手袋を買うのも好きだが、冬の寒空の下、敢えて手袋をしないで外を歩くのも好きだ。今年の冬もそんな楽しみが出来る時期が訪れた。
暖かくても出来ないし、寒すぎても辛いだけになってしまう。
微妙な移り変わりの中での一瞬の楽しみだ。
先日、 久々にNeWoManに行った。行く用事など無いのにいつもふらつきたいと思えるのは不思議だ。
その日も冷やした手をすり合わせながら屋内に飛び込んだ。
特にウィンドウショッピングもせずにうろついて、帰り際にNOSESHOPを覗くとエイト&ボブのポップアップのエリアが出来ていた。
エイト&ボブと言うと、
コンランショップでたまに売っている気がする
という程度のぼんやりとした印象しかなかったので、まとめて試香出来る機会に恵まれて嬉しかった。
また、毎回購入しない私にも親切に接客してくれる店員さんには本当に感謝と申し訳無さがある。
エイト&ボブは創始者の生きた1930年代がモチーフになっているものが多い。創始者の出自と併せて貴族的な優雅さと飾りすぎる必要のない余裕を感じられる。
ナチスの手を逃れるために本の中に隠されていたというのも何ともお洒落なエピソードだ。
今回はその中でカップ ダンティーブについて記録を残したいと思う。
所感は以下。
カップ ダンティーブ(CAP D'ANTIBES)
→1930年代の、富裕層が夏を過ごすアンティーブの村での朝のセイリング、夜のパーティーなどがイメージされている。
ミント、バイオレットリーフ、バーチリーフ、モス、シナモン、シダーウッド、バニラ、インセンスなどの調香。トップはミントとバイオレットリーフ、バーチリーフ、いくつかのグリーンノートで始まる。やはりミントが入っているからか、グリーン由来の仄かな甘さが爽やかに香る。ミントはしばしばこのように葉の清涼感と合わせて緑の甘みの部分も引き立って香り、時間が経つにつれて冷たさは薄れてゆく印象があったのだが、ここでのミントはトップ以降、清涼感の方に比重を置き始める。トップのバーチリーフも鼻に抜ける香りだが、それも相まってなのだろうか。私の肌では大きく広がり主張しがちなラストのバニラも、ミントに冷やされて霜のようなシャープな輪郭で現れる。ミントとは対照的なシナモンも、従来の内側から暖かくやや癖のあるそれというよりは現れ方はウッドや漢方に近く、温度よりもチリチリと点在する粒の鋭利さの側面が強調されて感じた。
このミドルの清涼感の加速は、香水の中でも珍しい部類なのではないかと思った(同じくNOSESHOPでお目にかかれるマドエレンのミントが使われたスピリチュエルと比較してみると面白かった)。やはりモスがフラットな空間を作り出していることもあるが、この突き抜けたクールさの奥ではバニラとグリーンの香りが混ざり合い、マリンノートのように香るのも分かった。その部分は店員さんが「スイカのよう」と形容していたが、確かに、ここでのマリンは海ではなくミントの透明な水面の奥に瓜の香りのように丸く香っている。
ラストに向かうに従って、ゆっくりとした調子で全体を巻き込んでゆくインセンスと混ざり合う苦みのあるシダーウッドに、仄かにトップのバーチリーフの気配が沁みるように残る。甘いフレッシュさというよりはグリーンの調子は暗緑然とした深まりを見せるため、ややメンズ寄りに思うかもしれない。しかしそれらのうちどれかが変に主張することも無い。煙が地面に落ちる様に沈着して行く終わり方は、テーマに絡めて思えばパーティーが最高に盛り上がりを見せる中、こっそりと外に出て喧噪を背にして感じる静かな夜の気配をイメージ出来た。
変化は華やかながら内省的でもある。
テーマも調香も夏だが、これを敢えて冬に、素肌から香らせてみるのも粋なのではないだろうか。
ミントの入ったカップ ダンティーブは、肌に乗せている部分がひんやりとして感じられ、それはちょうどその日の空気の冷たさに似ていた。
この記事を書いているうちに12月に入った。
12月の朝は殊の外寒いが、東京の乾いた寒さを楽しむにはちょうど良い。
手を冷やした後は誰かと手を繋いで温めるのが良いのだろうが、 生憎私は今年も新しい手袋を準備してしまったのだった。