polar night bird

香りの記録

67.NOSE SHOPにて《ゴールデンネロリ(アベル)》

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新宿NEWoManにニッチパルファンを扱うNOSE SHOPがオープンした。

フランスのNoseやSENS UNIQUEなどのようなニッチパルファンのみを集めた専門店は、いままで日本にはなかったはずだ。

だから前にネットのニュースでオープンの記事を見つけて、ついに日本にも出来たかと感激して密かにこの日を楽しみにしていたのだ。

 

その日はちょうど家での制作作業があったので、作業の滞りを理由に外に出て、どんな香りがあるのかと早速足を運んでみた。

 

NEWoManの1階へ辿り着くと、白を基調としたコンテンポラリーな内装と綺麗に陳列されたニッチパルファン達が目に入った。

 

 扱っていた香水は、

ラボラトリオ オルファティーボ

マドエレン

ディーエス&ダーガ

アベル

と、香水以外ではラボラトリオオルファティーボやケルゾンなどいくつかのルームフレグランスとオーストラリアのオイルパフュームがあった。

この規模で様々な地域の、百貨店系香水とはまた一味違う香りに対するアプローチの前衛に一度に触れる事が出来る場所はやはり他には無い。

そしてその数々を試香してみれば、純粋に鼻が楽しくなる体験が出来る。

 

ディーエス&ダーガとアベルは日本での店舗取り扱いはNOSE SHOPが初めてのはずだ。

ディーエス&ダーガは、古き良きアメリカのフロンティア精神や自然の広大さを感じさせるラインナップで、乾燥地帯のウッドや陽射しだったりを連想できるドライな香りが印象的だった。

 アベルはオランダ発の天然香料100%の香水メゾンだが、シンプルで品の良い香りだけには止まらず、表現に一捻りある香りが揃っている。サイトによると何やらワインに縁があるらしい。初見の印象では、一度に広がるというよりは嗅覚に浸透するように下に降りてゆく香り方をするので、縦長の香りの層を思わせた。

 

その中で印象的だったのは

ディーエス&ダーガでは、

ドライなハーブとウッドのCOWBOY GRASS

華やかでイノセントさを感じるローズのROSE ATLANTIC

すっきりとしたグリーンがトップのCORIANDER

火事の時の香りがテーマの個性的なBURNING BARBERSHOP

アベルでは

変化がユニークなGOLDEN NEROLI

透明感のあるアンバーのCOBALT AMBER

だった。

一度にたくさん試してしまい、記憶がおぼろげなので、今回はアベルGOLDEN NEROLIについて所感を残したい。

 

 

ゴールデン ネロリ(GOLDEN NEROLI)

→名前の通り、トップはネロリが主体に香るのだが、その香りはオレンジフラワーのパウダリーな濃密さというよりは、ミドルに配置されているプチグレンのおかげだろうか、柑橘系のピールのような爽やかな苦味と酸味と共に香る。それと同時に、ふわりと粉のように軽いタッチのクラシカルさを持った香りが同居しているのだが、調香を見てみるとミドルのイランイランの他に抹茶が含まれている。この抹茶の香ばしくも控えめな香りが、トップにおいては他のパウダリーな香りの一軍を引き締めている印象がある。

さらに時間が経つと、抹茶の香ばしさは姿を隠し、ジャスミンなどの花の香りが台頭し始める。引き続きのネロリも含めると文字だけだとなんとも濃厚な香りの組み合わせだが、ここでのジャスミンはその青さと甘さがトップとは対照的にジュースのように瑞々しく香り、イランイランに関しても透明感のある甘露の一部として香りに溶け込んでいるので濃厚さは強くない。ラストはサンダルウッドとバニラなのだが、気候と肌のせいなのか、バニラはほとんど主張して香らず、ミドルでしばらく姿を見せなかったプチグレンの酸味が戻り、それと同時にトップのパウダリーさにサンダルウッドのウッド系の清涼感の伴う滑らかな甘さが相まって静かな残り香に変化してゆく。香りを引き締めているプチグレンが気配を消さずにいてくれたことで爽やかな印象を常に感じることができた。

トップノートの説明にも書いてある抹茶とネロリ(プチグレンも含む)の調和がこの香り全体のバランスも総括しているように思えた。互いが変に主張しないように抑制しつつも立ててゆく関係性がどの香りの配置にも感じられ、ゴールデンと名付けられている通り、それらの香りの波の調和が作る明暗が様々な表情の明るくも品のある光沢を連想させた。

