polar night bird

香りの記録

117.アステカの覚醒、苦味の目覚め《カカオ・アズテック ペリスモンテカルロ》

苦い香りを嗅ぎたい時がある。

紫煙の苦みと、深煎りコーヒーの苦み。昔ながらの喫煙のできる喫茶店もまた、そのような苦みを求めて入店する。
近所に漸く見つけた喫茶店はオールドビーンズの重厚な苦味を持つ珈琲を提供していた。また、クリームブリュレも表面を強めに焦がしており、その深い甘みと苦みが心地よい。
格調高いクラシックが流れる薄暗い店内に並んだ金彩のカップが、古びた暖色のランプの灯りに照らされ輝いている。
今が何時で外はどんな天気なのかも遠い出来事のような空間である。
煙草の香りでコーティングされた、外界から隔絶された琥珀の中さながらであった。


この日はペリスモンテカルロのカカオ・アズテックを付けていた。
去年満を持して購入した一本である。
この香水は常々自分の肌と安定して相性が良いとは思っていたものの、
ペリスは資本が大きいからすぐに買わずともよいだろう。とたかを括っていた。が、残念ながら今の在庫限りで日本での販売は終了だそうであった。間に合って良かった。


所感は以下。

トップノート:ブラックペッパー、ピンクペッパー、カルダモン
ミドルノート:ラムアブソリュート、オーキッド、ピトスポラム、チュベローズアブソリュート
ベースノート:サンダルウッド、カカオアブソリュート、ムスク

https://perrismontecarlo.com/products/cacao-azteque


開示されている調香は一見グルマン調の様に見えて、私の肌では甘みは終始ほとんど感じられなかった。

吹いた直後、まず透明なベースノートの香りが面としてせり上がってくる。モダンなウッド系の香りであり、その固形物のような堅さが全体に満ちるが、その堅さ故か広がりきることはない。
トップのペッパー類はこのベースノートの透明な塊の中に点在しているのだが、それらとは違う質感の、一回り大聞く感じる暗がりのようなスパイスの香りが半歩遅れて全体の中心に現れた。
それは先端がシャープな焙煎された様な香ばしさで、中心に強く引きつけられるような鮮烈で重みのある渋さを持った暗褐色の塊であるようだった。これがおそらくスパイスとしてのカカオであろうか。
その苦味の鋭利な先端には、きめ細かいパウダリーな香りが胞子のように付着している。そこに注目すると、そこからラムのまったりとしたニュアンスが染み出ている。
ただ、そこにはトップのクールなスパイスによって酒特有の全体を緩ませる濃厚さや芳醇さはなく、鼻腔の壁を奥に押されるような圧力として感じられた。

それらが鼻の前にせり出しきると、その空間の中にゆっくりと苦味のある煙のようなもや付いた香りが奥から現れ充満し始めた。
カカオの炎のような香ばしさに合流したサンダルウッドの香りであろうか。ただ、上記の調香ピラミッドには記載はないが、自分はそこにコーパルなどの樹脂を焚いたときの清涼感のある香りと静謐で澄んだ煙を感じた。
煙の香りの構成要素であるスパイスのちりつきと、ミドル部分の花々の持つ青っぽい苦味のせいだろうか。
一瞬、煙の中でチュベローズやオーキッドの大ぶりの花の花弁の波打った襞を彷彿とさせる花のぬっとした滑らかな質感が煙と共に立ち上がる。それらは従来はそのまま展開しているところであるが、そのままそのテクスチャーのみ残して煙に浚われて遠のいていった。かつて花の香りがあった場所が、残像のように周囲よりやや白んで感じられる。
煙をまとった華やかな緑とその中にうっすらと感じる土の香りが花粉の様な軽さで広がって行く。
それらがカカオを縁取るラムの香りに触れると、その湿気を飲み込んで花のとろみのある動物的な苦味のある香りに変化した。柔らかく、しかし直線的な軌道で根を張るように透明で硬質な空間の縁まで広がってゆく。

スパイスのシャープな辛味に乗って飛行する苦味、ラムの滲み出る苦味、花々の青い苦味、カカオの重量感のある苦味、それぞれの香りの持つ様々な苦味が煙によって抽出され、混ざり合って広がって行く。
その清浄な煙の中で、上記のように苦味と苦味が摩擦したとき、一層輝度の高い筋として見いだすことができる。それらの幾つにも枝分かれした筋にはスパイスの粒子由来の鋭利で鉱物的な規則正しく直線に伸びた光沢がある。
その様は、水晶の中に含まれた鉱物の筋をのぞき込んでいる様な感覚さながらなである。

同じスパイス系統で鉱物感を覚えたプードゥルインペリアルと比べて、こちらは例えればさらに鋭く清澄なルチルクオーツのようであると感じた。

クォーツめいた透明なドームはラストに近付くにつれ、やんわりと硬度を落としながら、上方から香りを中の煙に溶かして行く。それらが溶け込み切ると、ウッドとムスクの透明で小粒なきらめきを宿した粒子が肌に薄く広がっていた。その中には終始見られなかった花の記号を充分に含んだ花粉の甘味もベースの香りの下にごく細かい点として散見された。

それら白い粉雪や灰を彷彿とさせるきめ細かい粒の上にこれ以上香りが盛られる事はなく、初めて空間の開かれた様な解放感に清々しさを覚えた。

ところで、「カカオ・アズテック」はアステカの「ショコアトル」がモチーフとなっている。
ショコアトルは「苦い水」という意味を持つ。
当時は強力なエナジー飲料として重宝されたそうだが、カカオの種子を潰したペーストに唐辛子で味を付けて煮込んでいたそうである。それは苦味と辛みが強く、今のカカオの甘いイメージとはほど遠い代物であったらしい。
エナジー飲料たる要因は苦味だけでなかったであろうが、古代アステカの戦士たちはそれを飲んで「覚醒」していた。

香水の「カカオ・アズテック」もまた、多くの異なった質感の苦味が繰り返し前面に押し出される。

プードゥルインペリアルが身体を作り替える錬金術であるならば、こちらは苦味によって自身の身体のまま覚醒を促されるのである。

苦味の体験は目覚めの体験でもあった。
苦味は全身を微弱な電波の様に駆け抜ける。充満して行く苦い煙によって細胞が目を覚まし、その目覚めはすぐさま脳に到達する。苦味を認識する事によって血管がタイトに引き伸ばされ、己の筋肉の収縮を自覚し、血液と共に放蕩とした意識も流されて行く。

覚醒とは意識の高揚ではなく、身体感覚の明確化であるとも言える。
強い刺激を伴う摂取は、摂取者に身体の輪郭や緊張状態を自覚させ、注意を現在の身体へ集中させる。

そして同時に、その樹脂の煙と水晶の装甲めいた硬質な香りは己と外界の境界となる。
石もまた、しばしば「浄化」「お守り」といった、着用者と外的要因の間で緩衝する役割を担ってきた。
自他が混ざり合う快感もしかりだが、香りもまた隔てる役割がある。

コーパルに代表される樹脂は、古代メソアメリカにおいて、空間を区切り、儀礼領域を明確化するために用いられてきた。
煙は視覚的・身体的に境界を形成し、俗と聖、内と外を分離する。

