polar night bird

香りの記録

98.黄金の銀河《GOLD(Puredistance)》

香水の良い悪い関係なく所感を記すモチベーションがどうも上がらず、もうブログを書くのをやめようかと腐っていた去年の暮れ。ポストカードと共に舞い込んできた新作GOLDが染み込んだムエットに一瞬で退屈な気分を覆されたのを今でも覚えている。

モダンで均整の取れた香りだが、よくよく聞くと何やら重厚な渦の巻き方をしている。

そんな普段とは違うファーストインプレッションがあったため、その後試香の機会があったら是非とも実際に肌に乗せて試香したいという願いを持ち続けていた。

その矢先、1月の半ばに表参道にてピュアディスタンスのポップアップショップが期間限定で開店する知らせを受け取った。

 

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ポップアップショップにて撮影

GOLDを実際に肌で試せ、なおかつ他の香りとも比較できる貴重な機会を逃すまいと、その日私は全ての予定を後回しにして会場に向かったのだった。

 

会場ではピュアディスタンスの全商品がガラスの工芸品に囲まれて陳列されていた。

タヌさんを始め、運営の方々が丁寧に商品説明をして下さったおかげで全ての香りを思う存分試香できる素敵な環境だった。

 

そしてもちろん会場に入って一番に試香したGOLDは、やはり肌に乗せないとその真価の分からない香水だった。

ムエットでは分からなかったが、まず香り方の質が明らかに違った。

そもそもこのGOLDは香料の出所からして他の香りとは違う。会場でお聞きしたのだが、今回の香料は独立系の香料会社のものであるそうだ。

(その香料会社についてはタヌさんのブログで詳しく取り上げられている。)

巷に主に流通している、ジボダン、フェルメニッヒ、IFFと言ったメジャー会社の香料の製品としての硬質な隙の無さと比べ、香りの一つ一つが香油に近い有機的な柔軟さと湿度、良い意味での揺らぎを持っている事が分かる。

加えて、その後定期的に付けてみて思うのは、噂通りこの香水は日によって本当に香り方が違う。ただ、この香り自体が持つ揺らぎと柔らかさがGOLDの壮大な展開を可能にしている大きな一因とも感じる。

 

そのため、以下の所感は従来以上に香りの変化の一例だと思ってほしい。

 

トップはトップらしいマンダリンやベルガモットの爽やかかつ内に篭り気味の苦みの伴う香りがある程度全体に広がった状態で始まった。

速度としてはゆっくりとした拡散で、それは、すでにこの時点でトップの奥にそれ以降のジャスミンを始めとするミドルからベースノートまでの情報が1度に見渡せるように、均一な速度で提示されていることが理由だろう。

足を踏み入れると、一際湿り気のある花々の動物的な熟した香りを中心として、乳白色の陶器の手触りのような、密度の高い滑らかな質感の樹脂達がゆっくりと非常に大きな円を描いて全体の動きを作り出している。中でもミルラやスタイラックスのような樹脂特有の水気を含んだ甘みが一番外側を移動し縁を作り出していた。

次の瞬間、カストリウムの動物的な湿気が輪となり中心から外縁まで走り抜け、香りの間を縫うように染み入った。それが上層を覆う苦味のある彩度の低い緑色を帯びた柑橘の果汁の細かな粒と、時折渦から浮き上がりながら広がるベチバーの低調さとスパイスが作り出す表面のザラつきと微量な摩擦を起こすお陰で、その瞬間瞬間に視界に収まる限りの形状を把握できるようになっていた。

それは、この香水に使われた全ての香りが、熱されてまだ固まっていない液体の黄金の中に投入されゆっくりと銀河のような楕円型の渦を描いて混ざり合っているような印象だった。

しかし、香りは1方向に渦を形成しているわけではない。

トップの柑橘の香りの層はゆっくりと広がった後に外から内へ、尾を引きながらベースノートの流れの奥に潜水し、中心に向かって収縮して行く。そしてそれと入れ違いになる様に、かつて樹脂の甘さと共に中心に凝縮されていたミドルのジャスミンの、ややアニマリックさも感じられる甘い香りが広がり始めた。