しかし、トップからラストに至るまで香りの変化はチャーミングにさえ感じる。どんな気候でも纏いたくなる香りだった。

 

 

 COWBOY GRASSについても簡単な所感にまとめた。

 

カウボーイ グラス(COWBOY GRASS)

→名前の通り、アメリカ西部の乾燥した荒野を思わせる香りから始まる。降り注ぐ太陽光に照らされて生きる乾いた野草を思わせるヨモギ、ベチバーやハーブの苦味、カウボーイの吸うタバコの煙のようなスモーキーな苦味。砂煙で乾いたレザー。そこには甘さの要素は見つけられず、その寡黙で厳しい土地のようにとてもドライな印象を受ける。

しかし時が経つにつれて荒野に生える草にも命があるように、さまざまな表情と深みを感じられるようになる。風にそよぐように香る乾いたハーブの奥には丸みを帯びた優しいグリーンの息吹があり、荒野の土にも体温が備わっている。

そのようなミドル以降のしっとりとした温かさがとても心地よい。

マカロニウエスタンや西部劇好きには嬉しい香り。メンズ香水としては大変好みの香りなので、ぜひ男性諸君に背中から香らせて欲しいと思った。

 

 

 

 他の所感に関してはまた後ほど残してゆきたい。

 

 

 

 久々の真新しい香りとその場所との出会いは刺激的で、雨やら何やらでうんざり気味の気持ちが一気に吹き飛んだ。

満ち足りた事で眠気を感じながら店を出た。

 

NEWoManのオープン以降、その周辺も大きく変わった。

少し背伸びしてジャドールを纏って人と歩いたイルミネーションの綺麗な道は、あの時はまだ工事中の白い塀ばかりが目立っていたし、突き当たりには小さな飲食店があったが、今はもう無い。

ゴントランシェリエもいつの間にか違う名前になった。

 

NOSE SHOPの店員さんは、これから新しいブランドも店頭に並んで行くと言っていた事を思い出した。

今までもニッチパルファンが多く見られたNEWoManで、新たな香りの探検が出来る変化はとても嬉しい事だった。

すでにまた訪れたい気持ちと共に歩く雨の帰路でも、腕に乗せたゴールデンネロリは良く香った。

 

 

 

www.dsanddurga.com

 

www.abelodor.com

 

www.newoman.jp

 

66.夢の後《Fantome maules(Stora Skuggan)/モクシー(ミルコブッフィーニ)》

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ようやくSTORA SKUGGANがNOSEから届いた。

パリで見た時と同じ深い緑色をした丸いキャップに涼しげな色の液体。思い続けていた香水が毎日部屋にある光景は何とも感慨深い。

 しかし、肌に乗せたところ、パリでの試香した時と香り方が全く違ったのだった。

それではあの香りは一体何だったのだろう。夢だったのだろうか。

 

 まだ心が夢見心地から抜け出ていないのだろうかと、ここら辺で目を覚まそうと気つけの意味も兼ねて伊勢丹メンズ館へふらりと出かけてみた。

そこに置かれているミルコブッフィーニは気に入りのブランドの1つだ。
私が男性であれば1つは手元に置きたい香水ブランドなはずなのだが、今まで一度も所感をまとめていなかったのは何故なのだろう。

今回はMOXIについて所感を残したい。


モクシー(MOXI)
→日本酒が含まれているという調香を見るだけで興味深い。
トップから日本酒の甘い香りが広がる。私が酒に弱いのもあるが、その実際に日本酒の香りを聞いているような濃厚な香りの粒を吸い込むと、本当に鼻の奥に酒気の熱がこもる様に感じた。
それと同時に現れる、クセのない濃くまろ味のある花の香りは、バラの花弁と蓮の花の香りらしい。薄く色付いたふくよかな花弁を彷彿とさせ、清酒の透明な香りの中に散る様に華を添えてゆく。そして土台にはアンバー、サンダルウッド、ムスクと安定感のあるラストノートが配置されている。それらも濁る事なくトップとミドルの瑞々しさと甘さを最後まで支えており、ウッド系のサンダルウッドのおかげだろうか、時折日本酒の香りと相まって升に注がれた日本酒を思わせる香りを感じさせた。
全体的に変化は安定しており甘く濃厚な香りが足し算されてゆく香りだが、バニラやフルーツ、白い花系の主張の強い甘みでない分テンションは控えめで距離感が丁度良い。
夜桜を見ながらのしっとりとした酒席のような、色気を感じる浮世離れした香りに思えた。
いくつかのサイトの解説では専ら欲望に忠実な女性的な香りだと書かれてはいるが、むしろ男性にも纏ってもらいたい香りではある。
奔放で魅力的な女性に翻弄されてみるように、敢えて女性の香りを纏うというのも、何やら色気があって良いのではないか。

