日々の糧—香り日記—

日々出会った香水について記してゆく日記。

77.帰る場所《アントニア(ピュアディスタンス)》

早いものでもうクリスマスが去った。

どことなく空いている電車やあわただしい空気感が独特の年末感を感じさせる。

 

今年の香り納めはどうしようかと考えている中、ピュアディスタンスを本格的に試香する機会に恵まれた。

(ピュアディスタンスについては末尾のURLを是非見ていただきたい。)

それは前々から愛読していたブログで知ったイベントだったのだが、実はクラシカルコアなニッチ香水の試香はあまり経験が無く、当日の夜まで不安半分好奇心半分という状況だった。

そんな不安定な愛で飛び込みで伺ったそのファンミーティングで温かく迎えてもらったことは12月の嬉しい思い出のひとつだ。和やかな雰囲気の中で、たくさんの知見を得た。

ピュアディスタンスは本当に滅多に見られない硬派なクラシカルな香水ブランドだった。クラシカル・ヴィンテージ香水愛好家にはたまらないだろうと思う。香水が気になりだしたころに通販サイトで一本サンプルを取り寄せて「大人の香りである」と感じた記憶があったが、今全種類試香するとその本気さがよく分かった。

私はその中ではMとアントニアが印象に残った。

今回はアントニアについて所感を残そうと思う。

 

 

 

アントニア(ANTONIA)

→私の肌に乗せるとトップから直線的なローズエッセンスの香りを始めとした石鹸のようなパウダリーで固形物の硬さと重さのある清潔な香りが展開してゆくのだが、トップのアイビーグリーンのせいだろうか、それは完全に固まっているというわけではなく、程よくしっとりした水気を感じた。それはちょうど湿った布をピンと張ったような張りと線ではなく面としての質量があり、その布地が前面に広がったその奥から人の温かみを彷彿とさせるジャスミンやイランイランの花の青さと熟した甘さの気配が伝わってくるような印象を受ける。しかし、その布の奥は透ける事は無く、その人がどんな表情をしているのかは定かではない。

ミドルに差し掛かり、トップの湿気が徐々に抜けてくると布地のテクスチャに目が行き始める。時間が経つにつれてイリスとイランイランのパウダリーさが増してきたからなのだが、イリス特有のあの内に丸まるような滑らかな甘さはあまり無く、重さも不思議と無い。その中盤の強度のあるパウダリーさはある種の繊維の網目を彷彿とさせた。パウダリーな花の香りの粒がまんべんなく、それでいてしっかりと積まれて広がっているキャンバス地のような丈夫で厚い質感は、トップからの緊張感を失っていない。それと同時にベチバーのような仄かな苦みがぴったりと肌に張り付く。布地めいた硬さは必ずしも自分とその先との断絶ではなく、むしろその繊維の揺れを通してその奥のまったりとした体温と表情を探ってゆく興奮感を覚えた。

ラストになると、パウダリーな粒子の密度は増してゆき、布は完全に乾く。その先の気配は完全に読めなくなっている。しかし今まで布越しに感じ探っていた温かさがすぐそばにある事が分かる。そのトップにはない温かさは、己の体温なのか、布の先にいた人物の体温なのか、はたまた布の温度なのかは分からない。今度はその張られていた布にくるまれて穏やかでささやかな達成感に包まれるラスト以降の底は、バニラやガルバナムが布とはまた違った優しい弾力のある粒子感を持って深いところまで道を作っている。その様子は、今まで求め探っていた者が目を細めて微笑むような心地がした。

再三使った「布」という表現は、「皮膚」とも言い換えることが可能かもしれない。しかし、身体レベルではなく、さらに大きなスケール(大仰で壮大という事ではない)で包まれるラストの安心感を考えれば私の鼻ではやはり「布」なのだ。

この香水が強く優しい社長の母君をモデルにしたというエピソードは頷ける。銘も調香も女性を彷彿とさせるのはもちろんだが、香りの構成自体も私の鼻が探ることを受け止める包容力がとても大きいと感じた。

 

 

  全種類通して、個性的ながら流行や時代を超えたピュアディスタンスの香りは、母のように広く深かった。

赤子のように嗅覚体験を享受させてくれるこの安心感は、やはり有難い香水体験だと思った。

 

 

 

