polar night bird

香りの記録

84.春風《LE MAROC POUR ELLE/L'EAU(Tauer Perfum)》

新年度になり、外もぐっと春半ばの雰囲気になった。

先日、毛利庭園で人生で初めての花見を体験した。人々と一緒に桜を真下から見上げるのは何とも不思議な感覚だった。

桜は芳香のある種類ではなかったが、その日はふと春風が吹くと、新緑のやや柔らかさの残る爽やかな香りが花びらと一緒に降りてきて心地よかった事が印象的だった。

 

その日の直前に、タウアーパフュームのサンプルセットが届いた。

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新鋭の調香師の中にも調香師アンディー・タウアーをリスペクトする者は多い。
21世紀ニッチパフュームの旅をする上では避けて通れないブランドだ。ゲランの「ゲルリナーデ」ならぬ「タウアーデ」(と発音するのだろうか…)と評される独特の香り立ちだと聞いており、どこかで入手しておく必要を感じていた。

 

今回はタウアーの変遷を縦断してみたい思いがあったので、

NO 01 LE MAROC POUR ELLE(2005年)

NO 11 CARILLON POUR UN ANGE(2010年)

NO 14 NOONTIDE PETALS EDT(2013年)

AU COEUR DU DÉSERT(2016年)

L'EAU(2017年)

の5本を購入した。

どれも面白い香りだったが、花見の翌日に本腰を入れて試香してみたところ、その日は一番初めの銘であるLE MAROC POUR ELLEと最新作のL'EAUが心に留まった。

 

 

LE MAROC POUR ELLE

→まず調香を見てみると、モロッカンプチグレン、フレッシュラベンダー、レッドマンダリン、モロッカンローズアブソリュ、モロッカンジャスミンアブソリュ、モロッカンアトラスシダーウッド、サンダルウッド、パチュリ

と一見癖のないお馴染みの香りを想起させる。実際トップの出だしはプチグレンとラベンダーの爽やかな青さが広がるのだが、すぐにジャスミンの内に籠るようなアニマリックな甘みが並走し始める。それはシベットが入っているのかと思うような濃厚な白い花の生花に鼻を押し付けたときに感じるような良い意味でのえぐみのアクセントとなっており、その凝縮された丸みのある甘く瑞々しい熱量が一気に香りの奥行を作り出してゆく。

間もなく、緩やかにプチグレンやラベンダー、マンダリンなどのトップの爽やかさはジャスミンの膜の奥に入り込んでゆく。ここでローズの香りも感じる事は感じるのだが、私の肌ではあくまでジャスミンが最前面で、ローズもマンダリンと同じ位置でジャスミンの香りが揺らめく反射で認識が出来た。時間が経つにつれて、マンダリンを筆頭とした酸味の部分がタイトに絞られてくる。ベースのウッド系の乾燥した香りがミドルの重みを支えて深みに落とし込まずに中央に固定している印象を受けるが、その下にはかつてジャスミンが開いた奥行に、パチュリの土っぽく独特の渋みのある深い沼地が出来上がっている。一歩踏み外すと途端に胃もたれするような重い花の香りになってしまうだろう。ローズの香りもあくまでジャスミンの香りを支えるようなポジションに思えた。ローズのジャスミンと比べてやや薬的な気配のおかげで中心の甘さの部分に余計な輪郭が混ざり合わない様にも思える。

水面が揺らめくように香る深淵を見下ろしながら絶妙な位置で鼻を掠めるミドルの香りは楽しくも緊張感のあるメリハリを作り出していた。

ラストに近づくと、シダーウッドが強まってきた。それによって開いていた奥行が徐々に閉じてフラットになってゆく感覚を覚えた。ジャスミンはベースのサンダルウッドのミルキーさと混ざり合い、ふんわりと柔らかい吐息のような丸みで宙に浮いている。ローズの横線の酸味がその中心を射抜いているように香るおかげで香りは変な方向に広がる事は無い。全体的にバニラのような香り方をするが、その奥のウッド部分に注目するとトップのプチグレンやマンダリンが乾いた粒子の間で水滴の様にちらついて香っているのが分かった。その水分を染み込ませて香るところはやはりウッド由来だと感じる。