 

モクシーもまた夢の中のような香りだったが、その香りを纏いながら蒸し暑い現実の新宿を歩いていたら、漸く頭が夢から覚めていくのを感じた。

部屋に帰ると、やはり変わらずFantome Maulesは棚に置いてあった。

幾分か冷静になった頭で再度試香をすると、その複雑さがリアルに感じられた。

 

  追記的に新たな所感を残したい。

 

ちなみに下記がかつて書いた所感なのだが

57.パリの夢(Rosa Nigra 他) - 日々の糧—香り日記—

ここで母性的な香りだと形容したFantome Maulesだったが、日本で抱いた所感は全く対照的で、どちらかと言うと男性用香水的なアロマティックグリーンの深みと硬質な柑橘系の渋みの奥にサンダルウッドの滑らかな甘みなど、いわゆる男性的な香りが浅く表面をコーティングしている様に感じられる。しかし全体的な香りの層はさらに奥深く大きな葉の様に何重にも重なっていっぱいに敷き詰められている印象で、その配置された香りの間を見回すとき、木々のざわめくように香り全体が動くのを感じる。

夢から覚めた後で聞くFantome Maulesは、その森の中をさまよう怪人のイメージ通り、北欧の森とその中に住まうカオスを思わせた。物語の中でかろうじてその森の怪人を男だと分類できるように、ふと鼻を掠める表層的な記号から男性的な香水だと認識できる程度で、その周辺は深く暗く光源の見えない森が広がっている。

ここでのグリーンは、マドエレンのミントやフエギアのパンパのように私たちに寄り添い共に生きているグリーンの緻密でリアルな描写ではないように感じた。

先に言ったように複雑に積もった不明瞭な香りの中を、自分の知る記号を頼りに進んで行かねばならない体験は、ある種の自然との隔たりを感じられる。

 日本には来ない類の深い香りだろう。悔しいが、今の私には到底使いこなせない香りだろうとも思う。

 しかし、その土地に根差した辺境系の香水としては大変興味深い対象だとも改めて思った。

 

 

 

Fantome Maulesは今後様々な角度から考えて行きたい香りだと思った。

現実の世界でも少しずつ仲良くなって行けば良い。

 

夢の中も好きだが、その夢から覚めた後の、不思議な清々しさと静けさと窓から見える外の光が好きだったりする。

 

 

 

Mirko Buffini【ミルコ ブッフィーニ】

 

Stora Skuggan

 

 

65.花とスパイス(サント インシエンソ/グッチ ブロッサム)

ついに先日、惚れ込んでしまった香水を取り寄せる事にした。

香り自体はもちろん、ボトルデザイン、モチーフ、コンセプトに至るまでぴったり気に入った香りは珍しい。

その香水の購入を決めるまで、何度もそれと同じグリーン系統の香りを聞いて歩いては香りの記憶の面影を見出そうとしたり、何度もサイトの解説を和訳したりしていた。

 もはや恋なのだった。

 

しかしあとはあちらがやって来るのを待つばかりなので、しばらく執着していたグリーンから意識的に離れて新作の華やかな香水を試香しようと新宿伊勢丹に立ち寄った。

(銀座はいつでも行けるようになったからかむしろ足が遠のいてしまった。)

 

そこで、ディファレントカンパニーとグッチの新作と出会った。

 

 

サント インシエンソ(santo incienso)

インカ民族に尊ばれてきた香木、パロサントをテーマにした香りらしい。 トップからスパイシーな香りが全面に広がる。トップの調香はプチグレン、ベルガモットナツメグなのだが、プチグレンとベルガモットは終始爽やかで甘さがほとんど無く、スパイスの弾ける後ろで清浄なフィールドを作り出している。香木を燻した香りを表現しているらしいが、トップのナツメグを始めとした乾いたスパイスはまさに静かに燻る香の内部の火ように、明滅を繰り返すような香り方をしていたのが印象的だった。ミドルにはパロサントアコードにセダー、ヘリオトロープとウッド系の配置がされている。トップから比べるとミドルからは抽象度が増し、肌との距離が近くなってくる。ヘリオトロープなどのすっきりとした花の香りがパウダリーに肌へ着地し、明滅を繰り返していたスパイシーな香りはウッドと混ざり合い煙のように漂い始める。ラストにあるインセンスやミルラの姿は初めから認識出来るものの、やはりミドル以降から改めて感じることが出来る。

