polar night bird

香りの記録

102.コートの中の白い花《チュべルーズ・アブソリュ(ペリス モンテカルロ)》

「厚手コートやスーツの下から香らせるなら白い花の香り」

と事あるごとに繰返し説いてきたが、当の自分はコートの下から香らせるための香水は未だ購入していなかった。

 

実際はもう購入しており、誕生日に箱からボトルを取り出す予定になっている。

しかしその日を迎えるまで存分に他の香りに目移りしたいというのが遊び人の性であった。

個人的に厚い布地と合わせる白い花の香りは直球で正統派のものに惹かれがちである。勿論コンポジションの妙を楽しむのも好きだが、そういう類の香りは肌に近い場所に置きたい。(逆にローズはどんな用途でも複雑な構成の中に見出すことに快感を覚えるのは不思議である)

 

まずペリス・モンテカルロを試しに銀座へ出た。

記事にこそ書いていないが、日本において実用香水にオーセンティックさを求める時は早い段階で頭に上る。香水を愛する作り手による香水を愛する人々に向けた誠実さが垣間見えるブランドである。価格帯にも納得が行く。

そこでチュべルーズ・アブソリュに改めて出会った。

題名通りのチュベローズである。

近くにあったNISHANEのチュベローズも同時に試したが、テーマとしては前者があまりにもハマってしまった為に記録をつけるのを忘れてしまった。後日また改めて試香しようと思う。回る順番を反省した。

所感は以下。

 

 

トップはベルガモット、カルダモン、ラベンダー、ガルバナム
ミドルはチュベローズ、ジャスミンサンバック、ガーデニア
ベースはオレンジブロッサム、シダーウッド、ベチバー、ムスク

という調香ピラミッドとして公表されている。

私の肌では彩度が低めの落ち着いたグリーン系の香りから始まった。甘さの無いベルガモットとガルバナムが前面に出るがラベンダーの篭った香りの質感がそれらの拡散を落ち着けている。カルダモンはあまり主張せずに香りの粒のシャープさと速度を担っている様だった。均質な霧状となったトップは横に滑るように敷かれる。

そこに不意に、ベースのシダーウッドだろうか、柔らかな木の香りが紛れ込んだ。それは新品の木の正方形の升箱のようで、トップの香りの周辺を囲むように感じられる。

その中にトップの香りが入っているような状態になるが、それは木箱になみなみと張られており、動くたびにゆるく表面が揺れる所を見ると、水よりも弾力のある半液体の様な質感になっているのが分かった。そこに感じられる透明で瑞々しい甘さはミドルの白い花々が由来である。その水が徐々に上方へと盛り上がる様にチュベローズが立体として形成され始める。その香りは細く伸びる青みと白い花粉めいた柔らかく肉厚の面に覆われたきめ細やかなチュベローズであり、花畑のような平面的な展開というより大輪が一輪咲いているような風情がある。

そのチュベローズの香りを楽しもうと鼻を近づけると、それは単なるチュベローズとは少し違う様だった。

遠目には紛う事なき一輪の花であるが、それはある角度から見ると内側に雨水を含んだように丸く膨らんだ、苦味のないガーデニアの瑞々しくぬめらかな質感、またある角度からはジャスミン特有の青いえぐみの細かい凹凸とその表面を流れるアニマリックな凝縮感のある白い花の表情を見いだせた。それらの白い花の一つ一つの造形とそれにかかる印影が寄せ集まって「チュベローズ」を形成している、無数の白い花の集合体のようであった。

同じく白い花の集合が圧巻である香りとしてDUSITAのmelodie de l'amourがあるが、それが白い花のある空間を形成するような展開であるのに対して、チュべルーズアブソリュの場合、1つのチュベローズという具体的な立体としてその中で展開して行く。そしてその造形の細部がとても緻密で立体的なのだ。その豪華さに、不思議と欧米というよりアジア建造物の彫刻の細密さを見ている気分になって来る。

ミドルの時点で「チュベローズ」はその花弁を開ききり、芳香としては最もはっきりとした立体感のある白い花の香りを中央に築き上げるが、そこからラストに移行するに従って、不思議と香りに明るさと瑞々しさが増して行った。

調香ピラミッドを見るとラストにオレンジブロッサムが配置されているが、それが原因なのだろうか。濃厚なチュベローズの内側で密に膨らむ花粉めいた香りにトップで見た彩度の低い等速で横に滑るグリーンの水っぽさと、オレンジブロッサムの比較的明るく爽やかな、甘さを含んだ水球が小粒の白い花の香りが上からコーティングするように混ざり始めるのである。

チュベローズの形はその水分の重さを含むにつれて抽象的になってゆき、緩い噴水の様にフォルムを揺らしながら中央に寄せ集まる形で収縮を始める。そこにムスクの粉っぽさがありながら直線的な清潔感のある香りが造形を霞ませ、いよいよチュベローズであった液体は木の箱の中に還ってゆく。そして香りがムスクのちらつきの中に消え去るまで、トップの様に表面を横に穏やかに揺らしていた。

オレンジブロッサムにより明るさがもたらされるこのラストは朝の到来なのではないかと今になって思えた。

チュベローズの和名は月下香と書く通り、夜にその催淫作用があるとも言われるほどの甘美で危険な芳香を振るう花である。この香水の一連のメタモルフォーゼからも、夜が深まる中その魅力を存分に開花させたチュベローズは朝日と共に香りの花弁を閉じてまた夜を待つ。その様な情景を想像した。

全体的に角の取れた滑らかな質感と変拍子の無いテンポが整った運動を見せていた。加えてボトルの高級感の通り、上質な装いの時に伴いたい香りであった。

 

情報が整理され洗練されたチュベローズは、やはりカシミアコートの分厚い生地に似合った。

ガーデニアもジャスミンも好きだが、私は印象に残る香りとしてチュベローズが多い。しかし思えばチュベローズの香りは一本も所持していなかった。

分かりやすいが実の所捉え所の無いチュベローズの白い花の香りは、自分の香りとしてそばに置くと言うよりは、今回の様に期待や偶然の中で他人として出会いたいという気持ちがあるのかもしれない。その距離がチュベローズのあのやや青い毒気のある濃厚な香りを忘れ得ぬものにしていると感じる。

もしも夜に本物のチュベローズの芳香と出会ってしまったら、やはりコートの中に香りだけを抱き込んで帰るだろう。

そう考えながら香りを乗せた手首をポケットに深くしまい、人がまばらになった夜の銀座を歩いた。

 

 

perrismontecarlo.com

 

 

 

 

さて、この記事をまとめるまでに大晦日になってしまった。

振り返ればこの不安定な状況にも関わらず様々な国から香りを取り寄せた一年だった。(この話は機会があれば後程)

来年はもう少し街中の香水を改めて聞いて回りたい気持ちがあるため、引き続き白い花の香りと遊ぶ日々が続きそうである。

来年もどうぞ宜しくお願い致します。