polar night bird

香りの記録

82.春の喜び《Melodie de L'amour(Parfume Dusita)》

春が近づいてきた。

一日中眠気が襲い、外は何やら花粉と共に生物の香りが蘇り始めている。

 

イタリア香水の一旦の締めくくりにBogue Profumoを選んだものの、一種類だけでは特徴を掴めず追加で何品か取り寄せているのもあり、記事の進捗が思わしくない。

その間にNOSE SHOPがリニューアルオープンし、前々から気にしていたUNUMとSTORA SKUGGANが日本にやってきた。

もちろん行ったので愛をこめてまとめてレポートしたいと思っているのだが、こちらもまたなぜだか進捗が思わしくない。

書きたいことはたまるばかりで全体的になんだかとてもやる気がない。

腐って行くような非生産性が心地よい。

 

 

 

眠くだらだらとした日々の中で、ふとParfume DusitaのMelodie de L'amourに手が伸びた。

まとめてサンプルを取り寄せたものの、忘れていたようだ。

Dusitaは海外の香水ブログでも軒並み高評価を得ており、Melodie de L'amourは去年のArt and Olfactive Awardのアルチザンカテゴリーで入賞していた銘なので、興味半分懐疑半分の印象だった。

なんにせよ、白い花系の香りはこの眠い春先にぴったりだと、試しに腕に付けてみた。

 

所感は以下。

 

Melodie de L'amour

→雑に括れば王道のホワイトフラワーの香りなのだが、白い花の香りが150種類ほど入っているらしいという説明の通り、底の知れないホワイトフラワーの渦が迎えてくれた。渦と言うより万華鏡のようなのだろうか。ガーデニアのような水滴じみた香りかと思えばジャスミンの青さのような気もする。そうしているうちにチュベローズの濃厚な花粉なのかとも思えてくるので結局は何者なのかは掴めない。四方から正体の知れないホワイトフラワーに見下ろされる空間は、中層のピーチの花とは違った内にくぐもる瑞々しい香りのおかげで、草花を触った時の指に柔らかくこすれる表面の産毛を彷彿とさせる。私の中の記憶と紐付けするとしたら「80~90年代に建てられた白い建物の壁の官能性」とでも表現しようか、決して古いと言うわけではないのだが、触れたいという欲望を刺激する(でも触れられない)デジャヴともノスタルジーともとれる粒子となってとろみのあるゆっくりとした動きで回っているように感じた。

ホワイトフラワーといっても甘さと濃厚さにフォーカスしては広がらない。表面はパウダリーで柔らかな花粉感が漂うものの、これがワイルドハニーなのか、白い花の香りの間を埋める様に蜜めいた甘さが染み出して輪郭を形成しているので、香りの立体感と透明感、肉厚な柔軟さを同時に安定させている。その背後にトップからの白い花以外の花の茎のような青みも感じられる所も、この花園の舞台を一層鮮明に力強く描いているように思えた。

ミドルにさしかかると、白い花の香りが徐々に上方に抜け出てゆく一方で、青みの伴った花の香りがはっきりと感じ取れるようになってくる。調香にあるイタリアンブルームフラワーとは一体何のことだか分からないが、その青みのある花の香りはこのカテゴリのものなのだろうか。シダーウッドオイルの滑らかな下方に流れる動線に沿って自然に、白い花自体の残り香の様に下の方に落ち着いている。それはトップの白い花が元の花に戻るように、トップの胸の躍るようなエモーションを伴う湧きあがり方とは描き方のタッチの違ったある種のクールな細密さをもって鼻を掠めていった。

終始鼻当りは滑らかで、白い花の香水によくあるベースのバニラなどでの甘さの強調は見られないので、ラスト以降はミドルの移動からの流れでいつの間にか腕からするりと逃れ出てゆくように香りが消えていた。別れの予感はミドルから感じられるものの、本当に訪れた時のそのあっさりと後にされるような表情の変化も、いい意味で寂しさと余韻を味わえる。

香りに対して「官能」と表現するのは一種の暴力だと思っていたが、Melodie de L'amourに関しては使わせてもらいたい。白い花達とのめくるめくような情事の記憶のような香りだと思った。いくつもの愛とその喜びの交点で、私は過去の白い花たちとの記憶のモンタージュを抱いているのか、それとも腕の中の名も分からない花の様々な表情を同時に感じているのか。平衡感覚を失うような官能性には湿った臭みも燃えるような激しさも必要なく、ただただ喜びがあるのかもしれない。

 白昼夢のように全身を覆われ耽溺できる香りだが、描写が抽象的だからか不思議と香りの対象との距離は終始遠く感じるのだ。先ほども書いた通り、触れたいが触れられないものの香りだからこそまた出会った喜びが欲しくなり手首に一滴落としてしまう。

個人的にはどのような機会にも、男性ならばスーツにも合う香りだと感じる。布の下から香ってほしい。

 

 

 

Melodie de L'amourをひとしきり聞いたあとに顔を上げると、半分眠っていた脳が別の夢に移動したような感覚だった。

まだ昼過ぎの明るい窓の外を見ていたら、無性に外に出なければならない気がして、よたよたと外に出た。

春は正気を失うような気分がする。

温かさのある厚い空気を受けながら、この風は人にはどう香っているのだろうかなど考えながら目的もなく駅へ向かった。

 

 

www.parfumsdusita.com