といった終始乾いたインセンス系の香りなのだが、濃厚さや煙さなどとは一線を隔したスモーキーながら筋の通った神聖な香りになっている。その香りが徐々に体へと降り注ぎ、やがて自分と一体化する。

パルファムは宗教儀式で焚かれる香が語源となっている。この現代で香水の起源へと立ち返り、退魔の香りとして信じられて来た魔法の木であるパロサントのインセンスの香りを纏うのは、一種のラグジュアリーと言えるのかもしれないと感じた。

 

 

グッチ ブロッサム(GUCCI BROSSAM)

→香水界では初めて使われる南インド産のラングーンクリーパーが含まれている。

他には主にジャスミンとチュベローズといった、ファーストインプレッションは四方八方が白い花で構成された王道の香りなのだが、中央で主張して広がる役を担いがちの普段は甘く濃厚なジャスミンとチュベローズが、この香りでは青みだったり筋であったり全体的な花の立体感も構成していることが良く分かる。

ラングーンクリーパーもまたその二者のような白い花系の香りで、この香水ではこの花の香りが中心部に位置し最も華やかさ(記号的な白い花の香り)があるのだが、その香りは若干パウダリーで甘酸っぱさがあるように感じる。その差異を発見できるのも楽しかった。ジャスミンとチュベローズの特徴的なえぐみは鋭くはなく、角の無い花のきめ細やかな香りが瑞々しく、とろけるように包み込む一方で、花の繊維感や完熟していない青さも奥で香るため、ある程度深く吸い込み吟味できる香りになっている。

これはボディーローションの方で鮮明に感じたのだが、青みの部分がやや瓜のような果実を思わせる内に円を描く丸みのある香りとなっている所が香りを甘くパウダリーにし過ぎておらず、飛躍できる涼しさのある印象を与えられた。

身近である主役級の3種の花の競演というより共演なので、まるでもう1種の新たな濃厚な香りの花と対峙している気になった。

日頃親しみ聞き慣れた類の香りであっても、庭園の様に様々な角度から注視することで違いが見えてくる。これはこの香りだからこそ感じられる感想だと思った。

 

 

 

 今回試香した香水はどちらも夏には不向きそうな分類でいて、どこかクールさのある香りだったのが何だか救われた。

 

家に帰っていたずらに床に寝そべってみると、花とスパイスの香りが辺りに散らばる様に香った。

目を閉じるといつもの部屋ではないようで、浮ついた気分にさらに華を添えてくれた。

 

恋と旅行は成就するまでの過程が楽しいのだ。

 

 

The Different Company

http://europe.thedifferentcompany.com/index.cfm

 

 

www.gucci.com

 

64.夜の港区《シャンティ シャンティ/エルモノ デ ラ ティンタ(ミレー エ ベルトー/フェギア1833)》

仕事終わりに港区の香水巡りをした。

新しい会社の仕事は順調だが、個人で受けた仕事が思うように進まず、正直に表現すれば現実から少し逃避したかった。

 

 

 まずは青山のスパイラルマーケットを訪れた。

 スパイラルマーケットといえばまず最初にミレー エ ベルトーを試香するのが習慣になっているのだが、今回はその中のシャンティ シャンティの所感を残したいと思う。

 

 

 

シャンティ シャンティ(shanti shanti)

→オリエンタルの分類。ローズペタル、インドビャクダン、アイリス、パチュリの葉、ショウガ、カルダモン

などの調香。調香師がインドを訪れた際にインスピレーションを得たそうだ。

 トップはローズペタルはすっきりとした石鹸のような清潔感のあるローズの香りで、私の肌の上ではこのローズの香りはラスト以降まで主体で続いた。

 ローズの筋張った鼻に抜ける香りと共にアイリスのスミレのような含みのある白く柔らかな香りがトップからローズと平行して香り、トップの香りの華やかさと深みを助長させている。

その後重みは徐々に増してゆき、ミドルの香りが1番厚みとボリュームがある。このまま行くとラストはどんな重いサンダルウッドになるのかと思いきや、やがてミドルの香りが膨らみ切るとアイリス系の甘みと重みは遠のき、インドビャクダンの甘さの少ないウッドの乾きと煙のようなどこか遠くから香るような香りが残る。

