polar night bird

香りの記録

87.ささやかな夏《マイロ(ラボラトリオ オルファティーボ)》

 

半袖で過ごす日が多くなった。

それを考えてしまうと、夏嫌いの私はまだ6月だというのになぜこんな…、という気分でいっぱいになる。

夕方になれば、冬にはあまり気にならなかった行き交う人々の朝昼に付けたであろう香水のラストノートが鼻を掠める。

ついに香りに胸焼けのする季節に入ってしまった。

今のうちに回れるものを回っておこうと思っていた最中、読者の方から所感のリクエストがあった。初めての事だ。

 そのラボラトリオオルファティーボのマイロは、ラボラトリオオルファティーボの中でも最近の銘のはずで、初めて試香した時の、初期の風変りでイタリア香水に見られる重たさが印象的だったこのブランドから何とも爽やかな香りが出たな…と新鮮に思ったのを覚えている。

 晴れていてなおかつ肌寒い風の吹く日を選んで新宿を訪れて試香をしてみた。

所感は以下。

 

 

マイロ(MyLo

 ホワイトフローラルの香り。トップは瑞々しさの中に締まったユリとジャスミンの花の露のような花の香りが、例えればガムを噛んだ時のように奥から染み出す様だった。既に下方にベンゾインやレジン系の堅い層が地盤になっているのを感じさせる安定感が分かるため、トップでも爽やかで軽いだけではなく、甘みに適度な厚さがある。

その瑞々しいユリの繊維感を包むようにアイリスのパウダリーさが奥の方から現れ始める。

これ以降は今年流行りのアイリスのパウダリー系の香りだと感じるのだが、殊に香りのなかの、イメージの連鎖の動線が美しく整然としていると感じた。トップの柑橘のフルーティーさとジャスミンのバナナのようなまろやかで内に乳白色の色を湛えた瑞々しい香りがユリのパウダリーな繊維感とアイリスの粒子感と重なり、そしてそれがアンバーに行き着く変化は、各々が整頓された動きで非常にゆっくりとグラデーションになってゆくような滑らかな変化の表情を見せている。終始ユリが主体になって香るが、突出しているわけではない。ある程の位置でで足並みがそろっているような印象で、爆発的な広がりや飛躍は無い所がむしろ夏のたるみやすい気温や肌に流されることがないのではないかと予想出来た。

 ラストは私の肌ではアンバーとアイリスが残った。バニラとベンゾインが調香に見られるものの、不思議と強まる事は無く、むしろミドル以前の甘い花々の部分やアイリスの底の部分を補強している時の気配の方が印象に残っていた。そのアイリスがトンネルのように周囲に螺旋を描く様に奥行を作り、その先にアンバーの横に走るスピード感のある底を見る事が出来る。個人的にアンバーが強く出てしまう体質なので、ミドルの終わり以降からこのアイリスとアンバーの組み合わせが目立っており、トップ〜ミドルのしずる感が一気にそこのドライな流れに回収されて分解されてゆく感覚があった。

イメージ的には色なら明るい緑の筋の入った白を彷彿とさせる。

公式サイトの説明では「肌に乗せたときの肌との距離やその温度」の様なものをテーマに含んだ銘だと伺える。確かにしっとりと露が火照った肌にしみ込む様な香り方をしている。(同じく近所に置いてあるパウダリー系のブルーノース(アゴニスト)はどちらかと言うとスピーディーなパウダリーさで肌からイメージが離れて行く所が魅力になっていた印象がある)

それは夏のささやかなイメージで形容すれば、初夏の日陰で涼んでいるときにふと吹く風や肌に触れた時の自分の手の感触、クーラーの効いた部屋に飛び込んでキンと冷えた空気に身を委ねた時に首筋を滑る汗のような、肌に極近いのだが仄かに冷たい心地よい温かさを思わせた。

本当は良くないのだろうが、マイロはいつも通り吹きかけるのも良いが、てのひらに何プッシュか取ってから、自分の手で首筋に押し当てて香りをまといたい気持ちになる。

 

 その日は他の香水を試さずに店を後にした。

その日朝からつけていた香水は通行人達と同じようにラストノートになって久しかったが、腕を振るたびにマイロの香りが漂い、その瞬間だけ時間が巻き戻ったように感じた。

 

 

https://www.laboratorioolfattivo.com/