孤独は好きだが、そうであっても年末は内省的なあるいは恋しさに似た気持ちになる。

2017年の香水の振り返りをしていると、ふと

最後に帰る場所として愛す香水があるのもまた素敵なことなのかもしれない。

と遊び人の末路のようなことを考えている自分に少し驚いた。

 

 

 

www.puredistancejapan.com

76.聖なる血液《ドム ローザ/ベッロ ラベッロ(リキッド イマジネ)》

すでにもう街中に流れるクリスマスソングに飽きてきた。

クリスマスが来ると私の誕生日も同じくやってくるのだが、それについてももうどうでもいい事柄で、出来る限り静かに誰とも会わずに過ごしたいというのが今一番の願いだ。

 

 仕事終わりに通りがかった日比谷公園ではクリスマスマーケットが開催されていた。

 気まぐれに中に入ってみると、遠くから美味しそうな甘い香りがする。

それにつられて奥まで進むと、電飾で飾られたおもちゃみたいないくつもの店がグリューワインを出しており、ワインとシナモンなどのスパイスの香りに負けて少し高めのキンダープンシュを一杯購入した。

 

 冬の寒い空気に温かなスパイスの香りが滲みる。

ふと、その前日に試香した香水が丁度このような香りだったと思い出した。

伊勢丹にさり気なく陳列された、リキッドイマジネの血液を彷彿とさせる聖なるワインをテーマにしたラインナップのレ ソウ サンギーヌだった。

残念ながらラインナップ内のブラッディーウッドは試香できなかったのだが、ドム ローザとベッロ ラベッロは記憶に新しいので所感を残したい。

 

 

ドム ローザ(DOM ROSA)

シャンパンアコード、グレープフルーツ、ペア、ダークローズ、クローブ、インセンス、ウッディーアコード、シダーウッド などの調香。

シャンパンアコードの通り、トップからシャンパンの軽快な香りとペア、グレープフルーツの青みがかった果実の香りが混ざり合い、そのきめ細かい気泡のように立ち上がってくる。瑞々しすぎず、肌からやや浮いた角のなだらかな香り方は、やはり良い香料を使っているのだと分かる。調香に表記はされていないが、説明通り終始ブドウやフランボワーズのような果汁感があるが、果実そのものと言うよりは、甘口のカクテルのような、スパークリングの中に浮いている果実を眺めているような澄んだ軽さが食前酒の様に心地よい。

一概に軽く明るい香水というわけではなく、ミドルあたりからアルコール由来の熟した甘さと揺れるような温かさが増してゆく。ペアの香りはトップの華やかな弾け方から徐々に丸くなってゆき、青みのある爽やかさは健在ながら、サングリアが作られる様にシャンパンの描く流れに一体化してゆくように落ち着いて行く。

ここの時点で、ようやくローズの香りにフォーカスできた。銘にも入っているふくよかな香りの落ち着いたダークローズは、私の肌では最前面には現れなかった。トップの気泡の自由さに流されず、アルコールの広がる温かさを乗せてその蜜めいた滑らかな質感の香りで常に香り全体を血流として流れている印象を受ける。トップの名残とその動きの対比がある種の印影と感じられた。

ラストまでアルコールを感じる香りは続く。ただ、トップのペアやフルーツの外に広がる粒子はすっかりローズと酒の中に溶け込んでいる。やや重みを増したシャンパンの香りは、ゆっくりとした速度でなおも動き続けている印象を受けた。

ボトルから見える赤の通り、複雑でどこか陰のある赤色のイメージ。

癖が無いので華やかな場所にも一人で落ち着きたい時にも幅広く使える香りだと思う。

 

 

 

ベッロ ラベッロ(Bello Rabelo)

 →調香はポートワイン、ドライフルーツ、イモーテル、サンダルウッド、バニリン

と表記されている。こちらはドムローザと対照的に下に沈むようなワインの濃厚な香りで始まる。そこにはサングリアの様にドライフルーツが浸っているようなイメージで、杏のような酸味のある熟した甘い香りが溶け込んでおり、その温度に安らぎを感じる。丁度こってりと温かいグリューワインのような深い赤を彷彿とさせ、香り立ちも各々が軽快に転がるというよりは全体が鍋の中でゆっくりと混ざり合うような動き方で、吸い込んだ時も粘度のある不透明な液体が流れ込むような重みがある。イモーテルの濃厚で独特の癖のある香りにシスタス、バルサムやサンダルウッドといったレジンとウッド系の香りは、トップ~ミドルの始まり辺りまではワインに入ったシナモンなどのスパイスのようなちらつきをもって香る。