清浄なビャクダンの香りは感情的であったり、よくあるまったりとしたある種涅槃的な甘さはない。適度に低調で鼻から距離を保ち、良質な香を焚いたあとの清浄な香りに近い。

私も何かとオリエンタルに混沌やミステリアスさ、深遠さを安易に求め見出しがちだが、このシャンティシャンティはオリエンタルの香りが良い意味で浅く、フラットに淡々と扱われている。そのため、 全体的に香りは緻密さや立体感というよりは、素材が全てがきめ細やかに混ざり合い、専ら総体での質量を感じさせる。

辺境としてのオリエンタルではなく、パリジャンがオーガニックのビリヤニを食べるような、ある種の欧米的洗練のなされた現代の生活の中のオリエンタルを思わせた。

 

 

 

その後、久々に六本木へフェギア1833を聞きに行った。

(そういえばフェギアは公式にはフエギアなのだろうか。初期の表記はフェギアであったので、変えようかどうか悩んでいる)

 

グランドハイアットは入り口をくぐるとすぐに、フェギアの香りがふわりと漂ってくる。

 

今回は先程のシャンティ シャンティと系統は似ていながらアプローチが対照的なエル モノ デ ラ ティンタに目が留まった。

 

 

エルモノ  デ ラ ティンタ(EL MONO DE LA TINTA)

→名前の通り、古いインクの香りがイメージされている。主な調香はアミリス、ナツメグ、コパイバとある。トップから甘さ控えめのスパイシーだが、その温度は温かくも冷たくもない。そのスパイシーさはベールのように全体に覆いかぶさっており、深く吸い込むと見えてくるその奥にある甘く密度の高い、植物由来の青さを伴った香りは肌にぴったりと寄り添うように香る。

ちなみにコパイバはアマゾンの原住民たちに万能薬として重宝されてきた植物で、実物の香りは知らないが、森林のような香りがするらしい。また、バルサム由来らしいので、終始感じるインクのような蝋のような、ぬめりとコクのある香りはこのコパイバなのかもしれない。

やはり名前の通り、この香水からは経年による熟成されたコクを感じる事が出来た。それは丁度、熟成の進んだボルドーのワインをテイスティングした時の嗅覚の記憶に似ている。

そのワインもまた、滑らかでこっくりとした、上等なインクのような香りがしたのだった。

ミドル以降は、時折通り過ぎる漢方薬のような鼻に抜ける香りと共に、私の肌ではアミリスの滑るようなパウダリーさと奥にある緑を含んだ甘さが台頭し、やがてミルラのような筋の通った香りに変化していった。ラストは若干メンズライクな気もしたが、どこかエロヒオ デ ラ ソンブラに似ていたので気分は良かった。

一つ一つが重いわけではなく、個々の香り自体はあまり重さのない粒子の粗い表層を感じさせるスパイシーさなのだが、それらが合わさり入り組むことで深度が大きくなっている印象を受けた。複雑な香りながら存分に吸い込むことが出来る。

 

ボルヘスの墨壺の猿にインスピレーションを受けているらしいが、残念ながらその作品は把握していなかった。

 

 

 

 私は先程触れたフェギアの香水の最奥にしばしば感じる草の甘い香りが好きなのだが、それは円熟した毒気のようでもあり、また生まれる前の記憶のような懐かしさもある。

そんなフェギアの香りを聞くと、いつも何年か前の、初めてティンタ ロハと出会った寒い季節を思い出して、季節に関わらず、今は冬なのではないかと思えて来てしまう。

 

 いつもの如く試香のし過ぎで動かなくなった頭で店を出た。

 腕の上の香りは拡張と収縮を繰り返し、その頃には自分の考える全てが馬鹿らしく思えていた。

明るさの落とされたロビーは昼間よりもずっと静かで、目の前のソファーで寛ぐ人の表情はあまり見えない。

人の動きがほとんど無い緩慢な雰囲気の中、香りだけがロビーを移動しているようだった。

 

 

 

 

 

www.fueguia.jp

 

store.spiral.co.jp

63.ペンハリガンについて考える①(オーパス1870)

「香りでもなんでも、色気のあるものが好きだ」

 

と言ってペンハリガンの香水を纏っている男性がいた。

 

