polar night bird

香りの記録

96.初めての調合《Silk Iris(パルファンサトリ)+メチオナール》

パルファンサトリのオープンアトリエがあると聞きいたので訪問させて頂いた。

 

パルファンサトリの香水は気に入っている香水がいくつかある。

また、最近私は香りの言語化と並行して実際に自分でも調香をしてみようと思いついており、作る側の視点からも学べる展示は行かない理由が無かった。

その日も午前中に別の調香の体験教室で初めて調香の面白さを実体験した。

(その体験と香りについては命名が出来たら後日記事にしたい)

 そして六本木の中華でいつもより丁子が効き過ぎな水餃子を食べた後、午後にアトリエを訪問し、生徒の方々の作品を試香させてもらったのだった。

どれも繊細に考えられて作られており、パルファンサトリの精神を引き継いだ澄んだ形の新しい世代のポストモダン香水的な香り方の香水が多かったように思う。

他には香料も展示しており、貴重なオポポナクスを嗅げたことが嬉しかった。

 

そしてその際、幸運にも人数の関係で調香体験に参加させて頂く機会に恵まれた。

その体験は、既存のパルファンサトリの香りに和の香りをプラスするという内容で、未知であった香料自体の面白さも同時に勉強できたことがとても良かった。

 私はシルクイリスに、醤油の香りであるメチオナールを混ぜる事になり、

シルクイリス2mlにメチオナール0.8mlの配合にした。

 メチオナール自体は、ポテトチップの香りが一番身近だと思う。他には紅茶や緑茶にも含まれているという事で、所謂しょっぱい醤油というよりは芋めいたタンパク質のようなまろやかな香りが発酵した厚みのあるコクが印象的の香りだった。醤油だけでなく、味噌にも魚醤にも、バルサミコ酢にも感じる、嗅覚の上の方に蓋をされるようなあのまろやかさだ。

有機的ながら、そこには化学的な艶のある直線的な繊維を彷彿とさせる管理された強さがあり、これを繊細なシルクイリスに混ぜて大丈夫なのかと素人は一瞬不安を覚えた。

 

 シルクイリスの動線は速度は滑らかだが横方向に足並みを揃えた光沢のあるきめ細やかな手触りの布を彷彿とさせる香りであり、そこにメチオナールが落とされると、その重みで中層に弛みが起こった。

 その重みはシルクイリスの半分を借りてその隙間に染み込んで行くのだが、先程の単体のメチオナールよりも塩辛さは薄まり、イリスの粉っぽさと相まって最奥に体温が停滞しているような柔らかな肌の弾力に似た塊になっていた。汗ばむ肌に似た塩気を含んだ肉厚な縁から中心に向けてゆっくり渦を描きながら、生き物の中で醸造されているある種の有機的な臭みが凝縮してゆくような香りの動き方をしている。

一方で表層では元のシルクイリスの持つマイペースな流れがその纏まりを包むように流れていた。シルクイリスが沿って走る縁では硬い香料の繊維との摩擦が起こり時折細かい金属質な香りが散るように生まれており、そちらに目を向けると一瞬光を反射する。

その気流が香りを聞いた時に1番先に中心の香りを後ろに引き連れる形で鼻を掠めるのだが、その温かさと丸い気配は人の吐息のようで、咄嗟に「人の気配の匂いですね」と所感を述べた。

その表層の気流に意識を向けていると、そのスピードで弛んだしなやかな繊維がまたゆっくりと張りつめられて、シルクに染み込んで幾分か軽くなったメチオナールの水玉が一瞬宙に浮く。そしてそれが再びシルクイリスの上に着地した時、水玉は前より細かく全体的に飛散していた。このように鼻を追うように布の上で跳ねる事を繰り返す度に徐々に粒子が細かくなり、全体にメチオナールの茶褐色が斑点状に染み渡るが塊としての匂いの動きは弱まり遠のいて行く。

最終的にはメチオナールはシルクイリスの糸の中にまで広がりきって質感の凹凸を与える立ち位置に収まった。不思議と茶褐色に染まる事は無く、シルクイリスの持つ白さが揺るがない所が印象に残っている。最初の段階ではシルクイリスにメチオナールが一方的に作用してゆくのかと思ったが、意外にもシルクイリスの方もまた動的なのだった。

それは生き物同士の化学反応の様で、シルクイリスがメチオナールを取込み自身もまたそれによって組織が組み替えられてゆく様子は、大仰な例えになってしまうが生き物の身体とその細胞の絶え間ない生と死を彷彿とさせた。

また、今回のワークショップで、シルクイリスに限らず一つの作品として完成している香水は、液体でありながら強度はもはや個体なのだなと改めて感じられた。

 

因みに最後に大沢先生に香りの所感メモ(予期しておらず本当に雑なメモであった)を見て頂く機会があり、緊張で血の気が引いた。サトリのスクールには香りの文章表現を学ぶソムリエコースがあるのだ。

しかし先生はとても優しく素敵な方で、お話しする機会は少なかったが大いに薫陶を受けた。

 

 

この体験の帰り、香りを聞き過ぎてふらふらになりながら電車内で早速最低限の調香の道具を一度に注文した。

この調香への熱がどれほど続くかは分からない。

ただ、パルファンサトリは私の中でその香りだけでなく憧れの場所としても輝いて行くのだと感じる。

 

 

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