全体的に香りの表面は滑らかなのだが、クリスピーに弾けるような明るい香り方をするため、香りが深まったとしてもジューシーな透明感が失われなかった。楽しい香水。

 

 

 L'EAU

→タウアーのスイスの家のベランダで感じる朝の香りをモチーフにしている。

調香はライム、レモン、オレンジ、レモンブロッサム、イリス、ムスク、アンバーグリス、ウッディーノート、サンダルウッド

と軽さのある印象となっており、L'EAUという水系の名前でもあるが、実際は柑橘増し増しのアクアノート系の淡い香りではない。

トップはやはり爽やかに、ライムの苦味とその他の柑橘が広めに用意された空間に軽やかに広がって行くが、ここはやはりタウアーで、ミドルのレモンブロッサムとイリスがすでに奥の方で優しい花粉めいた気配を見せ始めている。イリスはレモンブロッサムよりも少し前から現れパウダリーな粒子の網でトップの柑橘群を包み込んでおり、名前から想像すれば些か重めのパウダリーな重力が中腹に落ち着き、揺るぎない体幹を作っているように感じる。そのおかげで柑橘類の香りはフレッシュなフルーツ的な役割は一瞬で、そのあとは縦に伸びる葉脈のような筋張ったシャープな酸味の線となって敷き詰められて行くイメージを受けた。イリスの存在感はラストまで続く。

レモンブロッサムの気配は花弁の奥の油分を彷彿とさせる滑らかな香り立ちと共に感じられ、その滑らかさから突出した、いい意味での表面の凹凸を鼻でなぞるようなノイズ感やその粒子のランダムに弾ける香り方がLE MAROC POUR ELLEを始めとした他のタウアー香水と通じていた。

レモンブロッサムが現れてから間も無くバニラのような甘さもごく仄かに、徐々に奥からやってくるが、この部分もパウダリーというよりは蝋のようなやや重い密度と距離感の控えめな甘さのため、現段階では花そのものかイリス由来のような気もした。この密度の影響か若干カモミールのような甘いハーブ的な表情が見える時があり、そのおかげでレモンフラワーはオレンジブロッサムよりもすっきりとプチグレン寄りの酸味とやや脂っぽい印象を受ける。

ミドルが深まった辺りで奥のほうから甘さの控えめなウッドの香りが染み出してきた。そのままウッドは香りの芯の部分に浸透してゆき、全面を飲み込んでゆく。意外にもミドルのラストへ向けてのバニラの予感からは少し距離が出来、イリスのシャープな表層と併せて涼しげなパウダリーの表情を見せる。それは確かにグリーンではないのだが、夏が近くなってきたあたりの夜の公園でよく感じる濃い緑の葉の香りを彷彿とさせた。

ラストまでレモンフラワーの香りが中心にあったが、やはり終盤になると一度は影を潜めたサンダルウッドの甘さが浮上し始め、ミドルの香りは私の肌ではもうほとんどバニラ調の香りに回収されてしまっていた。しかしこの部分もウェットなグルマンのバニラではなく、あくまで花のバニラを想起させる。バニラもレモンフラワーと同じ白い花の仲間なのだったと改めて感じた。

 朝のどこか遠くの草花の香りの混ざった空気の清浄さや爽やかさというより、朝、そんな清浄な空気のうちに目の前に広がる愛する植物の息吹に触れる多幸感をイメージできる。

 

 

 

 

所感でも何度か触れたが、タウアーの香水は香りの粒がそれぞれそれなりの強度と輝度を持って四散する。それはしばしばえぐみや臭み、苦みとしても認識できるのだが、そのおかげで、鼻を通り過ぎる直前にクリスピーに展開される香り立ちが他にないポップさと臨場感で心が踊った。

それは毛利庭園で感じた春風の、ふと周囲の香りと描きこみ方の違う強度のある緑の香りが舞い込んできた時の眼が覚める様な一瞬に似ているようにも思えた。

この一瞬の季節にタウアーパルファムを試せたのは幸運だった。

タウアーの香りを聞くたびに、春に感じた素晴らしい嗅覚の記憶がいくつも蘇るのだろうと思う。

 

この記事を書き終える今日は、前の日と打って変わって朝は肌寒かった。しかし、気温が不安定であっても、やはり風は紛れもない春の香りがする。

 

 

 

http://tauerperfumes.com/