女性にはない男性の持つ色気に、常々憧れという曖昧な表向きの言葉の裏で激しく嫉妬してきた私としては、その場ではただただ話半分を装って相槌を打つしかできなかった。

 

 しかしそれがきっかけで、ふと、今までペンハリガン、殊にメンズ香水としてのペンハリガンについてあまり気にして来なかったことに気がついたのだった。

 ペンハリガンの色気とはなんなのだろう。

 

 イギリス発の香水というと、有名どころでは

ジョーマローン、クリード、ペンハリガン、フローリス、ミラー ハリス

などがある。

 これは酷くざっくりとした主観でしかないが、ジョーマローンとミラーハリスはイギリスのガーデンボタニカル的な側面の強い香りで、クリードは貴族的な位置付け、そしてペンハリガンとフローリスは共通してロンドンの理髪店をルーツに持っているだけあり、その売り方としても「英国紳士」的な傾向が強い。(そういえばパリの路面店には理髪店が入っていた。)

 

実は、そのペンハリガンやフローリスは、私の肌に乗せるとラストに乳液を付けた時のような質感と匂いに似た、メンズ化粧品的な香りが妙に浮いてきてしまうので苦手意識があった。

 その男性の纏う香水がペンハリガンだと気付けたのもそのある種の苦味と、半透明な滑らかさだったのだ。

 

後日、三越の香水カウンターでエンディミオンを試香した際、ペンハリガンの多くに感じられるその苦いようでアロマティックな香りはラベンダーだと気付いた。

店員さんに尋ねると、やはりペンハリガンの多くにはラベンダーが含まれているそうだ。

それと同時に、ペンハリガンのベルガモットの香りは他と比べてやや苦味の伴う硬質な締まりと落ち着きがある。

  古典的なコロンの配合に不可欠なそのベルガモットとラベンダーは、やはりペンハリガンにコロンの「衛生的」な側面を与えているように思う。

 

 また、しばしば紳士達が背負う職業だったりテーマの銘が見られる。

「偉業」の意味を持つオーパス1870

テーラーをイメージしたサルトリアル

 などなど。

そしてそこには彼らを取り巻く革製品、スーツやコートの手触り、理髪店のスチームと整髪料、仕事終わりの酒など、紳士の「生活の香り」とも言えるイメージが随所に散りばめられている。

それらをコロンの香りがラストまで貫き通し、まさにグルーミングするように、洗練させて一つの作品として作り上げている。

 

 

ここで、オーパス1870について所感を残そうと思う。

 

オーパス1870(Opus1870)
→プッシュするとどこか丸みのある甘さとシャープな透明感が共存して香り立つ。トップはやはり柑橘系とハーブの組み合わせなのだが、それと同時にシナモンとバーボンという温かみのある香りが配置されている。ユズを使っており、トップは柑橘特有の突き抜ける様な鮮やかさというよりはブラックペッパーやコリアンダーシードなどのスパイシーな香りを上手く実に吸収させて中継点のように香っているイメージがある。クラシカルなコロンの構成を踏襲しながら素材は現代的なものを使って再解釈されているのが面白い。

ミドルはクローブ、ローズ、シナモン、インセンスと、割と甘く温かさのある構成になっているものの、トップから続くひんやりとした香りの一群のおかげで香りがだらりと広がらない。と、クリアで凛とした張り詰めた香りと、蕩けるような緩みのある甘い香りが常に同居しており、それらがトップからラストに至るまで、完全に混ざりあわない距離感で結合と離散を繰り返す様が少しくすぐったく心地良かった。
ラストは乾いたシダーやサンダルウッドの布を思わせる滑らかさがトップのバーボンのとろりとした甘さと暖かさを継承して穏やかに流れる。
私の肌に乗せたオーパス1870は、ペンハリガンの他の香水よりも比較的苦味やある種の緊張感が弱く、代わりにややパウダリーに、安堵感をもって香った。
また、トップの柑橘感は、ちょうど他の柑橘の効いたコロンのラストに近い調子に似ていると感じた。

長い期間を経て手に入れた偉業と満足感を土産に、静かな高揚の中で緊張の糸を緩める。そんなイメージを持った。



 

紳士達は経済を回す人々だ。

理髪店とコロンの「身だしなみと衛生」の精神を引き継ぐペンハリガンのメンズラインは、今尚その紳士が社会という戦地に臨むための、そしてそれらと関わって行くための香りとして生き続けているという事なのだろう。

 