カカオアズテックの静謐な煙の苦味は、身体を水晶の装甲へと覚醒させ、外界と切り離し、自身の中の渦巻く思考や感情からも引き離す。

己の身体を知り覚醒することで得られるのは耽溺無き快感である。

カカオアズテックは襟を正すような場で付けたい。

自分の足で立っていることを絶えず自覚せねばならない時、苦味は最高の相棒となるのである。

しばらくの間、喫茶店の店内にはほとんど客がいなかった。
気が付けば今のBGMはワーグナーで、殆ど寝入りそうな静かなパートに入っていたが、どうしても曲名が思い出せなかった。
もう一度、己の腕に付いたカカオアズテックを吸い込むと、喫茶店に包まれたまま時間が溶けていった。

Cacao Aztèqueperrismontecarlo.com

116.美味しい香りー香跡万里 アジア香水雑感ー(YODBEER-Siam1928)

世界の香水地図の中心が長く欧米に偏ってきたなか、アジアの調香の独自の輪郭を探っていきたいと思い始めた。

最近「香跡万里」に参加している。
タイ・中国・韓国・マレーシア・インドネシア…等々の新鋭・代表的なパフューマリーの香水を横断できる稀有なイベントである。(末尾にリンク有)

アジア諸国の香水は常々興味があったが、欧米のそれと比べて売り手も買い手も海外への流通手段が見えていないところがあり、それが個人輸入の敷居を高くしていた。
また、個人的に興味のあったMalay Perfumeryが出展されたのも参加のきっかけであった。(マレーシア香水を調べると、ロゴが一番中東寄りのデザインで目立っている)

アジア香水文化は良くも悪くもまだ若い。
まだ玉石の判断を付ける段階ではないが、それ故に純粋に興味をそそられる表情も多い。
今回はそこから得た香水の所感や、アジア香水の特にグルマンについて色々と考えたことをまとめたい。
※まとめていた折、奇しくもタヌさんも台湾におけるローカルグルマンについての記事を公開しており非常に勉強になった。

YODBEER(Siam1928)

さて、イベントでは一通り聞かせて頂いたが、タイの香水の現在を覗く際はSIAM1928が敵当であった。
Siam1928は元々タイの宗教儀式に使用する香類を製造する家系がルーツのパフューマリーだそうだ。コラボレーションも積極的に行っている。
香りは近代香水に忠実な安定感のある作りのポップなニッチ香水だからか、そこに垣間見えるアジア文法とおぼしき香りの使い方に鼻を掴まれる。
 
今回はその中の『YODBEERの所感をまとめてみたい。
なお、こちらについては公式サイトから購入した。
自分はタイの流通を体験するためだったが、香跡万里での購入をおすすめする。
ちょうど有楽町の阪急メンズで香跡万里 ポップアップイベントをしているらしいので関東近辺の方は行ってみてはいかがだろうか。
所感は以下。

YODBEER

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Top Notes: Coriander seed, Orange peel, Hop
Middle Notes: Honey, Malt, Sun-dried Bananas
Base Notes: Benzoin, Caramel, Chocolate

タイのブルワリー「YODBEER」とのコラボレーションによって誕生した香水。「YODBEER」では実際に「Bearnana Wit」という干しバナナとキャラメル風味のビールが発売されている模様。

吹き付けた途端、カラメルの茶褐色の香ばしい苦みが広がる。その凝縮した砂糖の甘さの中に含まれる、チョコレートとウィスキーのような重いアルコール感のあるとろっとした茶褐色により全体はクリスピーな質感ではなくまろやかに緩まっている印象を受けた。
それらは液体が煮詰まった時の粘り気のある様な印象も受けるが、続いてその奥に丸っとした薄黄色のくぐもった甘みが頭を覗かせる様になる。
この時点で、先ほどのカラメルの香りもミドル部分の天日干しバナナの香りの一部分であると分かるのだが、まだそのフォルムまでははっきりとつかめず、液体の天日干しバナナの素を覗いている気分であった。

徐々にその香りの中心、カラメルの苦味の一番強い先端から、抜けるような爽やかな苦みを帯びた青さが加わってくる。
この青みと酸味はオレンジピールとホップだろうか。
これらは光を集めるような透明さと気泡めいた軽さを持ち、鋭角的で細かい苦みはモルトの香ばしくふっくらとした淡い粉感を内包し始める。
それらが茶褐色の甘みをコーティングしてゆき、その広がる緩さを弾力を持った固まりへとまとめてゆく。
天日干しバナナはホップによって、中心に柔らかな弾力を持つ、完熟手前のバナナの香りまで時間が逆行するのである。
柔らかでねっとりとした水分を持つ果肉、その中心の、花粉の様な質感を残した筋張った弾力を持った繊維のある、仄かに青い渋みのある酸味。
ここまで詳細に「まだ熟し切っていない部分のあるバナナ」を具体的・立体的に描写する香水は珍しい。
リアルなバナナを至近距離で眺めている気分であるが、その目の前が全て高解像度のバナナ果肉でいっぱいになる様は、至近距離を通り越してバナナに顔をめり込ませたような感覚であった。

バナナの果肉の中では、そのとろみの中でホップが乾いた上昇感と中心が開いたような爽やかな空気感をもって、ビールの気泡のように縦の列をなしてしきりに湧き出ていた。
そのホップに注意を向けると、その縁では柑橘の様でいて仄かに軽い金属に似た軋みが生まれている。
バナナの果肉が己の実を発酵させ、天然の醸造をしている様でもあった。

そうしていると、みるみるバナナを見下ろすようなアングルに変化した。
気泡に乗って一気に上昇した気分である。視界は尚バナナでいっぱいであるのだが、バナナとの距離はそれが抽象的に香るまでに離れ、バナナのもや付いた甘さとアルコール的なもや付きが合わさって表面がうっすらと白みがかっているようにも感じる。その中ではモルトの香りの粒が大きく膨れ、その周囲をホップの薄黄緑色の苦味が等速で周回している。
質感としては最初の液体に戻った様でもあるが、それはバナナの溶け切ったビールの香りに近かった。
醸造が終わり、酒が完成したのかもしれない。

このように、グルマンで時間を経るごとに情報がライトになって行く香りも珍しいのではないか。バナナに沈んで終わるのではなく、一度沈んだ後に香りの弾力にはじかれる感覚がおもしろかった。

また、序盤からバナナが中心になる香水であるので、どうしても分かりやすいそれに注目して終わりがちな香水である。
が、バナナと同程度にホップが良い動きをしているのである。吹きかけた瞬間にバナナにフォーカスするか、ホップにフォーカスするかで違った香りの推移を味わえる。

Lovers HUG(メモ)

さて、解像度の高いグルマン香としては、QUIHAOのLovers HUGも印象深かった。
出だしから大体の香水では助演に回るクミンが主役である。
クミンが入ると「人の体臭のような……」のような香りとして鳴ることがしばしばだが、こちらはそれらのクミンの記号を越え、その焙煎された種の香ばしさの輪が見えてくる。
そのスパイスが過ぎた後にはウードやサンダルウッドがなどの重さが加わってくるが、クミンの潮っぽさがそれら他の香りにしみこんで行き、各々の香りが内包する酸味のはじける運動へと変化してゆく。その甘酸っぱく凝縮された香りはやがて青リンゴのような香りへと行き着いた。
トップのクミンと真っ向から向き合うことのできる贅沢な時間は新鮮な体験であった。クミンが染み込み酸味が活発になって行く様はどことなく発酵的でもある。