そこにバニラではなく敢えてなのかバニリンが含まれているという表記は面白いと感じた。確かに、ここでのバニリンの位置付けは個として主張する香りではなく、ミドルではバルサムやイモーテルと合わさり、どこかアンバーを思い出させる香りがメープルシロップのような甘さと質量を醸し出していた。その中でもともと蜂蜜めいたイモーテルの香りは、それ故なのか薬草的な側面が比較的大きく表れている。

全体を思い返すとベース部分が器のように上層の香りを受け止めている構成に感じた。ミドル以降はそれらのウッドがトップのスパイスとはまた違った、ワインを充分に含んだ木の温かみを見せ始める。ワインの香りは健在だが、樹脂のゆっくりと練られて熟成させたような香りへと凝縮されていった。

 大航海時代ポルトガルのラベロ船をテーマにしている香り。勇敢さや冒険そのものというよりは、その数々を経験した先の、昔の伝説と古傷に包まれた穏やかな老兵の船の血液をイメージ出来た。

 

 

 

血液とワインというどうしても官能性やエモーショナルなアプローチに留まってしまいやすいテーマであるはずなのに、この2品に関してはどこか孤独で内省的なイメージを持てる。

HPの解説にも自己の内面に向き合う旅、また、香りの魔法にかけられるのは、信仰心をまとうような感覚だとも書いてあった。後程他の香りも試してみたいと思う。

 

 

 

温かなキンダープンシュを持ちながら、気付いたら東京駅まで歩いていた。

聖なるワインの香りはそれの温かさと共に血液のように冷え切った全身に行き渡る。

私も寒さや温かさを感じる生身の人間なのだとささやかに思い出させてくれた。

 

 

 

LIQUIDES IMAGINAIRES - Heroomtage

75.冬とミント《カップ ダンティーブ(エイト&ボブ)》

手袋を買うのも好きだが、冬の寒空の下、敢えて手袋をしないで外を歩くのも好きだ。今年の冬もそんな楽しみが出来る時期が訪れた。

暖かくても出来ないし、寒すぎても辛いだけになってしまう。

微妙な移り変わりの中での一瞬の楽しみだ。

 

先日、 久々にNeWoManに行った。行く用事など無いのにいつもふらつきたいと思えるのは不思議だ。

その日も冷やした手をすり合わせながら屋内に飛び込んだ。

特にウィンドウショッピングもせずにうろついて、帰り際にNOSESHOPを覗くとエイト&ボブのポップアップのエリアが出来ていた。

エイト&ボブと言うと、

コンランショップでたまに売っている気がする

という程度のぼんやりとした印象しかなかったので、まとめて試香出来る機会に恵まれて嬉しかった。

また、毎回購入しない私にも親切に接客してくれる店員さんには本当に感謝と申し訳無さがある。

 

 エイト&ボブは創始者の生きた1930年代がモチーフになっているものが多い。創始者の出自と併せて貴族的な優雅さと飾りすぎる必要のない余裕を感じられる。

ナチスの手を逃れるために本の中に隠されていたというのも何ともお洒落なエピソードだ。

今回はその中でカップ ダンティーブについて記録を残したいと思う。

所感は以下。

 

カップ ダンティーブ(CAP D'ANTIBES)

→1930年代の、富裕層が夏を過ごすアンティーブの村での朝のセイリング、夜のパーティーなどがイメージされている。

ミント、バイオレットリーフ、バーチリーフ、モス、シナモン、シダーウッド、バニラ、インセンスなどの調香。トップはミントとバイオレットリーフ、バーチリーフ、いくつかのグリーンノートで始まる。やはりミントが入っているからか、グリーン由来の仄かな甘さが爽やかに香る。ミントはしばしばこのように葉の清涼感と合わせて緑の甘みの部分も引き立って香り、時間が経つにつれて冷たさは薄れてゆく印象があったのだが、ここでのミントはトップ以降、清涼感の方に比重を置き始める。トップのバーチリーフも鼻に抜ける香りだが、それも相まってなのだろうか。私の肌では大きく広がり主張しがちなラストのバニラも、ミントに冷やされて霜のようなシャープな輪郭で現れる。ミントとは対照的なシナモンも、従来の内側から暖かくやや癖のあるそれというよりは現れ方はウッドや漢方に近く、温度よりもチリチリと点在する粒の鋭利さの側面が強調されて感じた。