そう考えると、貴族階級のスキャンダラス性をテーマにしたポートレートシリーズに対する新しい視点を得られて大層興味深い。

(これに関しては後ほど)

 

 

さて、冒頭のペンハリガンの色気の正体については今回はまだ謎のままでおこうと思っている。

現段階で「働く男性はセクシー」のような、これまた曖昧な結論に至るのは些かつまらない。

 また機会をもってペンハリガンについては考えてゆきたい。

 

 

 追記

下記の記事で続きを書いています。

ペンハリガンについて考える②(ザ ルースレス カウンテス ドロシア) - 日々の糧—香り日記—

 

www.penhaligons.jp

 

 

62.銀座で見付けた香水《ジャルダン ドゥ ポエット (オードイタリー)》

新橋にある企業に就職した。

大学院を出たらすぐに大学に勤めだした、一度も社会に出た事のない私が急に社会に馴染めるはずもなく、早々に風邪をひいて喉がカサカサになってしまった。

 

それはそうと、職場からは歩いて銀座に行ける。

これからはバーニーズニューヨークも、エストネーションも、三越も、東急プラザにも簡単に行けるのだ。

 

その日、仕事終わりに歩いて銀座に向かってみた。

しかし途中で道を間違え、通った事のない高級料亭が並ぶ通りに出てしまった。

艶やかな女性から香るパウダリーな香水の香りだったり、新店舗の花飾りの華やかな香り、美味しそうな何かを焼いている香りなどが、湿った道に沈むように濃く香っている。

 

場違いであることは分かっていながら、とにかく歩き続けていると、ふと見慣れない香水が店の前に並んでいる店を見つけた。

 それは店頭では見た記憶のないオード イタリーだった。

店員さん曰く現在日本では、オードイタリーはこの店でしか店舗販売していないらしい。

オードイタリーは、イタリアの高級ホテルのレ シレヌーセが発表した香水だ。

 イタリア香水というと、やはりベースに石のような硬質さがある先入観がある。
しかしこのオードイタリーについては、イタリアの長い長い歴史にインスパイアされていながら、それはあまり感じない。

あくまで今日の視点から歴史を眺めた、全体的にライトで現代的な香りが多かった。

 

 

その中で、やはりグリーンのジャルダンドゥポエットが気になったので所感をまとめた。

 

 

ジャルダン ドゥ ポエット(JARDIN DU POETE)

 →詩人の庭という意味だと教えてもらった通りのグリーン。ギリシャの植民地時代のシチリア島が舞台らしい。(詳しくはリンク参照)

トップからバジルが入っているらしく、その深みのある甘みとビターオレンジとグレープフルーツの苦味のある香りが相まって香りの粒は瑞々しくも、暗緑の葉の果樹を思わせる落ち着いた丸みを見せる。

時間が経つにつれ、葉に注視されていた香りは視界が開けるように周囲へと広がってゆく。ベースにあるサイプレスとベチバー、ムスクの植物の粒子感は周囲の土の香りを含んだやや湿潤で暖かい空気として下に敷かれ、ミドルのアンゼリカやヘリクリサムのどこかまったりとした深みのあるアロマティックな緑の香りは、徐々に肌を囲んで染み入り体温を感じさせるように香る。

このように徹頭徹尾グリーンが配置されている訳だが、前回取り上げたカシスアンフィーユに似ている木陰のような属性ながらも、こちらは花の存在が薄い。

 その香りはどちらかというと、足元に茂る臨場感のある草花というよりは、緑自体はある程度の距離を保って提示されているように感じた。

そうして柔らかく描かれる香りの表情は詩人の眼差しか、それとも詩人の言葉に向けられた草木の眼差しか。どちらにせよ、この香水は自らを取り巻く香り自体だけではなく、それらに囲まれ包み込まれて、その香りが染み込んだ自分自身とも対話する事になる。

シチリア島の明るく青い空と緑と詩人の思慮深いコントラストをイメージさせた。

ちなみにアンゼリカは「天使のハーブ」、ヘリクリサムは「不死」と呼ばれているらしい。ただしそこには大げささや楽園的だったり悦楽的なイメージは感じられず、ただ内省がある、というところも気に入った。 

 

 

 

 

この店は他にもブランド香水からパラッツォベッキオだったりフェラガモの高級な香水ラインまで、イタリア系の香水を扱う店のようで、とても興味深かった。

特にフェラガモのPUNTA ALA のサンアコードについては特に気になったので、再度聞いて所感をまとめたいと思っている。

 