素朴な疑問ーパンダンとケウダについてー


もう一つグルマン香で気になる香りがあった。
東南アジア諸国ではスイーツや食品にパンダンリーフという葉を香付け・色付けに使用することがあるのだが、そのパンダンケーキの香りの香水が、国をまたいで複数種類見られた。
パンダン(Pandanus amaryllifolius)の香りはややバニラに似ている甘さではあるが、蒸した米や麦のほこほこした粉っぽい穀物感と仄かな粘り、底にやや滑りのある緑のこく味とセットで感じられる。


ちなみにSiam1928ではVOYAGERというラインからFLUFFY CAKEという香水が発表されている。

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こちらがリアルにタイのパンダン風味のケーキであった。
タイの伝統的なお菓子「カノムトゥアイフー」からインスパイアを受けているらしい。
空気を多く含んだ素朴な味わいの柔らかいスポンジケーキの上にパンダンの香りが柔らかく乗っている。スポンジ生地の控えめな甘さの隙間をパンダンのほのかに香ばしい香りが通り抜けてゆく。
ただ、自分の肌ではそのケーキの上からそれを持つ背広の紳士が現れ、その毎日素肌に清潔なムスキーな香水を欠かさず身につけてグルーミングの行き届いた小綺麗な身体から漂う清潔な香りがケーキを包み込んで隠してしまう。
そして自分はお預けされた子供の様に紳士の背広の奥から香るケーキの香りを必死に追うしかないのである。
その後はゆっくりと紳士の背中から回り込む様に再びパンダンケーキが姿を現すが、それはすっかり紳士と一体化しており蝋細工のような硬質さを持っている。
と、そういったおそらく大変イレギュラーな、何ともシュールな香り方(個人的には非常に好ましい)になるため、これ以上の所感は控えたい。
お菓子であるのだが、意外と肌馴染みが良いのは奥に常にサンダルウッドの粉っぽさがあるからだろうか。


さて、ここから余談だが、アジアの新興パフューマリーがパンダンリーフの香りを採用する一方で、同じパンダヌス科の花で香り付けに使われるケウダ(Pandanus odorifer)の香りは香跡万里で出展されたタイ・マレーシア・インドネシアの香水では見当たらないのは何故なのだろうかと疑問が湧いた。

ケウダは東南アジアに広く分布している。その花の香りはビリヤニやデザートの香り付けに使われる他に香油や化粧品、宗教儀式・祭祀にも使われており、タイ・マレーシア・インドネシアにおいても伝統医療・民間療法や儀式で使用されている。
しかしながら、タイやマレーシアでは、料理の香りづけに使われるのは主にパンダンで、ケウダは限定的である。
ケウダがそれらの国で料理の香りに向かないという評価をされる傾向がある他、葉をそのまま料理に使うパンダンに比べ、ケウダは主にインドにて花の蒸留を要する。二者の距離の差は習慣の差とも言える。
「祈り」か「食」か。
肌に吹き付ける香水にパンダンの方が圧倒的に採用されているのは興味深い現象である。

アジアのグルマン香水は嗅覚と味覚が密接に結びつく。
口内香的とも言える。
食材や調理のプロセスをそのまま嗅覚に転写したような構成が多く、嗅覚体験と共に味の記憶喚起させる。
その土地と積み重ねた人々の記憶を覗く時間でもあるのかもしれない。

https://siam1928.com/

115.天上の香りを覗く〈Puredistance DIVANCHÉ 〉

また都心を離れ、静かな場所に移った。縁もゆかりもない土地である。

家の前には海外の絵本に描かれるような小さなフレンチレストランがあり、そこの庭から何とは分からないハーブの香りが時折漂っている。
途方もない最果てではないが、生活の中にどこか夢のようでもある穏やかさがある。

ただ、このような適度に都会で適度にローカルな住宅街ではその庭以外で芳香と出会う機会は殆ど無く、寂しい思いをしていた。


さて、その折にピュアディスタンスから新作が発表された。

東京で抽出された和クチナシの香りから出来上がった香水であるらしい。

個人的に、この季節に慣れ親しんだクチナシの香りが恋しく思っていた矢先であった。早速毎日使ってクチナシに思いを馳せることにした。

 

所感は以下。


Puredistance DIVANCHÉ 

T:熟したアップル、パイナップル、洋なし
H:ガーデニア、インド産チャンパカアブソリュート、インド産三バックジャスミンアブソリュート、ヘディオンHC、ヘリオトロープ、クリーミィノート
B:シャムベンゾインレジノイド、インテンスウッド、アンブロキサン、アンブレット、ムスコン(ホワイトムスク

といった構成となっている。

 

プッシュした直後から、ディヴァンシェの色は終始「白」に統一されて展開する。

 

トップはフルーツが配置されており、その香りが空気を含みながら四散する。
その鋭角気味の彩度の高い甘みとその外縁に沿って現れる、細かく揺れながら流れに逆らう様に凝縮する酸味の部分は、うっすらと奥に気配を感じる花々の生っぽい青みも相まって小ぶりな白い花々の群れの開花を思わせた。

この段階では若い香りとも感じられるかもしれない。

それらの外側に、一歩遅れて酵素めいたまったりとした不透明な部分が日暈の様に現れる。それがある種ケミカルな通気性の無い薄い膜の様に鼻腔に貼り付き、その中を、白い花々の不透明なもやついた白い煙のようなパウダリーな閉塞間のある香りが小さな花の上へと降りて行った。
その白い煙は徐々に泡立ちほぐれるようにパウダリーさが強まってゆき、点在する甘酸っぱい原色めいた鋭利さを柔らかく奥に押し込んでゆく。

やがて中央部の甘みにも泡が到達し、全体が白濁としたミルキーな彩度に落ち着いた。クリーミーな質感自体にはあまり甘さは感じない。その泡はホイップされたように泡を細分化させながら、大きな丘陵をいくつも作る形で果実を飲み込んでゆく。所々、果実の気配を残す拡散する香りを内側に締める様な動きをする粒子が、香りに淡く滲むような陰影をつけている。

 

ミルキーな白に飲まれた酸味が落ち着いてくると、波の様に広がっていた全体の輪郭が鮮明になってくる。果実のはっきりとした甘さは白い泡と溶け合い、柔らかなコーティングのように全体の表面に張り付いていた。

この頃の主軸となるガーデニア、チャンパカ、ジャスミンらの白い花の香りにはアニマリックな臭みは無く、終始明度が高い。ただ、原色のようなビビッドな鮮やかさではなく、白いガーゼ越しに太陽光を浴びているような白さである。

トップで全体に広がった丘陵のような凹凸は、それら白い花の香りのある種のガスっぽさによって肉厚で縁の丸まった花弁として立体化して見えた。その一枚一枚は甘みにコーティングされた仄かな酸味とガスが交互にヒダ状に重なり合って作られており、表面の泡立ちは落ち着き、滑らかさが増している。

この花弁のヒダに更に注目すると、白いクリーミィなコーティングの下で、トップの果実の水気を残した小さな粒が栄養分のように湿潤感を作り出している。

それらが常にじりじりと動き続けている様である。動きによって出来たヒダのたわみからガスが抜けて縁が波立ち、ある部分では膨らんだ小さな空隙の中で明るい小花の香りがガスに乗って吹雪いている。