このミドルの清涼感の加速は、香水の中でも珍しい部類なのではないかと思った(同じくNOSESHOPでお目にかかれるマドエレンのミントが使われたスピリチュエルと比較してみると面白かった)。やはりモスがフラットな空間を作り出していることもあるが、この突き抜けたクールさの奥ではバニラとグリーンの香りが混ざり合い、マリンノートのように香るのも分かった。その部分は店員さんが「スイカのよう」と形容していたが、確かに、ここでのマリンは海ではなくミントの透明な水面の奥に瓜の香りのように丸く香っている。

ラストに向かうに従って、ゆっくりとした調子で全体を巻き込んでゆくインセンスと混ざり合う苦みのあるシダーウッドに、仄かにトップのバーチリーフの気配が沁みるように残る。甘いフレッシュさというよりはグリーンの調子は暗緑然とした深まりを見せるため、ややメンズ寄りに思うかもしれない。しかしそれらのうちどれかが変に主張することも無い。煙が地面に落ちる様に沈着して行く終わり方は、テーマに絡めて思えばパーティーが最高に盛り上がりを見せる中、こっそりと外に出て喧噪を背にして感じる静かな夜の気配をイメージ出来た。

変化は華やかながら内省的でもある。

 テーマも調香も夏だが、これを敢えて冬に、素肌から香らせてみるのも粋なのではないだろうか。

 

 

 

 ミントの入ったカップ ダンティーブは、肌に乗せている部分がひんやりとして感じられ、それはちょうどその日の空気の冷たさに似ていた。

 

 

この記事を書いているうちに12月に入った。

12月の朝は殊の外寒いが、東京の乾いた寒さを楽しむにはちょうど良い。

 

手を冷やした後は誰かと手を繋いで温めるのが良いのだろうが、 生憎私は今年も新しい手袋を準備してしまったのだった。

 

 

 

 

 

eightandbob.jp

74.反射《1/.2(イストワール ドゥ パルファン)》

前回の記事を書いた後、ウンハイムリッヒを購入した。外に拡散すると言うより肌に染み込み密かに香る様が心地良く、外に出る際は毎日纏っている。

穏やかな日々を過ごしていた。

 

もう外はコートの季節だ。毎年コートを着る際は、肌に乗せているものとは違う香りを内側に吹きかけている。

今年は素肌にはウンハイムリッヒとして、外には何を纏おうか。冬はそれをテーマにして香水探検をして行こうと思っている。

 

さて、休みの日に久々に丸の内を訪れた。

丸の内といえばコンランショップの香水コーナーで、この日も一番にそこに向った。 

すると、イストワール ドゥ パルファンの鮮やかなブルーのボトルが目に入った。

そのThis is not a blue botteleシリーズは、以前のパリ旅行の際に イストワール ドゥ パルファンの店舗で見かけていた。ギャラリー然としたシンプルな白い店内でそのマットな色合いが映えていたのを思い出す。日本に来るかどうか分からないと思っていたシリーズだったので、再会出来てなんとも嬉しくなった。

ちなみにシリーズ名はルネ・マグリットの「これはパイプではない」の引用となっているのだが、このあたりの領域は話すと長くなるので触れないでおこうと思う。

 そのThis is not a blue botteleシリーズは感情の抽象化がテーマの1/.1、プリズムがテーマの1/.2、エネルギーの炎のリングがテーマの1/.3と3本が展開されているのだが、今回は1/.2について所感を残すことにする。

 

1/.2

→トップはアイビー、ピンクペッパー。ミドルはスズラン、ライラック、イランイラン。ベースがサンダルウッド、バニラ、ホワイトムスクとなっている。

爆発とプリズムがテーマらしい。調香の通り基本はクリーミーで甘い香りなのだが、ムエットで感じたその奥に走るアーモンドのような香ばしさのあるドライな調子が心に留まって試香をした。

肌に乗せると、まずはトップのアイビーの淡い瑞々しさと仄かなミドルの花々の香りが水気を帯びた質感で肌に広がる。ピンクペッパーを使うのは今の流行りなのか、そのおかげてトップにふさわしい軽さと引き締まり方をしている。その間もなく、イランイランの香りが奥から湧いてくる。そのあたりから、スズランやライラックの香りの輪郭が見えてくるのだが、それらは実は爆発のような拡散をしているわけではなく、残像を伴って香るような、彗星の尾のような線を描いて辺りを旋回しているように思えた。爆発というと、先に言ったようにドライな粒子感のあるイメージを持っていたので、まずこの質感を覚えたのは新鮮だった。