この店にはまた寄ろうと思いながら通りに戻って四方八方に歩き続けると、ロオジエの前やリンツの前を通ったりした。

店の暖色のまばゆい光とは対照的に、行き交う人々は逆光で輪郭しか分からなかった。

 

 

 

 

 

eauditalie.com

 

 

 

こちらの方が日本語で説明がされ、購入も出来て親切。

rumors.jp

61.影《カシス アンフィーユ(ミラー ハリス) 他》

夏は鼻が疲れる。

暖かくなって香りが立ち上りやすくなったこともあるが、なにより、夏は人々の感情の香り立ち方もはっきりとし濃厚さを増してくるように思う。

 

とあることがきっかけで、その感情の香りの複雑さや閉塞感にうんざりしてしまったので、香水も新しい香りが欲しくなっていた。

 

確か、去年も同じことをぼやいていた気がする。

それを考えると、夏の香水欲のきっかけはなんでも良いのだと思う。

 

さて、そんなこんなで今回もまずは新宿伊勢丹を歩くことにした。

その中で、今回はミラーハリスの、カシス アンフィーユとエルメスの李氏の庭が候補に上がった。所感は以下。

 

 

 

カシス アンフィーユ(cassis en feuille)

→トップにベルガモット、ペア、カシス。ハートにゼラニウム、ローズ、ガルバナム、トマトリーフ。ベースにシダーとムスク。といった調香。

これだけを見ると、トップが明るくフルーティーに思えるが、私の肌ではハートのグリーンの方が全面に現れた。そのため、適度にみずみずしい果実の存在を大振りの葉が遮っているように、それらに陰影を与えることで立体的感を持たせている。夏の日の果実のなる木陰のような穏やかさを感じさせる。

ミドルにゼラニウムとローズという赤い花系の鼻に抜けるようなスパイシーのある配置が見られるのもこの香りを穏やかな透明感を保たせているのかもしれない。一方でガルバナムとトマトリーフはそれらのシャープさとは対照的に、グリーンのフレッシュさだけでなく、ふくよかで温かい香りとなってミドルまで揺れるように香る。それらの香りがトップよりも丸くなっているためか、私の肌ではカシスの香りが熟して行くようにより甘酸っぱく香った。

その香りはラスト以降にはさらに甘く穏やかになる。その一連の様子は、ある日見つけた大きな大樹の下で果実の成長を眺めているような気持ちになる。

 

  

 

李氏の庭(LE JARDIN DE MONSIEUR LI)

→東洋がテーマの香りは傾向的にはエルメッセンスの香りに似ている。トップから甘さが控えめで癖の無いグレープフルーツのような柑橘系の香りが香るが、スパイスの粒子の荒い香りも相まって、どこか香りの元から遠くの、川を隔てた場所にいるような距離感だと感じた。あまり調香の情報が見当たらないが、金柑やスモモ、苔、竹、ジャスミンなどが含まれているらしい。金柑というのは言われてみれば腑に落ちる。

ミドル以降からは柑橘系の香りの中に花の豊かな香りが遠くに揺らめき始めるのだが、私の肌ではジャスミンによくある強い主張は無い。あくまで庭を歩いている時にふわりと感じる程度だった。ラストまで柑橘系の酸味のある香りが主体に香った。

フレッシュな部類なものの、全体を通して低調で水墨のような淡さがある。ベースにムスクの他に竹、クールなスパイス、そしてモス系の香りが含まれており、それらが作り出した静かでパリッとした白色を思わせる大気の香りのベースに、薄墨のように金柑やジャスミンスモモらの香りがゆったりと幾重にも線を描いてゆくようなイメージだった。

静かな庭で五感を研ぎ澄ませて自然を感じるように香りも聞く必要があった。

エルメスに見られる透明な川のような筋も健在。

 

 

 

 

 

この二つに共通していたのは、聞いた途端に普通の時間軸とは違う時間を体験できる点だった。

だいたいの香水にもそんな魔術は潜んでいるのだが、その二つは特に影の使い方が印象的で、それは夏の火照った香りの渦やせわしない時間を忘れさせ、精神に広く静かで内省的な木陰のような時間を提供してくれた。

 

多分、私はすぐに物事にうんざりするし、すぐに木陰を探して入る癖があるのだと思う。

 木陰を纏って歩く新宿は、人々の間を縫うのが少しだけ楽だったような気がした。

 

 

 

 

 

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