従来のクチナシやガーデニアの香りは、香りの中にあっても一輪のガーデニアとして何者か明確になる全景まで引いて香る印象が強い。一方、こちらのディヴァンシェにおいては、クチナシの花の様々な固体の様々な表情を同時に眺めているようであった。
どの表情も一様に白く肉厚であるが、ある部分は花弁にひしゃげがあり、またある部分は雨上がりの粒を含んで仄かに湿っている。咲き切った花弁の先が垂れているものもあれば、今にも咲きそうにすぼまったふくよかな花弁もある。

 

嗅覚の移動に熱中していると、ふいに奥から表面にかけての香りの動きが大きく変化した。

花弁は一様に開き切り、パイナップルのような仄かにチリつく酸味を内包した明るく黄色い甘みが中心に現れた。それを中心にして花弁の蠢きは放出される風のような動きに乗って外側に伸びてゆく。

花弁の泡立つ様な柔和なミルキーさは線状に引き締まり始め、その伸びた先端から質感の違う一段と硬度の高いベースの白色が混ざり始めている様であった。

シャープで透明なアンブロキサン・アンブレット・ムスコンの人工的な清潔感が布を彷彿とさせる。そこにウッディな乾燥感が加わり、天日干しした布のような暖かさを加えている。

このガーゼの様な布めいた香りはラストに行くに従って存在感を増してゆく。
そのような目の粗い柔らかく清潔な布の質感を手にした白い花弁は、その放射状のスピードを徐々に落としてゆき、再び全体を覆うように肌の上に降りてきた。

その中にはトップの小さな白い花のような明るい香りの粒が散り散りに収まっている。それらは蕾のように動かないが、包まれる花弁の布の繊維と徐々に一体化している様であった。それが進むたびに全体は霞んで行くものの、蕾の中ではトップに立ち戻るかの様にフルーツのちらつきが時折小さな光を発し始めていた。

 

クチナシの開花時期と出会う時刻のせいか、個人的にクチナシ=ほの暗く湿っている
といったような日本的な「情」めいた重めの印象を持ちがちであった。

ディヴァンシェに関してはそれとは対照的で、天から舞い降りた一番陽光に近いクチナシは常に表面を明るく照されながら内側に雨の露をたっぷりと含んで多幸感に溢れているのである。

そのクチナシの様々なアングルに回り込んで表情を至近距離で覗き込む。
1つのアングルから見れば白が一面に敷かれたミニマルなクチナシであるのだが、その抑揚や揺らぎ、フレームを限定しない構成から見ればディヴァンシェはとても映像的な芳しさがあると感じた。

それはクチナシを通して絶え間なく変容する「白」を堪能する時間とも言える。何と贅沢な時間だろうか。

 

 

この記事を書き終えた日の夜、街灯も少ない宵闇の帰路をとぼとぼ歩いていると、不意に分厚く白い層の中に濃厚な花の甘さを閉じ込めた様な知っている香りが降ってきた。

もしやと思い見上げると、丁度頭上に位置する背の高い植木いっぱいに咲いたクチナシ達が私を覗き込んでいた。

 

地上に咲く花々はみな、天上の使いなのかもしれない。

私もいつかそこへ行けるだろうか。

 

 

 

 

6/27(金)〜6/29(日)まで代官山でピュアディスタンスのポップアップストアが開催されるらしい。高解像度香水が揃っているため、実際に訪れて香りを聞いてみてほしい。

puredistancejapan.shop

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114.マントの下の錬金術〈Sous Le Manteau poudre impériale n°1 +6種〉

師走である。

今年は出来事が多すぎて目まぐるしく過ぎてしまい、あまり記憶も定かでは無いが、その中でも強烈に記憶に残るハイライト香水について話したい。

 

はやくも半年が経過していて恐ろしい話だが、今年6月の中旬、私の愛好するSous Le Manteau(以下SLM)のオーナー、オリビアさんの話を直接聞ける機会があった。

今こうして日本で香りを全種類試せた上にファン向けの落ち着いたイベントも開催して頂けるとは誠に生きていれば良いこともあるものだと感慨深かった。


SLMのブランド名は「マントの下の」という意味で、媚薬のレシピを基に現代のアレンジをもって作られた香水である。

媚薬というと色物かと思ってしまう人もいるだろうが、こちらの元のレシピは修道院にて長年極秘裏に継承されてきたレシピである。

香りと媚薬はいつの時代も結び付けられてきたが、その原点を感じられるシリーズとなっていた。

 


今回はせっかくなので、イベント内のブラインドで全種類聞いた際の香りのイメージメモをそのまま記してみたい。細かく嚙み砕く時間のない中でどのように表現できるか試みるのはとても楽しかった。

 


①fontaine royale

シャープな柑橘の様な香りの流れの奥に、なにやらメイプルシロップの様な茶褐色の、ほのかに苦みのある甘い香りの筋が渦を描いている様が透けて見えた。

そこに目を凝らそうとするも、ウッディな酸味のある勢いのある直線的な香りが水しぶきの様に細かく目の前に広がり、すぐそれを隠してしまった。

おそらく先を見るにはそれに向かってダイブするしかない。滝の様な香りの流れの中に、時折清潔な粉めいた香りが見える。その先に進むと、それはどんどん水分を含んでアクアティックな透明感を持ち始め、何者か知る前に液体の様に表面が流れてその輪郭をぼやかせてしまった。

 


②essence du serail

こちらは一度記事にしている。ブラインドでもこちらの所感に引っ張られてしまったので参照していただきたい。

godcodpod.hatenadiary.jp

 


③cuir d' orient n°3

最初は少し酒気を帯びた男性を遠くから眺める様な香りであった。

おそらく、コロンの様なビターなハーブと柑橘の匂いがそう思わせている。僅かに感じるその高い体温を頼りに近づくと、人間だと思っていた香りは石造りの薄暗い部屋に置かれた甘い古酒の樽であった。中でかなり熟成されており、樽越しにも樽の木の香りにしみ込んだシェリーの様な濃厚なとろみを感じた。

また目を離したら、今度はその甘いとろみのある液体が内側から膨らんでいる様であった。樽の様な香りはそのまま軽くなって行き、内側が甘い茶褐色の匂いに連結した、内から外へ柔らかく膨張するふわふわした白く無垢な愛すべき生き物のような被毛となっている。何の動物かは分からない。その奥はあの古酒のとろみの名残がわずかに熱を持っている。その温かみは動物というより人間の温かみであった。

「砂漠の恋人」というサブタイトルさながら、砂嵐の中の蜃気楼が「私の愛する生き物」としてメタモルフォーゼし続けている、あるいはそれの記憶の走馬灯を見せられている様な気持ちにさせられた。酒のようなとろみのある甘味と重なるように終始細かな粉っぽさが視界を淡くぼやけさせており、それがまた蜃気楼や幻影の中にいるような魔術的な気分にさせられた。

 

 