ベースのパチュリはその深みのある青味と湿り気を残したまま最初から広がりきっている印象で、カストリウムと共に全ての香りに均一な重力をもたらす役割が与えられている。

それに加えてカストリウムの往来する速度と、先ほどよりも柔らかく粘度の低い滲み出る液体のように変化した樹脂の質感の影響か、往年の古典名香の様な動物的な熟した花の香りが肌と香りの微細な溝にまで染み渡り下に落ちて行くような匂い立ちが増してゆく。それは先に言ったようにトップと対照的に内から外へと拡張して行くが、トップの粒子が収縮する香りの引いた尾と交差する時、柑橘の酸味、クローブやペッパーの鋭利さのある粒子。と言ったような香りのイメージが連鎖的に結び付くことで、ジャスミンの花の香りの基軸を取り巻きながら螺旋を描く爽やかな青い酸味のあるゼラニウムや、パチュリの水蒸気を含みながら薄い雲の様に広がる甘いシスタス、しっとりした樹脂の中に散見されるシナモンの温かな細かい木端のような乾いた粒子の香りを認識出来るようになった。

ジャスミンが外縁の果てまで到達すると、その縁取りをする様に沿いながらレジンの流れに一体化する。ジャスミンと共に広がり切ったシスタスのある種の閉塞感のある香りの粒が割れる様に下層に落ちて行き、今度はその中からバニラとトンカのベビーパウダーめいたパウダリーなきめ細かい粉の粒がまぶされるように広がり始めた。一方、今まで柔らかかったレジンは半固形のマットな黄金のような強度を持ち蓋の様に上方にせり出し始めるが、そのさらに奥を覗くと、ゼラニウムの清涼なハーブの香りとベルガモットの滑らかな苦味を連想させる微細な粒子が、ベチバーの粒子に包まれ互いに絡まりながら渦を描いているのが分かった。そしてその中心にはトップを連想させる様な、ジャスミンやマンダリンの瑞々しく清涼感を伴う酸味のある甘い香りが今度は樹脂ではなくバニラとトンカビーンの白いレースめいた薄膜に包まれて溜まり込み、再び広がる時を待っている。

 

こうして香水自体は緩やかなフェードで終わって行くが、全体を通してGOLDにはトップ・ミドル・ベースと変化こそあるものの垣根は厳密には存在しないのではないかという印象を受けた。トップにはトップのトップ~ラストがあり、ミドル・ベースに関しても同じだ。

それが先に述べたように、全て同じ階層に詰め込まれ、調香ピラミッドの分類におけるトップ~ラストが全て瞬間ごとに同時に変化を見せて行く。

だからこそ私たちの香りを聞くアングル次第で、例えばトップがその瞬間のラストに、ミドルがトップに、ラストがミドルになり得る構造になっている。

「香水を吹いて香りが消える」と言った大きな始まりと終わりの中で、香水における一連の始終が同じ演者によって何度も役を変えて終わりなく行われ続けているのだ。

 

GOLDの香りは公式サイトにおいて「さまざまな階調のゴールドがおりなす黄金分割のハーモニー」という言葉で説明されている。

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公式サイトよりGOLDのビジュアルイメージ。

 

その表現はまことその通りで、その香りを総括しようとした時には、かなりざっくり言えば「近代香水の美しさを集めて一つにした香り」のような、数々の名香を名香たらしめた香りの記号を抽象したような香りの印象を持った。

近代香水がこれまで築いて来た黄金律は、柔らかく揺らぎ運動し続ける透明な1つのある大きな方向性の中へと落とし込まれ、それらはその中で更に黄金分割によりパズルの様に組み換えられて新たな黄金律へと有機的に変化してゆく事になる。

日によってGOLDの香りが変わるのも、私たちは最初からその非常に大きな香りの螺旋の只中にいて、その香り全体で幾重にも繰り返され張り巡らされる黄金分割のある部分のある変化にスポットライトを当てて輝いた一分岐を辿っているにすぎないからなのだ。

 

「ラグジュアリーな香水の上質な香り」と括って終わらせても良い香りである事には変わりはない。フォーマルにもふさわしい、美しい実用性のある香りだ。

だが、その奥を覗けば果てしなく続く宇宙的迷路の渦が展開されていた。

香りの宇宙を纏うという事の何と贅沢でロマンに溢れる事。

 

 

 

その日は会場から離脱した後、所感を軽くメモしていたカフェで不意に壮大な舞台装置の様な何かを垣間見てしまったのではないかという気持ちに襲われて胸が高鳴った。

そうなってしまうとソファからその外へと動く気分には到底なれず、暫くGOLDについて考えながらココアを啜っていた。

 

 

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