polar night bird

香りの記録

92.5 身近な香りたち

香水以外の嗅覚体験をとりとめなく書き留めようと思う。

平生漂うの香りは香水のように分かりやすくない。しかしやはり出会ってしまうと、どうしても、この香りを言葉や何かで残して忘れないようにしたいと思えてしまう。

試みを兼ねて3つ残したい。

 

 

1.ジャスミン

様々な場所でジャスミンが香っている。

会社の近くのイタリアンの脇だったり、住まいの近所の家だったり、隣の富裕層の敷地…と、この季節は朝から晩までジャスミンの香りを感じる事が出来る。

ジャスミンの香料は花を朝採取するか夜採取するかで大きく変わる事をどこかで耳にした。思い返せば確かにジャスミンは(他の花も然りだろうが)1日中同じ香りではない。

朝のジャスミンは、白い花の濃厚さの中に、青みがかったジャスミン特有のある種のえぐみが含まれた、朝露のやや湿った温度を感じる事が出来る。いわゆる香水のジャスミンの香りに近い。下から上へ徐々に水分が起きて行く様な、瑞々しい丸さとハリのある甘さがある。

昼のジャスミンは粉めいた濃厚な白い花の甘さが空気中に四散し、それぞれが自由に舞っているように感じた。甘さの明るさと粒子の立体感は朝よりも増し、その外部に向けられた花の甘さは柔らかく壁のような密度と厚みを持っている。近付くと温かさを感じる。

そして陽が傾き夜に近付くと、その空気中で遊んでいた柔らかな導線の奥に、ジャスミン茶のような、花粉に比べて直線的で、緑の香りを含んだ低調な香りの線が入り込んで来る。

そうしてすっかり夜になると、ジャスミンの香りは夕刻現れた下流に合流し、口をすぼめて吐く息を細くした時の様に、シルクの糸めいて滑らかに直線的に夜気の中を流れて行く。花の甘さは朝に感じた露の中を香りが回るような艶やかさと、細部に思わせぶりに動いて時間を遊ぶような揺れがある。

あるいはそう見せているだけなのか。

 

こんなことを考えていた時、友人からジャスミンの茂った甘い香りを漂わせる廃墟についての話を聞いた。

美しい話だと思った。

花も香りも私たちのものではないのだ。

例え人類がこの地球上から全て消え去っても、ジャスミンのあの芳香は変わらないのだろう。

 

 

 

 2.レザージャケット

 春先に覚えたレザージャケットの香りが印象に残っている。
映画館でふとした時に捉えた革の香りは、その素材の肌触りが想像できるくらい柔らかく、表面は新しいレザー特有のきめ細かい香りの粒が不透明に密接に組み合った微細な毛羽立ちのある厚い膜を作っていながらも、最奥は肌のような、パウダリーな粒子感と温かさがあった。

レザーもまた皮膚なのだ、とまとめて終える事もできるのだが、ジャケットは着て初めて香りが完成するものなのかもしれないとも感じた。

その温かさはレザーのみの時とは別物だった。まるでレザーと着用者との接着点が溶け合ってひとつになっているようで、香りだけを追いかけてレザーの最奥より先に進むと、優しいグラデーションでいつの間にか人の肌の体温に落ちてゆく感覚があった。

気持ち悪いのは百も承知だが、この予期せぬ多幸感に映画を観ながら驚いたのだった。私もいつか高いレザーのジャケットを買おうと強く思った。

これは先のジャスミンにも言えるもので、香りの先にある仄かにくすぐったさを伴う生命の気配を見つけた時、それと同じくらい仄かに己の心の表面のテクスチャをもなぞられるような一瞬に出会うときがある。

そんな時は好きだった猫や小さい頃に寝転んだ芝生や布団や春の風の香りを思い出す。

感情に任せて泣いてしまえば嗅覚が遮られるから、夢中で息を吸い込んでしまうのだが、最近は上手くいかない場合が多い。

 

 

 

 3.幻臭

最近、旅先で突然硫黄(硫化水素)の様な香りがする時があった。

1回目は山梨のキャンプ地だった。

その地は温泉はもちろん工業地帯やコンビニすら無いような開かれていない山地だったのだが、無人駅を降りたら硫黄のような香りがしたのだ。その香りは駅の降りた時ホームのみで、あとは何事もなかったかの様に香りが無くなったため、その後のキャンプでも何だったのか1人考え込んでしまった。

その2日後に訪れた茨城の海岸では、海が見える前の誰もいない公園で写真を撮っていたらふとその匂いとすれ違い、デジャヴを感じた。

海岸の近くには工業地帯があったものの、その近くでは全く硫黄の香りはしなかった。海はかつては生きていたであろう何かや海の様々なものが一緒くたに塩漬けにされた生臭い刺激臭がして、その様な硫黄の香りの方がありがたいと思えるくらいだった。

ここでも硫黄の香りは一瞬のみで、だからこそ印象に残っていた。

その硫黄の香りは、温泉のものという雰囲気でもなかった。煙の様に下から湧いて渦巻く暗いタマゴのような閉塞感のある香りに、表面に何かが反射する様な刺激を持つ何らかの金属製の硬質で表面がのっぺりとした黒みと光沢を帯びた香りが下流に広がって流れている香りで、上層と下層の綺麗に2分するような香り方の差異が印象的だった。

そこから、もしかしたら硫黄っぽいと言うより何か別の鉱物の香りなのかとも思えてきた。

温泉ならばもっと水っぽい動きと香り立ちになるはずで、何かの詰まりや腐敗の匂いであれば、奥を覗けばその原因の有機物の匂いが混ざるため分かりやすいはずなのだ。

 

だがこんな体験も、科学では一瞬で説明できてしまうのかもしれない。

答えの分かる人は言わないでほしい。

この場違いで奇妙な香りについて首を傾げながら眺めた、向かいの民家のたわわに咲いた八重桜が周りの時間よりもゆっくりと散る様は、中々私の中で思い出になっている。