④vapeurs diablotines

黒い平たい紐が中央を縦に遮る様に漂っている。それの表面は凹凸のない艶のある不透明な手触りで、
視界の外に続くほど長い。それは最初はゴムの様な完全に空気を遮断するような密閉感ばかりに気を取られていたが、それがコーティングしている中身に関してはなめした動物の皮のまろやかさと清涼感が内側に凝縮する様に同居している。それをさらに注視するとその香りの表面の湿り気からか舌を這わせた様な感覚を覚え、やや舌に塩っぽさが残った。黒い皮ひもは、しなやかにただ海の中を泳ぐウミヘビの様でもあった。
それを取り巻いているのは白い背景と鮮やかな炭酸の泡のように細かく弾ける爽やかさに縁どられた赤い香りの球である。ウミヘビが動くたびに、その縁の香りが爽やかなハーブの苦みが波立ちとして感じられた。

その浮遊感と黒いゴムめいたレザーののコントラストがとても強く印象に残った。

 

⑥odisiaque n◦6

しぶきの様な爽やかなアイスブルーの広がりの中に、それとは違う時間軸で揺蕩う塩気のある塊の気配がある。それはこげ茶色でそれなりに大きいが、こちらからは遠くにあるようで、その詳しいテクスチャは読み取れない。

清涼感のある乳白色の風が、横からそれを削る様に吹いてゆく。塩辛い塊はその風に乗って少しずつその身を流してゆく。

気が付くと大海にいた。アイスブルーに思えた色合いは緑を含んだ深い青に変わっていた。今まで見ていた塊はもうない。海は荒れてはいないが波がそれなりに高く、波に合わせて深く上下しながら浮いていても時折海水を頭までかぶってしまう。そこでの揺れ方が、先ほど目にした茶色い塊と同じような調子だと感じる。自分もその塊もすべて大きな揺れる大海になっている様であった。先ほど見ていたあの塊はアンバーグリスだったのかもしれない。という妄想が進んだ。

 

 

さて、先ほど⑤をとばしたが、実は⑤のpoudre impériale n°1はここ最近毎日の様に使っている香水であった。香りが好きなのももちろんだが個人的に肌にしっくりくるのである。大体の香水がサンダルウッドとバニラのような香りになる自分にとって貴重な香水である。

こちらは別途下記に所感を残したい。

poudre impériale n°1

トップ:ベルガモットオイル、エレミオイル、カルダモンオイル、ブラックペッパーオイル、ピンクペッパーオイル、シナモンオイル、ジンジャーオイル

ミドル:スズラン、ジャスミン、インセンスオイル、ヘリオトロープ

ベース:ベンゾイン、トンカビーンABS、シダーウッドオイル、ムスク、バニラ

となっている。

文字だけ見ると甘いグルマンの表情が出てきてもおかしくない。しかし、私の肌だとおそらくベース部分が皆ドライに香るため、ほとんど甘さは気にならなかった。

吹きかけた直後はシナモンの温かな丸く空気を含んだ香りがジンジャーの淡い黄色に色付いた細やかな気泡に包まれて放出される。

頭一つ突出して感じられるカルダモンのクリスピーな歯応えの伴う角の丸い甘い香りは先端に行く程爽やかで、ヘリオトロープやバニラ、トンカビーンの低調な粉っぽく遠くに感じられるほのかに甘い香りと相まって、エレミやベルガモットの酸味を乳白色の肌触りが柔和な縁取りとしてまとめている。

シナモンやカルダモンは従来グルマンテイストなイメージを受けがちだが、ここではあくまでスパイスの小さな明るい粒の集合体として感じられた。

一方でシダーウッドとインセンスの香りは香りの流れの下の方で苦みのあるやや灰色がかった陰影の透明感のある水筋を形成している。
その灰色の影を追っていると、何やら管と思われる香りの筋が全体に広がっている事に気が付いた。先ほどはただ縁取りとして認識できたバニラ、ベンゾイン、トンカビーンから従来の甘さを引いた際に残った、ぬっとした乳白色の質感がその管の内壁を形成している。

ミドルに位置する花々の香りは私の肌ではそれそのものでは認識できなかった。ただ、この壁面に透明な潤いの表皮ができており、その瑞々しさと柔らかさからわずかに花の甘酸っぱい露の香りを感じられた。

 

そうしていると、管の中を冒頭に配置されていたクールなスパイスの香りの粒が無数に流れ始めた。
それらは止めどなく均一な速度で流れており、香りの角が管の壁面を掠めるとそのキンとした鋭角的な香りが花々の透明で湿潤な膜に反射して、香りが一瞬火花の様な彩度で弾け飛ぶ。

その反射は香りの全体のいたるところで発生しており、その明滅が細かな振動となって絶えず鼻に伝わって来た。

鋭角的な流動と反して、管の張られた全体の縁は丸みを失わない。カルダモンやバニラの密度の詰まった甘い粉感が、終始外側の柔らかさを保ち続けている。それは流れに従って拡張し、徐々に外側に先端を伸ばしている様であった。

その流れを観察していると、 徐々に香りの管にスパイスの金属の質感がしみ込んでいるようであった。管の内壁は、その度に乳白色から血液の様なこっくりとした赤と鉄分を思わせる不透明で密度の高い質感へと変化していった。それでもなお香りの柔らかさは失われておらず、程よい弾力を得ている様である。

アートワークも好み

ところで、先述した様な全体にまばゆい煌めきを感じる香水としては個人的にはウビガンのシャンティリーを思い出す。(後程記事にしたい)

それは鏡の様に隙がなくカットされたアールデコのSFめいたクリスタルである一方、こちらのスパイスの香りに感じるのは、ごつごつとした不規則な凹凸の作り出す、乱反射する鉱物の原石の放つ鈍い光沢である。

そうして全体に行き渡ったスパイスの細かな振動から、全体が細かな無数のきらめきで満たされている事が分かった。それは自分の身体が振動で満たされている様でもあった。

 

ラストになるに従い、管の立体感は遠のいて皮膚の奥に隠されてゆく。

ただ金属のきらめきは未だ全身に点在しており、その各々のいる場所で鈍く輝いている。

全体が緩やかに動きを止め、無数のスパイスの一瞬のきらめきの連続を受け入れ、その香りが一番鋭角的になった際は先端がわずかに沈む。
ラストの静けさと、静かな中に常に振動する香りが生み出す充足感は、タイトルに寄せれば金属で作り直された上位の新たな身体―皇帝の身体を手に入れたような気分でもある。

ふと気が付くと、冒頭では幽霊の様に透明な器であった花と代わってカーネーションの様な目の粗いちり付く辛みを含んだ赤い花の香りが中心に現れた。特定の花の名前を想起させる訳ではないのだが、確かに中心に赤い花の香りが一輪残っているのである。

その表面にはごく細かに、先ほどの張り巡らせた管の煌めきを放つ香りが脈の様に仄かに刻まれており、それが花に紅を差している。花の香の底には、明滅とは対照的な内側に凝縮した茶褐色の暗い甘味のある粒が細胞の核の様に点在している。その細かいドットが脈や花の印影を薄く作り出しており、自分の呼吸に合わせて上下している。

 

その時ふと、今まで香りと自分の身体の境界が曖昧になっていたのだと気付いた。

香りを追う最中、確かに私は目の前の花であったのである。


所感は以上である。

 


