polar night bird

香りの記録

76.聖なる血液《ドム ローザ/ベッロ ラベッロ(リキッド イマジネ)》

すでにもう街中に流れるクリスマスソングに飽きてきた。

クリスマスが来ると私の誕生日も同じくやってくるのだが、それについてももうどうでもいい事柄で、出来る限り静かに誰とも会わずに過ごしたいというのが今一番の願いだ。

 

 仕事終わりに通りがかった日比谷公園ではクリスマスマーケットが開催されていた。

 気まぐれに中に入ってみると、遠くから美味しそうな甘い香りがする。

それにつられて奥まで進むと、電飾で飾られたおもちゃみたいないくつもの店がグリューワインを出しており、ワインとシナモンなどのスパイスの香りに負けて少し高めのキンダープンシュを一杯購入した。

 

 冬の寒い空気に温かなスパイスの香りが滲みる。

ふと、その前日に試香した香水が丁度このような香りだったと思い出した。

伊勢丹にさり気なく陳列された、リキッドイマジネの血液を彷彿とさせる聖なるワインをテーマにしたラインナップのレ ソウ サンギーヌだった。

残念ながらラインナップ内のブラッディーウッドは試香できなかったのだが、ドム ローザとベッロ ラベッロは記憶に新しいので所感を残したい。

 

 

ドム ローザ(DOM ROSA)

シャンパンアコード、グレープフルーツ、ペア、ダークローズ、クローブ、インセンス、ウッディーアコード、シダーウッド などの調香。

シャンパンアコードの通り、トップからシャンパンの軽快な香りとペア、グレープフルーツの青みがかった果実の香りが混ざり合い、そのきめ細かい気泡のように立ち上がってくる。瑞々しすぎず、肌からやや浮いた角のなだらかな香り方は、やはり良い香料を使っているのだと分かる。調香に表記はされていないが、説明通り終始ブドウやフランボワーズのような果汁感があるが、果実そのものと言うよりは、甘口のカクテルのような、スパークリングの中に浮いている果実を眺めているような澄んだ軽さが食前酒の様に心地よい。

一概に軽く明るい香水というわけではなく、ミドルあたりからアルコール由来の熟した甘さと揺れるような温かさが増してゆく。ペアの香りはトップの華やかな弾け方から徐々に丸くなってゆき、青みのある爽やかさは健在ながら、サングリアが作られる様にシャンパンの描く流れに一体化してゆくように落ち着いて行く。

ここの時点で、ようやくローズの香りにフォーカスできた。銘にも入っているふくよかな香りの落ち着いたダークローズは、私の肌では最前面には現れなかった。トップの気泡の自由さに流されず、アルコールの広がる温かさを乗せてその蜜めいた滑らかな質感の香りで常に香り全体を血流として流れている印象を受ける。トップの名残とその動きの対比がある種の印影と感じられた。

ラストまでアルコールを感じる香りは続く。ただ、トップのペアやフルーツの外に広がる粒子はすっかりローズと酒の中に溶け込んでいる。やや重みを増したシャンパンの香りは、ゆっくりとした速度でなおも動き続けている印象を受けた。

ボトルから見える赤の通り、複雑でどこか陰のある赤色のイメージ。

癖が無いので華やかな場所にも一人で落ち着きたい時にも幅広く使える香りだと思う。

 

 

 

ベッロ ラベッロ(Bello Rabelo)

 →調香はポートワイン、ドライフルーツ、イモーテル、サンダルウッド、バニリン

と表記されている。こちらはドムローザと対照的に下に沈むようなワインの濃厚な香りで始まる。そこにはサングリアの様にドライフルーツが浸っているようなイメージで、杏のような酸味のある熟した甘い香りが溶け込んでおり、その温度に安らぎを感じる。丁度こってりと温かいグリューワインのような深い赤を彷彿とさせ、香り立ちも各々が軽快に転がるというよりは全体が鍋の中でゆっくりと混ざり合うような動き方で、吸い込んだ時も粘度のある不透明な液体が流れ込むような重みがある。イモーテルの濃厚で独特の癖のある香りにシスタス、バルサムやサンダルウッドといったレジンとウッド系の香りは、トップ~ミドルの始まり辺りまではワインに入ったシナモンなどのスパイスのようなちらつきをもって香る。

そこにバニラではなく敢えてなのかバニリンが含まれているという表記は面白いと感じた。確かに、ここでのバニリンの位置付けは個として主張する香りではなく、ミドルではバルサムやイモーテルと合わさり、どこかアンバーを思い出させる香りがメープルシロップのような甘さと質量を醸し出していた。その中でもともと蜂蜜めいたイモーテルの香りは、それ故なのか薬草的な側面が比較的大きく表れている。

全体を思い返すとベース部分が器のように上層の香りを受け止めている構成に感じた。ミドル以降はそれらのウッドがトップのスパイスとはまた違った、ワインを充分に含んだ木の温かみを見せ始める。ワインの香りは健在だが、樹脂のゆっくりと練られて熟成させたような香りへと凝縮されていった。

 大航海時代ポルトガルのラベロ船をテーマにしている香り。勇敢さや冒険そのものというよりは、その数々を経験した先の、昔の伝説と古傷に包まれた穏やかな老兵の船の血液をイメージ出来た。

 

 

 

血液とワインというどうしても官能性やエモーショナルなアプローチに留まってしまいやすいテーマであるはずなのに、この2品に関してはどこか孤独で内省的なイメージを持てる。

HPの解説にも自己の内面に向き合う旅、また、香りの魔法にかけられるのは、信仰心をまとうような感覚だとも書いてあった。後程他の香りも試してみたいと思う。

 

 

 

温かなキンダープンシュを持ちながら、気付いたら東京駅まで歩いていた。

聖なるワインの香りはそれの温かさと共に血液のように冷え切った全身に行き渡る。

私も寒さや温かさを感じる生身の人間なのだとささやかに思い出させてくれた。

 

 

 

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