イランイランは初めは生花寄りのような立体的な香りで現れるが、追従する他の花々の香りや奥に控えるバニラと徐々に円状に混ざり合い、グルマンとも思えるフルーツめいたややパウダリーな甘い香りへと変化する。スズランの緑寄りの甘さ、ライラックのきめの細かいパステルカラーの甘さもまた残像を残すように伸びの良い滑らかな運動をもった香り方をするのだが、それと同時にプリズムのように各々の運動の軌道の交差点が粒状に明るみに出て香り立つ印象だった。このように、香りはマイペースに個々の運動を行っており、その残像の交点も常に変化し、同時にいくつかを認識出来る。だから微細な変化が面白く、また独特のスピードと浮遊感にも繋がっていると思った。

ラストは浮遊感はそのままに、バニラとサンダルウッドが浮遊していた花々の香りを抱きとめるように残る。このバニラとサンダルウッドはトップからミドルまではスズランやライラック、イランイランの郡と比べて沈着に、直線的かつなだらかに走っている印象で、甘い香りにしては浮遊感のあるこの香りにある種の安定感を作っているように感じられた。この時改めて、ムエットで感じた香ばしさは、ウッディではあるが普段それほど香ばしさを想起させないだろうサンダルウッドが他の香りと反射し合って生まれた一つの結果だったのだと改めて気付いた。

そう考えると、ボトルのペンキの飛び散り方は香りの構成にリンクしているように感じる。しかし、香り自体はこのように原色のカラフルさというよりは乳白色のピンク色のようなイメージを覚えた。

適度にポップなので、纏ったときは一日中街に繰り出したい香りだった。 外套としての香水にも適していると思った。

 

 

 

他の2本もムエットに吹きかけて、満足して店を後にした。

エスカレーター乗り場から、一階にある色とりどりに変わるツリーを象ったクリスマスのディスプレイが見えた。その近くは撮影にいそしむカップルで賑わっている。

それを眺めていたら、なんだかそのきらめきを邪魔してしまうような気がして、コートに一吹きした1/.2と一緒にどこに着くのか分からない上りのエスカレーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

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73.不気味な香り《ウンハイムリッヒ(ウィーナーブルート)》

週末に少し恋愛ごっこのようなデートの真似事をした。

休日の夜の霞ヶ関は世界の終わる前の様に静かで、今思い出すと夢だったのではないかと思える。

別に何があった訳ではない。しかし初心な私は、次の日になってもその記憶をあっさりと夢にしてしまうこともできなかった。

その時の、2人で無理して飲んだ甘い酒気の混ざった吐息、それに私のティンタ ロハが混ざり合った香り、手の温かさ、肌の温もりを奥に感じる服の布地の質感と香りが忘れられず、感傷に浸りながらラムが入った香りの所感でもポエティックに書き記してみようかと伊勢丹付近をさまよっていた。

 

しかし、自己憐憫に酔う暇はなかった。

二日酔いにも似た塞いだ気分で伊勢丹メンズ館に入ると、見たことのないボトルが目に入った。

夏頃に入ったWienerBlut (ウィーナーブルート)というオーストリアのブランドだそうだった。

 その中でウンハイムリッヒという銘の香水を試したのだが、だらしなく緩んだ脳みそに一撃を食らわされたような気分になった。

最初の印象は「意味が分からない」だった。複雑ながら、そのテクスチャが全く掴めないまま滑らかに鼻の奥へと進まれるのだ。

 

強度のある現実の体験によって完全に酔いから冷めた私は、とりあえず伊勢丹の外のベンチに腰掛けて深呼吸をし、暫く目覚めた直後のようにぼんやりした後以下の所感を残すことにした。

 

 

ウンハイムリッヒ( UNHEIMLICH )

 →フロイトのエッセイにおける「不気味なもの」に着想を得ている。

まず調香を見ると、

トップがカルダモン、ピンクペッパー、アルデヒド

ミドルがカカオ、コスタス、ラベンダー、ジャスミン、アイリス、クミン、ワイルドレザー。

ベースがオポポナックス、アンバーグリス、ベチバー、バーチタール。

となっている。

肌に乗せた直後はカルダモンのフレッシュさに乗って一瞬全ての香りが前面に出るような複雑な香りが滑らかな動線で距離を詰めてくる。しかしすぐにトップのアルデヒドなのか、人肌のような香りが自分の肌と定着してそれらを隠してしまった。