SLMの香りに総じて感じたのは、例えば固形(鉱物)感と液体感が融合して別の質感の香りへとメタモルフォーゼする関係性の変容であった。そして香るものとそれを嗅ぐ己の境界もまた溶けて変容して行きながら香りの奥へと物語が進む。香りのミクロへとダイブし、己の身体をそこへ一体化させる様な臨場感のある体験が印象的であった。
そして、これはあくまで私的な印象だが、私の感覚では「甘い茶色い塊」がどこかしらに感じられたのが不思議であった。香料に共通している特徴なのか分からないが、この核が中心となって私の鼻は物質の変容を目の当たりにして行った。

SLMからは「媚薬」が纏う官能性よりも錬金術的な香りを感じられた。

異なる存在同士の結合により完全な物質・身体を獲得することが錬金術の目的の一つであるならば、媚薬ひいては男女の結合もまた錬金術と言えるのかもしれない。

(なお、香りの錬金術的な側面はペルソンヌではまた別の面から感じられた。これも機会があれば所感を残したい)

 

世の中はクリスマスムードである。

今年の聖夜は重い外套を着込んで外に出ようと思う。

衣の下ははもちろん poudre impériale n°1である。

 

 

souslemanteauparis.com

記事内の画像は公式サイトから引用させていただきました。

113.チベットの薬草(圣香海螺藏香水)

登山を始めると、その極めて未熟な熟練度合に関わらず高山地帯の香りに興味が湧く様になった。

しかし、以前富士山に登った際は終始香りを楽しむ場合ではなく、その他の大体の山でも嗅覚に向ける余裕が無くなるのが正直な所だ。

神奈川県の大山でさえ息絶え絶えの現状である、高山植物の香りなどは雲の上の憧れの香りであった。

 

ところで、以前チベットの香水を買った。

チベットというと密教的な香りが多いのかと思ったが、Taobaoでは観光者向けの様なカジュアルな香水も売っていた。

(宗教的な場面で使う香りは一部では老山白檀の香油を使っているようである。)

その中でパッケージからして古そうな「圣香海螺藏香水」を買った。

香りのバリエーションは4~5種類ほどあり、今回は「金色浓香」なるシグネチャーに近い位置に思える香りを選んだ。

※色々試行したがどのルートでも商品代の5倍ほど送料がかかったため、個人ではなく複数での共同購入をお勧めする。

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箱やTaobao上にある説明を読むと、

チベットで売られているロングセラー香水

サフラン、ナルド松、沈香、樟脳、白檀などの貴重なチベットの香料やハーブを使用

・香りが長時間続く

・100%チベットの薬用天然原料使用なので人体に優しい

という謳い文句で売られている様だった。

それらの真偽を問う様な無粋なことはこのブログではしないが、所感を残してみたい。

 

 

圣香海螺藏香水「金色浓香」

 

パッケージには

サンダルウッド、蔵紅花(どうやらサフランのことらしい)、ジャスミン、レジン(おそらくアンバーやベンゾインなど)、甘松、沈香、丁子、その他チベットのハーブ

と記載がある。

 

肌に吹きかけると同時に、ジャスミンのまろやかさと、茶褐色の半透明なベタ付きを持つ樹脂のガムの様な甘さが潰れて平面的に放出された。その縁にはミント的な緑の清涼感と、油っぽい重みを含んだ鋭利な柑橘系を思わせる酸味が、微弱な電磁波の様に振動している。色で言えば、先程の茶褐色に鮮やかなオレンジを強めた様である。さらにその先の最先端部に関しては、結露の様な透明な瑞々しさが粒になって漂っている。

出だしは中々強めの香り立ちだった。

一方、その中心に目を向けると質感が大きく異なっていた。そこは縁とは対照的に乾いており、一瞬ぽっかりと空いた空洞の様にも感じられた。

しかし実際は空洞とはその逆で、ひとたび引くとそこには一際太い緑の茎が通っているようであった。その香りは軋みの強い、キク科を思わせる濃い緑の繊維ばった縦の線で感じられる。それは終始全く動じずに中央に根を下ろしていた。

茎のようなワイルドな緑この鮮烈な緑の一端はガルバナムだろうか。樹脂特有の透明な弾力と汁感がじわじわと滲み出て縁のガムの様な甘さに続いている。

一方で茎の香りの中間層には乾燥した草葉のかさつきが堆積している。かさつきがあるものの、全体的には密度が高い。その強固さは鉱物のような固形感にも思えた。

時間が経つにつれてその茎は全体に広がる様に伸びて行った。外側に行くにしたがって細くなり、枝分かれ、針金のような網目を形成してゆく。

冒頭からそれの外側に接続していたガムの様な部分は、バルーンガムのように盛り上がりながら、強めの甘味が下へと移動して行った。そこにも張り巡らされている針金の様な茎を通過すると、それに分断された茶褐色の蜜が一度に滴り落ち、針金に絡まったものは自身の粘り気でぶら下がっていた。

ただ、この滴った蜜にも、微弱な電磁波の様な振動が感じられた。その振動は終始全体に広がっている様だった。茎の緑と汁気のある甘みにはコントラストはあるものの、いずれも振動により縁がごく細かな、同じ形の波線を描いている。それが、この香り達は1つの大きな植物なのではないかと思わせた。

 

 

さて、ここに来て中心の菊の茎の香りが縁に纏う緑と柑橘めいた甘酸っぱさを併せ持つ匂いは以前どこかで嗅いだ様な気がしてきた。

 

夏に長野の千畳敷カールに登ったのだが、そこの中腹付近でハイマツに出会った。

もっさりと辺りに低く繁茂するハイマツの枝葉に鼻を近づけると、大気中の上に抜けるような澄んだ冷たい水蒸気に混ざって、柑橘系のような爽やかな水分の弾ける甘さとハーブめいたこってりした青みと酸味が感じられた。一方でそれらの奥にある松らしい油ぽい暗緑色はしっとりと地面に根差している。

天候の影響もあっただろうが、私はここまでハイマツの香りが鮮やかであるとは思わず、最初はどこかに花が咲いているのかと思いこんで辺りを見回した。そしてその正体を突き止めた後はわざとしきりに岩に手を付いて、休むふりをしてその匂いを楽しんだのであった。

香りを吸い込む最中は何かに守られている様で、時間を忘れて安心した。

 

その染み出るような柑橘に近い木の油っぽさが、金色浓香の表層に見出せる匂いにとても似ていたのである。

この香水は巷のニッチ香水の様な香りや構成の複雑さがあるわけでは無い。そこから不思議と高地の厳粛で清浄な空気も想起されるのは生産国と思い出のバイアスかもしれない。

 

しかし、香りは確かに異国の知高地に植生する知らない薬草を思わせた。

中央に生える、キク科を思わせる厳しい環境に耐え得るであろう軋んでしなる強い緑の幹から無数に細い枝が伸び張り巡らされている。

先端に生える葉や木の実は肉厚で、そのハリのある皮の内にも、植物が生成した油脂や蜜や水分と言った栄養が一心に蓄えられている。

と、この様に、体内で行われる生命力の強い凝縮と放出が全体への振動となって感じられるのである。

そして自分はとても小さな生き物で、その薬草の茎をまるで登山の様に登っている。その途上で薬草から滲み出る油や汁、茎や葉の栄養を享受している様な気分になってきた。

口や顔中に薬草の成分が付着してベタついている。ただそれはただ粘着質に纏わりつくわけではなく、確実に私の体内に染み渡り、なお微弱な振動をしているのである。

 

