polar night bird

香りの記録

95.終わりの向こう側《Capri Forget Me Not(カルトゥージア)》

梅雨が明けてから一気に暑くなったが、それまでの寒冷な気候のおかげで今年はそれほど鼻が疲れておらず、仕事終わりに汗ばみながら銀座を歩き、試香する体力も残っている。

しかし一方で突如として暑くなった現状に付いて行けずに未だにどこか夢心地というか、現実から逸脱している気分でもある。

 

 

その日の気分で銀座の阪急メンズの香水売り場に立ち寄った。

伊勢丹メンズ館も良いが、ここの香水の品揃えはもちろん棚を一度に素早く横断できる陳列も気に入っている。

この日は当初お目当てだったオルファクティブスタジオやCIROではなく(これらの所管はまた後日)、カルトゥージアの中でも甘みのあるCapri Forget Me Not が印象に残った。

毎年夏といえばカルトゥージアのメディテラネオ一択というくらい夏でも私の鼻と相性の良い気に入りのブランドだ。

 

所感は以下。

 

 

Capri Forget Me Not

レモン、ライム、ベルガモット、マンダリン、イチジク、ユーカリ、ミント、バイオレット、シクラメンジャスミン、アルテミシア、ピーチ、バニラ、ライラック

と言った調香。

ブランドの中では甘く濃厚な香りであるのだが、暑い夏の夜の風のような透明感と軽さがやはりカルトゥージアである。

トップから甘みのあるミントと仄かな清涼感を担うユーカリが輪状に放射状に広がる形で認識できた。その開いた中心ではバニラとピーチがイチジクの甘さというよりも葉に近いやや青みのある肉厚な香りの下の中層に潜り込む形で合流し、ミドル以降に配置された穏やかなパウダリーな花の香りがまたその奥に内包されている形で認識できる。それ故か、バニラベースの甘さであってもフルーティーなグルマンではなくラクトンのような植物由来のミルクを思わせる香りになっていたように思う。

そこを先ほど一度広がったミントが線となり繋ぎとしてミドルとトップを貫くような構成で肌に吸着している印象で、その周辺ではその青みの一群と柑橘系の瑞々しさ。そして私の肌ではジャスミンとヒヤシンスが体温に近い場所で周囲と比べてアニマリック寄りに仄かに香っており、それらがゆったりとした中層のミルクに半分浸かりながら各々の呼吸で主張し合う。香り方は全体的には穏やかではあるが鼻に向いた香りの細波の尖端は時折やや鋭い印象を受けた。

しかし、ミドルに近づくに従って主軸がトップのフルーツとミルクの湿潤感から奥にあるミドルのバイオレットの人肌のような温かみの穏やかな粉っぽさと甘さへ飲み込まれるように置き換わって行く。

それは今まで肌に確かに乗ってそれぞれ角を出していた香りが静かに呼吸を揃えて1つに丸まり宙で少しずつ四散して消えて行く様は、香水にはいつも当たり前に用意されており当たり前に受け入れているはずの「終わり」を強く喚起させられた。

それでもまだ歯ですりつぶした時に染み出て口内に広がるように香るイチジクとミントの先端が丸まった様な独特の青みと甘さは、こちらに意思を向け湿潤さと辛うじてトップを思い出させる立体感とある種の圧を伴う香り方をしており、それらは絡み合うように肌と離れてゆくパウダリーな香りの球とをつなぎ留めていた。

その後のミドルからラストにかけて、パウダリーな香りからラクトンめいた温かさのある甘みはやがて遠のき全域が細かいパウダリーの霧になった。深く吸い込めばまろやかなトップとミドルの名残を感じられたが、それらは既に遠い場所にあり、何やら思い出しきれない過去の記憶を辿る様なおぼろげに揺らぐ香り方をしていた。

いつのまにかミントとイチジクの蔦も霧の中に回収されて行くが、そのイタリア的なふっくらとした丸みのあるパウダリーには優しさがあるものの、それと自分の間にはミント・イチジクの代わりに透明な薄い膜が張られており、それがその先の香りを具体的に認識する事から隔てている事に気が付く。

ラストになると、そのパウダリーな霧の中心にシクラメンの固形石鹸のような涼しい白色の底が見えた。それは初めからあった様な気もするが、固さはトップから今までの香りの質感とは明らかに違う実在感と不動感を持っていた。しかし、その全貌は明かされる事はなく、新たな誕生を予感させたままドライダウンを迎えて消えて行った。

 

某レビューサイトで「これはアマルフィのイチジク畑の広がるラヴェッロで体験した夏の夜の香りだ」というレビューを見つけたのだが、レビューの最後のこれを付けるとアマルフィの海岸に戻るという一文が印象的だった。

全体を思い返して、やはりForget Me Not はトップとミドルへの移行が一つの終わりとして設けられているのだと感じた。

その終わりによって、私たちは終わった後の世界へと誘導されて行く。

その景色は、かつてレビュアーがアマルフィでの夜の体験の後の日々の中の夜の香りであり、勿忘草伝説の恋人たちの悲恋のその後の追憶でもある。

彼らの中で体験がやがて完全な過去の記憶となり、いつの日かその過ぎ去った記憶を呼び起こして再体験するまでの静かな時間の流れを彷彿とさせたのだった。

実際全ては終わりのない移行の連続かもしれないが、そこに終わりとそれを礎とした始まりを見出す事は豊かな作業だと思う。

やや辛気臭い文章になったが、ラフな格好から改まった特別な日まで幅広く使える香りだった。イチジクが特徴的に香り続けるので、いつもと少し違うイチジクの香りを楽しみたい方にも合うのではないかと思う。

大切な人と一緒に付けてみてはどうだろうか。

 

 

 

さて、そろそろお盆が近い。

ゆうれいも幽霊らしく、Forget Me Notと共に久々に故郷に帰ろうと思う。

 

 

www.carthusia.wandp.co.jp