これはワイルドレザーなのだろうか、スモーキーな、それでいて澄んだ水蒸気のような粒子感の香りがその肌の膜から沸き立ってくる。それらは誰かの気配のような体温を持っており、透明感があるにも関わらず殊の外厚い。その皮膚の奥で香りが確かに動いているのを感じられる。そこから間もなくミドルの花の滑らかな甘さを認識できるようになる。しかしその現れ方も不思議で、ふとした瞬間に、閉ざされた幕の間からさりげなく差し出されるようにカカオの層の厚い甘み、ラベンダーの乳白色めいた香りや、コスタスやジャスミンの瑞々しく甘酸っぱい様、樹脂や動物的なツンとした凝縮感が鼻に残る香りだったりなどが染み出すような流れで鼻に入ってくるものの、同時に常にそれらの質感のニュアンスだけがランダムに膜越しに伝わってくる何とも言えない感覚がある。それは時に組み合わせの異様さや、認識の失敗を引き起こす。 

ラストに向かう終盤はそれまで密着していた膜が肌から浮いてくる様に感じた。ベチバーとバーチタールが前面に、白くパウダリーで横に引かれた直線のようなとてもフラットな印象。トップからラスト直前までの、底の見えない複雑な構成はついぞ底を見ることなく、幻のように思えた。

フロイトの「不気味なもの」では、親しみのあるものが抑圧される(隠される)過程を経て返ってきた時に不気味なものになると書いてあるらしい。私はフロイトについては全く知らないが、確かにこの香水はその一文を忠実に物語っている。調香を見ても、割合一般的な名前が並ぶものの、先に話したようにそれらの全貌や繋がりをはっきりと認識することはできない。だが、その隠された香りの凹凸を手探り(ここでは鼻探りだろうか)でなぞり触れてゆくとこは何と気持ち悪く快感なのだろう。と感動してしまった。

 

 

夢から覚めた週明けの昼時、平日の霞ヶ関に行くと人で賑わっていた。

人が忙しなく往き交いランチの香りが幾重にも流れる地下のフードコートは、何の感傷も既視感もない、明らかに初めて来た場所の印象だった。

 しかし確かに何日か前にそこを歩いたのも事実で、確かに私たちが座った席も存在しているのだ。

 

彼の顔はもう思い出せなくなってきているが、着ていたコートに付いた残り香は、今でも仄かに立ち上る。

きっと私はこれからも不気味なものたちを求め続け、彼らも私の友達なのだ。

 

 

 

UNHEIMLICH – THE LIMITED BLACK EDITION- - doinel/ドワネル

72.サロ ンド パルファン2017 《ノックス(アンジェラ チャンパーニャ)》

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 久々の更新になってしまった。

最近体調のせいなのか、香りに不快感を抱くようになってしまい、しばらく香りもの全般から距離を置いていた。

 

そんな時に、今年のサロン ド パルファンでアンジェラ チャンパーニャが出展するという情報を見たのだった。

アンジェラチャンパーニャは私の大好きなブランドの一つだ。アーエルの静謐さと霧の描写ほど感動した嗅覚体験は多くない。

その朗報にかつての香りへの愛を思い描き、何とか自分を鼓舞して有休を使って昼間の伊勢丹へと赴いた。

 

伊勢丹の催事場は、平日ながら賑わっていた。

他の所感についてはまた後日別でまとめるとして、私の一番の関心はやはりアンジェラチャンパーニャであった。

今回はその中で、ノックスについて所感をまとめようと思う。

 

 

ノックス(NOX)

→秋の夜に、アドリア海から拭く潮風がアトリの丘の草地を超えて町の路地に吹き込む様子を表現している。

トップからヒノキの清浄な香りが感じられるが、トップの調香を見ると、ベルガモット、スズラン、シクラメン、イランイラン、アカシア となっている。文字で見ると甘めな香りが多いと感じるが、それらは花の表現と言うよりは仄かな甘みを称えた草花の香りとして下の方に穏やかに漂っている。ウッドの香りに並走しているセージの鼻に抜けるハーブの香りが、それらの緑の側面を総括しているので変に浮きたつことがない。肌に広がった香りの中からヒノキの香りに注目することで、その延長線でグリーンの実感を草原が風に波立つ様に認識できる風のような流れを感じた。