その甘みは、時間を経るごとに外縁から徐々に軽い質量になっていた。その表層はカラメルのようなやや乾いた香ばしく優しい褐色に色付いている。

一方で道標の様に中心に延びていた茎の緑はいつしか縁の方へ遠ざかっていた。平地に舞い戻ったと言う事だろうか。そこにかつての鉱物の様な硬さは無く、香りは楕円のフォルムを水平に倒した様な形で影の様に広がっていた。

ラスト以降は中心と縁の香りの位置が反転しており、樹脂や脂身のある甘みや酸味はすっかり自分の体内に収まってしまった様だった。

それら香りの一群は樹脂の様な表面の艶と透明な固形感により中心に纏められ、縁を内側に巻き込んでいる。それも時間が経つごとに皮膚に張り付く跡の様に薄くなって行き、やがて消えた。

 

 

もしかしたら我々が山だと思って登っているものも、どこかの生き物から見れば小さな植物なのかもしれない。

 

色々と考えていたらいつの間にか年が明けていた。外は賑わっている。

家族と過ごす者、大切な人と並んで歩く者、私の様な1人であてもなく彷徨う者。

 

ハイマツの香りの記憶は郷愁の様に私を襲う。

今一度金色浓香の香りを嗅いだら、まだ見ぬ植物の匂いに出会いに何処かへ帰りたくなって来た。

 

 

 

 

112.心にレザー≪M VQ2(Puredistance) ≫

厚手のレザージャケットに憧れがある。

幼少期に夢中になったメタルバンドやハードロックバンドではお決まりのアイテムである。他にもパイロットやバイカー等、かつてなりたかったがなれなかった者達は皆厚ぼったいレザーのジャケットを着こなしていた。

レザー香水も私の中ではそれに分類される。

憧れと一握りの自虐を着込むための香水がレザーノートであった。

 

Puredistance がMの後継として『M VQ2』を発表してから暫く経った。レザー香水とは言え、前身とは全く違うアプローチに様々なレビューが見えた。

冒頭の理由でレザーは冷静に嗅げないところがあるが、漸く落ち着いた今、私も所感を書いて行きたい。

 

トップ:オレンジブロッサム、ピンクペッパー、ラベンダー

ミドル:シプリオールオイル、パインタール、ジャスミンサンバック、シナモン

ベース:トンカビーン、テキサスシダー、パチュリ、バニラ、ラブダナム

となっている。

冒頭は全ての香料にピントの合った様な全体がパリッとした色味で開始されるのが最近のピュアディスタンスらしかった。次の瞬間には黒紫色の木の実の瑞々しさが点在して弾け拡散し、土台付近に大きな楕円を作って行った。その拡散の上に分離して乗る様に透明なオレンジ色のやや粘性のあるシロップめいたこっくりとした甘さが滑って行くのだが、このオレンジ色の飴部分の上方はグラデーションを描く様にシャープな酸味に繋がって行く。その部分の、微細で鋭い粒子の流れはややケミカルな早い速度であり、鉄などのインダストリアルな金属を思わせた。飴の部分は早々にその下の木の実の香りと混ざり合い、全体を液体的な滑らかな質感に均して行った。

そしてその香りの先端から徐々に水蒸気じみた微細な粒子の香りが立ち上がり、やがて下に降りてくる。それはややスモーキーで灰色めいた苦味が混ざっている。機械のエンジンが起動と共に吹き上がらせる蒸気と煙の様でもあった。その先端は仄かにガソリン的なケミカルな圧を伴っているものの、勿論実際はそれらよりはずっとクリーンな透明さである。

一方でそれらの奥に収まる形になった冒頭の粘度のある暖色めいた甘さは丁度広がった木の実の香りに重なる様に土台にぴったりと張り付く様に大きく広がりきり、全体像が見えなくなっていた。最奥で均一に広げられた木の実と暖色の暗い甘さにはパチュリやシプリオールだろうか、粒の大きさや配列は同じながらそれらとはまた違ったしっとりと重い清涼感を伴う甘さが繋ぎとなっている。ある程度の湿潤感を最奥に留めておりレザーのこっくりとした有機的な甘さを彷彿とさせた。

煙はその香り全体の縁を旋回する様に吹き流れてゆく。動線を追っていると、革の表面にコーティングがなされてゆく様に煙との境目にきめ細かい光沢が生まれて行き、それにより、鼻の前の香りのフォルムが明らかになって行く。

光沢の波は緩やかなカーブを描いていた。動物や有機的な物のそれというよりは、正確に引かれた幾何学的な滑らかさのある曲線である。曲線の端は柔らかな弧を描いた後垂直に緩やかな等速で下へと降りて行く。相変わらず全体像は把握できないが、嗅覚の移動と共にこの緩急が不規則に繰り返された。ただ、プロポーションは無機質であるものの、質感はほぼ同じサイズの細かい粒で構成されているが故に押せば動き反発するしなやかさがある。

 

そこで私は、弾力の強いレザーシートの自動車のイメージを覚えた。新車らしいまだ溶剤の香りの残る清潔な内装の、クラシカルな丸みを帯びたボディの新車である。自分のものになり初めて入れるエンジンと吐かれる排気ガスの不思議と清らかな振動と香り(本来そんな事はないが…)。

そんな自動車を遠目から眺めるのではなく、至近距離で堪能し尽くす様な質感であった。

 

全体に回る煙が過ぎ去ると共に、表層のしなやかさは徐々に堅くなり、金属質な光沢を伴う固形感に変わって行った。香りの先端に煙の残り香のシャープな酸味がデジタルの粒の様に敷き詰められている事でこの均整のある金属質のボディと光沢が出来ている様であった。

その装甲の奥には、トップで見た甘い香りの群れが整然と配置されている様に確認できるが、それらに触れることは距離的に難しかった。ただ、それより手前にはまだレザーの香りを担っていたしっとりとした甘さの柔軟性のあるシートが感じられる。それらはトップで見た甘さと金属質の酸味の関係性を踏襲しグラデーションで緩やかに繋がっている。鼻が主軸で追えるのはメタリックで滑らかな曲線だが、ふと脇見をするとレザーシートに投げ出されそれに抱き抱えられることになる。

それはレースコースの様でもあり緊張感がありそうな所であるが、そこには不思議な心地良いリラックス感があった。

『M VQ2』は、普段であれば皮膚の外側に着込むであろうレザーを内側に抱き込んで香る。

普段硬質な記号を伴いがちなレザーの別の面、その包容力や柔らかな柔軟性を見た気がした。

 

煙は現れたり嗅覚のフレームの外へ行ったりと終始動き回っている様であった。

こうしてラストまでその煙と共に主軸の香りを追ってみたものの、ついぞその大きな全体像を把握できるまで離れることが出来なかった。だが、あえてその全てを一度に知らずに細部をなぞる事で全体を想像して行く作業もまた快楽である。

 

レザーも金属質の装甲も、やがて漂う煙の水蒸気の中に溶け込んでいった。煙の印影かはたまた余韻か、仄かに残ったレザーの暗い甘さと不透明な圧迫感が煙の清浄な白い線のやや斜めの背後に付いて走って行き、やがて消えた。

 

 

