なことなのかもしれない。

と遊び人の末路のようなことを考えている自分に少し驚いた。

 

 

 

www.puredistancejapan.com