ミドル部分にそのセージ、ヒノキ、ピンクペッパー、ソルトが配置されているのだが、それらのシャープさが速度を持って香るため、秋の夜風のような甘さの無い爽やかさを感じられるのだろう。時間が経つに従って、このヒノキのドライな木材感に水を注いで満たすように、仄かなマリンの香りとトップからその潮風に混ざり込んだ草木の露の香りが湿気と共に混ざり始める。トップからのシャープなスピード感は丸みを帯び、ふくよかな質感をもって穏やかに通り過ぎるようになった。ラストはシダー、パチュリ、バニラ、ホワイトムスク。アンジェラチャンパーニャの香りの中では、カーナトにも途中マリンのような水気を感じるが、こちらはラストに石畳のような硬質さはあまり感じられないので、香りを追っても内に籠るというよりは終始野外の開けた空間を思わせる。トップからミドルにかけて吹き込んだ風は、ラストではシダーの幾分か落ち着いたウッドと沈着で土気のあるパチュリが着地点として用意されており、その地面に染み入るように速度を落とす。ウッドの調子は最後まで残るものの、それが運ぶ香りは終わりになると明らかに変化しているのを改めて感じられる。

アトリの四季はもちろん日本とは違うのだろうが、この秋の風の静かな香りは、日本の冬の乾いた空気を内包したそれとも近いように感じた。あくまで立ち位置は町の中に吹き込んできた風への眼差しなのだが、潮風の記憶のようなものも同時に感じられるのは不思議な体験だった。

 

 

 

 

トークイベントに登壇していたアンジェラ氏にイベント後にアーエルの香りが大好きだと言うと、気さくに喜んでくれた。

私はイタリア語は分からないが、言葉の柔らかさや雰囲気からは優しさに溢れた人のように思えた。

 

 アンジェラ チャンパーニャの香りからは、イタリアの中世から積み重ねてきた壮大で堅固な歴史とそれに根差した文化だけでなく、その地でその歴史と共に生きる現在進行形の生活への愛も感じられる。

通りを歩いている時に感じる香り、ふとしたノスタルジーの中で思い出す香り、通りすがりの女性の良い香り、夜風の中の草の香り。そうしたささやかな一瞬も、生きる幸せを感じるには充分な体験となりうるのだと改めて思い出させてくれる。

その点が、私がアンジェラチャンパーニャを愛してやまない理由の一つでもある。

 

 今日は台風一過の青空の下でお弁当を食べた。

大きな祭りが去り、再びいつも通りの小さな営みが帰ってきたときの、この自由で寂しげな空気がたまらなく愛おしく感じた。

 

 

 

 

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71.アゴニストの冬(ソラリス/ブルーノース)

と春や夏よりも、秋の終わりから冬にかけての季節に心惹かれる部分がある。

 今は夏から秋への変わりどきで、そろそろ気に入りの秋冬用の香水に変えようかどうしようかと思案していた。

 

そんな中、NOSE SHOPにアゴニストが入荷されたのをその2日後に知った。

アゴニストはバレードやSTORA SKUGGANと同じスウェーデン発の香水だ。STORA SKUGGANを調べていた際に見かけ、その北欧的なモダンなデザインに常々日本に来るべきブランドだと思っていた。

そしてそんな願いが叶った今、こうしてはいられないと低気圧に負けそうな身体に鞭打って慌てて試香しに行ったのだった。

 店舗に行くと、ラボラトリオオルファティーボの隣に陳列されていた。調香の書かれたボトルのシンプルだがこだわりのあるデザインが目を引く。

 

試香してみたところ、初回はソラリスとブルー ノースが印象に残った。

所感は以下。

 

 

 

 

ソラリス(SOLARIS)

→夏の真夜中の太陽にインスパイアされていると書いてあるが、それは白夜の事だろうか。しかし、ソラリスとの銘を冠しているところを見ると、空想上の太陽なのだろうか。

トップはピンクグレープフルーツ、レモン、グリーンマンダリン、プチグレン。

青さが爽やかなシトラスが煌めくように香るのだが、よくあるフレッシュなトップというよりは、奥にはミドルのオゾンアコードが開いた空間にベースのパチュリ由来か深い緑が鎮長に流れているため、香りは奥行を感じ軽すぎない。