さて、スムーズな曲線美の他に『M VQ2』に常に感じていたのは無機質さであった。

旧版の『M』に関しては、中盤にレザーの様相になる気がしているが、それは肌に近い部分にあり、伸縮性のあるウェアラブルな革を思わせた。

それと比較して、『M VQ2』に関しては、革を彷彿とさせる部分の鼻との距離の遠さと動きの少なさ(他の香りの群れと比較して)からも、それとは対照的な、レザーが内に向いた空間的な印象を持ったのであった。

半ば無理やり007のと絡めて言えば、ボンドやQと言った生き物というよりやはり自動車のアストンマーティンを連想する。

序盤〜中盤の、気体的な香りが空間内を通り過ぎ香りの表層を撫でて行くことでレーダーの様にそれらのプロポーションが浮き上がってくる描写や、光沢のデジタル感は何やらQに改良された様な近未来的なハイテクさを思わせた。

 

自動車を彷彿とする香水はあまり出会った事がなかったため、自動車好きとしては嬉しくもあり、変なバイアスを心配する所でもある。

 

 

この記事を書き終わった後、M VQ2の残り香と共に少し上野を散歩をした。

少しだけハードボイルドで行きたい時、上野ほどその願いを汲んでくれる街はない様に思えた。

そしてよく覗く輸入品の店の季節外れのレザージャケットを試着して、結局買わずに帰った。

 

 

puredistancejapan e-store

 

111.雪解けの記憶<Essence du Sérail(Sous le Manteau)>

去年から今年の頭にかけて随分環境が変化した。

 

登山を始めたのも変化の一つであり、去年の秋口には城山と高尾山を案内してもらった。

その城山から高尾山に向かう登りの道で、ある香りに遭遇した。

それは濃い菫色の葡萄の果実めいた瑞々しさとオシロイバナネロリの鈴のような丸く明るい甘さで、ススキに満ちた山肌のひなびた風情と辺りの草木の乾いた香りとは明らかに異質に感じられた。

その不意に現れ至る場所で転がる様に鼻を掠める艶のある華やかさは禁欲的な山行には些か不釣り合いで、己の浮き足立った気分が顕現した様にも感じて正体を突きとめるまで集中できなかった。

その香りの主は後に『葛』の花の香りだと判明したのだが、ある日何とは無しにSous le ManteauのEssence du Sérailを吹いた際、媚薬のイメージより先にその香りとそれに伴う山の記憶が喚起されたのだった。

所感は以下。

 

トップ:イランイラン、ベルガモット

ミドル:オレンジブロッサム、ピーチ、プラム、ヘリオトロープジャスミン、スズラン、ローズ

ベース:サンダルウッド、アンブレット、バニラ

となっている。

冒頭は曇天のような灰色めいた乳白色の色味が広がるが、それはある所から上には拡散されずに中腹にジワリと留まった。そこを縫うように、紫色のとろみのある内にくぐもるような粉っぽさのある露が溢れ出し、中央部に伝って流れてゆく。それはオレンジフラワーの明るい透明な甘味に抱き込まれたフルーツ等による濃い葡萄のような凝縮する酸味を持った甘露でもあり、表面に纏う白い粉っぽさはイランイランの薬草めいた有機的な甘さとライラックの様な、半音浮ついた様な仄かなえぐ味と花粉めいた圧力がある。それら花の花粉がこの露の重さを作り出しており、拡散せずに重力のままに一方向に移動している様だった。時折最奥におそらく合成香料の金属質のニュアンスが走るのだが、それの残す余韻が先程の紫色の露と混ざり合う事で血の様な質感として感じられた。この血流の様な流れは主軸の香りとは終始違うスピードで全体を旋回していた様に思う。

引き続きトップノートの動きを眺めていると、露が垂れる先の、まだ剥き出しではない透明で肌の様なパウダリーさのある滑らかなベースノートが作り出す中央部が谷の様に窪んでいると気付いた。露はそこにゆっくりと溜まって行く。

その谷間を覗くと、底に行くに従って色の陰影は深まり、薄暗くしっとりとした湿潤感が全体を満たしていた。露に含まれていた、彩度の高いピーチやプラムの甘酸っぱい熟した果実の重い水気を含んだ香りが光沢の様に香りの表面に時折顔を出すため照り返しの様な印象を受ける。それらを見ているとやはり微弱に水面を揺らす露は変わらぬとろみと重さを感じさせた。

いつしか露は谷間に注がれ切るが、ラストまでそこに留まる訳ではなかった。

ベースノートの土台に溜まるトップ〜ミドルの香りはそのきめ細かい軽い白い粉を固めて作られた様な質感の土台に徐々に染み入り、その湿潤感をもって厚い雪を溶かす様に混ざり合っていた。

白と紫色が混ざり合い、まだその個体と液体の狭間のペーストの中にサンダルウッドやアンブレットの粒感を感じさせる質感となり、境界線を曖昧にして行く。

時間が経つと共にまだ混ざり切らずに認識できる黒紫色の露の特徴はレイヤーを反転させた様に己が混ざり溶かしていたベースノートの粉っぽさの裏側に感じられる様になった。ムスクベースであるのだが不透明で温かみのある、ぬっと内に籠る様なある種奥まった汗ばんだ場所で香る体重の様な香りたち方を見せていた。

ラストに近付くと、いつしか露は混ざり切り雪解けのみぞれは地面に染み入り切ったのだろうか、ダウナーさを柔らかく軽く拡散させ始めたサンダルウッドの乳白色の軽い粉めいた質感の中に、かつての紫色が熟し枯れかけた花の褐色めいた色合いを強めて感じられる様になった。未だ白い花の気配がかなり上方にうっすらと認識できる。これらは混ざりきらなかったものの痕跡なのか、これからやって来る春の気配なのかは分からない。

これらラストの香りはトップ〜ミドルの様なレイヤーが分かる香りの群れではなく、大きな一つの層に集約されている様にも見えた。それらは一つになった細胞の様に細かく曲線を描く縁をお互いに差し入れる形で繋がっている。そのお陰で全体の香りが粒子の中で均一に地面に伏しほとんど動きは分からなくなっていた。

雪解けのミドルの結果として用意された様にも思える静かなラストであった。

 

人はしばしば終焉だけを目指しがちである。しかし、ゆっくりと時間をかけてお互いの雪を溶かし合うその時間自体もまた、芯まで染み入る程に濃厚で甘やかなのではないか。などと思える香りである。

香り自体が直接身体に作用こそしないが、確かにこれは「媚薬」的に感じた。少なくとも私がこの匂いを嗅ぐ際は自分とは違うスピードの何かが私の精神との境界線を超え背中に衣擦れの様に流れる気分がするのである。

 

 

Essence du Sérailを腹部に付けた2度目の日、そんな事を考えながら電車に揺られて帰った。

 

さて、個人的にはEssence du Sérailはどうも自分にとって秘めておきたいプライベートな記憶と結びついてしまうらしかった。

そこに溺れるのも楽しそうではあるのだが、それに気付いた後に2度着込んだ私は更に喚起される記憶を増やしたくなる強欲な人間であったという事であった。

 

薄暗い自宅に帰ると、昼下がりであるにも関わらずすぐに眠気が襲い、いつもと変わらない自分の匂いの布団にくるまって眠った。

 

 

sous le manteau ™