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香りの記録

89.大人になれば分かるのかも《KISS ME INTENSE(Parfums de Nicolaï)》

年が明け、香り初めに銀座を訪れた。

去年は訳あって半年以上香りから離れていたため、店もろくに回れていなかった。

その間嗅覚の癖も若干変わってしまった様で、かつて愛した香りが楽しめなかったらどうしよう、とか、いつもの様に聞く事が出来なくなっているのでは、というネガティブな気持ちが無い訳ではなかった。

 

今回は戦々恐々東急プラザのNOSE SHOPに行ったのだが、その日は不思議とニコライのキスミーアンタンスに目が止まった。

ニコライはパリ訪問の際にいくつか店舗を覗いたのだが、手堅い香りを作っている大人のメゾンの印象で、エッジの効いた香水を探していたその時は正直感想が薄かった。

おまけに、キスミーアンタンスは本来私の苦手とするバニラ入りの「ドラジェ」や「日焼け止めクリーム」などのモチーフも盛り込まれた滑らかな甘い香りだ。

一体どうした事だろう、と、さらに香りを聞いてみた。

所感は以下。

 

キスミーアンタンス

(KISS ME INTENSE)

トップにビターアーモンド、レモン、アニス

ハートにヘリオトロープジャスミン、イランイラン、オレンジフラワー、クローブ、シナモン

ベースにバニラ、オポポナクス、ムスク

といった調香。

テーマに幼少期の記憶、ドラジェ(フランスのお菓子)というワードが挙がる通り、トップからベースまで随所に焼き菓子を連想させる香りが配置されている。

トップを感じた際、私はドラジェと言うよりカリソンを思い出した(これもアーモンドを使ったフランスの焼菓子で、私が食べたカリソンは上にレモン味の砂糖のコーティングがされていたのだった)。

だが、分類がオリエンタルフローラルの通り、完全なるグルマンではない。

トップはこれらの菓子的な香りの他に、ハート部分の花々の香りをヘリオトロープのパウダリーさが包んで一まとまりにしている形で感じられた。その情報量を整理していると、ふと上方にお菓子の香りが通り過ぎて、それを追おうと意識を宙に漂わせる。すると後ろからミドルのジャスミンとイランイランに抱きしめられる様に捕らわれた。

ここでのジャスミンとイランイランは所謂バナナやメロン的なジューシーな香り立ちだった。そこに意識を向けると、柔らかくまとまった香りの奥に瑞々しい果実と濃厚な花粉を行き来する様に香る呼吸に似た揺らぎがある。それに力を込めて包まれながら、更に中心へと進んで凝縮する様な甘い香りを見出す作業は、浮き足立った気分で純粋に多幸感があり楽しめた。そのおかげなのか、グルマンとフローラルのどちらにも属さない様な、あどけなさや明るさが印象的だった。

トップでお菓子の様に感じたアーモンドの油脂めいたコクのある香りは、いつの間にかヘリオトロープやムスクと混ざり合い、日焼け止めクリームやベビーパウダーの様な、それを塗った肌質をも想起させる香りに変化していた。それと同時にフルーツの甘さはイランイランの濃密な花の香りへと落ち着いて行った。

今まで花々の華やかさに気を取られていたが、クローブとシナモンもこの段階で、菓子のアクセントではない粒子感を見せるようになった。

ミドル以降は私の肌ではゆっくりとそのパウダリーさが増して行き、きれいにラストノートに交代した。未だミドルのヘリオトロープが残っているからか、かつてクリームを塗った肌に鼻を滑らせた時に感じるその名残のような、肌の粒子に似た質感となっており、更に奥の肌に近い場所にはオポポナクスとバニラが濃く主体となって定着している。そのトップ〜ミドルとは別の沈着で張り付くような濃い甘みが、昼下がりに早くも半日を楽しみ尽くして満足げに眠った子供から漂う香りのイメージを受けた。

 そんな穏やかなラストに浸りながら、グルマン、オリエンタル、フローラル、フルーティのどれもを我儘に飛びつく事の出来るこの香水は、良い意味で散漫で、幼い子供の純粋な快楽への欲求のようだと思えてきた。

ここでの快楽は、甘いお菓子や、家族達から受けるキス(西洋の香りであるので)、日焼け止めクリームを塗って出た外の陽気などを一身に受けた時のような、愛や祝福を本能のままに享受する悦びなのだ。

「キスミー」は子供が愛という快楽をねだる言葉であると同時に、それは大人が子供に対して、そして大人同士で使う言葉にもなり得る。

ニコライは決して子供向けの香水ではない。トップからラストへの変化のレイヤーはトップから全て薄く予見できるような透明さで、その成熟した立体感と奥行きは、かつて同じ様に悦びの体験を経て、それらを与える側となった大人の眼差しを通した描写に思える。

大人になってしまえば子供のようには行かなくなるが、子供の頃と変わらず屈託無く言いたくなる言葉もあるのだ。

 

可愛らしく明るい香りだが、カジュアルのみとは言わずにどんなシーンでも使える香りのように思える。 

 

 

 

その日はキスミーアンタンスのみを肌に乗せて帰った。

その間ずっとこの香りについて考えていたのだが、分からない事だらけだった。

手首に顔を近付けたら、ふとある甘い香りの苦手な人の事を思い出した。

その人の事だから、香りを聞いた途端「甘い」と言って顔を顰めるかもしれないが、もしかしたらそうでないかもしれない。

 

もう少し先、暖かくなり春が来たら、持ち運びやすい小さなボトルで迎えてみたいと思った。

 

 

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