そのため、どこか肌とは離れた場所で香るので、シトラスと言ってもつかみ所がない。色で例えれば、どこか陰影のある、良い意味でのくすみのあるオレンジ色といったところだろうか。それが煮込まれているように甘さを増しながら肌に近づいてくる。

 ミドルになると、トップで煮込まれ良く混ざり合った香りの中に直線的に流れる甘い花のような香りを感じ始める。そこにはネクタリンやピーチの甘さ(Vigna Peachと記載があるが、たぶんこのことだろう)とその表面のようなきめ細かく優しい温度の粒子感を覚える。ベースを見るとトンカビーン、ベンゾイン、シスタス、パチュリ、アンバーと幾分か重みを感じる構成なのだが、それらもまた混ざり合いながら全体的に広がって定着してゆくために、重さを感じたり変な甘さの主張を感じたりはしなかった。明るさのあるトップからミドルの香りの奥のそれらの内に籠るような優しい甘さの配置は、絵画の中の陰影のようで、周囲の色と混ざり合った暗部の深さと安息感と全体の輪郭を浮かび上がらせている。ラストはそのまま穏やかな流れで他の香りが通り過ぎ、仄かにピーチを乗せたベンゾインとトンカビーンの落ち着いた甘さが残った。

全体的に、纏いやすい香りながら、前半の瑞々しい球を綿が優しく包んでいるような浮遊感のあるイメージを受けた。

 

 

 

 

ブルー ノース(Blue North)

→厳しく暗い北欧の冬の季節に対する畏怖と敬意、そして光への希望や憧憬が込められた香り。

トップから広大な広がりを感じさせる。調香はカルダモン、ローズマリースペアミントと言った、文字の上ではコロン的な軽さのある構成となっているものの、カルダモンの芯の通った香りとスペアミントの冷たいながらグリーンの瑞々しい甘さのある香りが少し裏返るような癖を持って香る様は、無駄を排除し洗練されており、一面冬を連想させる寒色寄りの白を彷彿とさせた。その中腹では、トップからミドルのオリスのパウダリーさが雪の様に香りのフィールドにスピードを持って拡散してゆく。オリスが含まれていると、どうしてもある種の乳白色のぬめりを感じてしまうことが多いが、この香りにはそれはない。確かに一面に広がり香り全体の形が見えるのもこのオリスの香りの力なのだが、その香りはドライでミドルになっても拡散を続けた。

ミドルの調香はミント、ヘリオトロープ、ジンジャールーツ、オリスとなっている。表層のミントの清涼感の中、ヘリオトロープのパウダリーで甘く優しい香りがオリスと相まって、人肌のようなベビーパウダーのような香りに変化してゆく。ラストのバニラはグルマンではなく、あくまで甘い花の香りとして現われ、拡散して漂うオリスとヘリオトロープの香りを受けとめるようにして肌に近づける。

ラストに向かうにしたがって、オリスの中にサンダルウッドの乾いた表情が見え始める。このウッドの乾燥感はトップから一貫して見られる特徴だが、各々のパウダリーさの中でそれがミントのひんやりとした質感とともに終始シャープな鼻触りを作り出す。そのおかげか香りの温度は常に一定になっている印象を受けた。

ブルーノースはそのテーマのごとく、鼻の前にクールな距離感で広がっている。

それはただそこにある自然の佇まいを思い出させ、その中でミドルの優しい肌のような温度は、暗い冬の中で憧れとして見出される太陽の光の母なる温かさなのだろうか。と感じた。

 

 

 

アゴニストは本当に北欧的モダンな香りだ。どの香りもさりげなくスマートだが、その実かなり捻られた香りになっている。

隣のラボラトリオオルフィティーボと比較して試香することで、ニッチ香水の前衛のアプローチも様々なのだと舌を巻いた。

しかし、やはりどうしてもラストのパウダリーさの最奥に優しさを見てしまうのだ。先に書いた様に、ただそこにある自然の厳しさの中に、 母性や生命の温かさを感じる。それはフエギア1833のラストに通じる感覚で、香水の描く自然の興味深さを改めて感じた。

 

 

 

アゴニストの上陸に、つい嬉しさを店員さんに吐露してしまい、少し恥ずかしい気分になりながら店を出た。

 

次はどんなニッチ香水がやって来るのだろう。

しかしその前に、とっておきの一本を購入したいところではある。

 

 

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