日々の糧—香り日記—

日々出会った香水について記してゆく日記。

74.反射《1/.2(イストワール ドゥ パルファン)》

前回の記事を書いた後、ウンハイムリッヒを購入した。外に拡散すると言うより肌に染み込み密かに香る様が心地良く、外に出る際は毎日纏っている。

穏やかな日々を過ごしていた。

 

もう外はコートの季節だ。毎年コートを着る際は、肌に乗せているものとは違う香りを内側に吹きかけている。

今年は素肌にはウンハイムリッヒとして、外には何を纏おうか。冬はそれをテーマにして香水探検をして行こうと思っている。

 

さて、休みの日に久々に丸の内を訪れた。

丸の内といえばコンランショップの香水コーナーで、この日も一番にそこに向った。 

すると、イストワール ドゥ パルファンの鮮やかなブルーのボトルが目に入った。

そのThis is not a blue botteleシリーズは、以前のパリ旅行の際に イストワール ドゥ パルファンの店舗で見かけていた。ギャラリー然としたシンプルな白い店内でそのマットな色合いが映えていたのを思い出す。日本に来るかどうか分からないと思っていたシリーズだったので、再会出来てなんとも嬉しくなった。

ちなみにシリーズ名はルネ・マグリットの「これはパイプではない」の引用となっているのだが、このあたりの領域は話すと長くなるので触れないでおこうと思う。

 そのThis is not a blue botteleシリーズは感情の抽象化がテーマの1/.1、プリズムがテーマの1/.2、エネルギーの炎のリングがテーマの1/.3と3本が展開されているのだが、今回は1/.2について所感を残すことにする。

 

1/.2

→トップはアイビー、ピンクペッパー。ミドルはスズラン、ライラック、イランイラン。ベースがサンダルウッド、バニラ、ホワイトムスクとなっている。

爆発とプリズムがテーマらしい。調香の通り基本はクリーミーで甘い香りなのだが、ムエットで感じたその奥に走るアーモンドのような香ばしさのあるドライな調子が心に留まって試香をした。

肌に乗せると、まずはトップのアイビーの淡い瑞々しさと仄かなミドルの花々の香りが水気を帯びた質感で肌に広がる。ピンクペッパーを使うのは今の流行りなのか、そのおかげてトップにふさわしい軽さと引き締まり方をしている。その間もなく、イランイランの香りが奥から湧いてくる。そのあたりから、スズランやライラックの香りの輪郭が見えてくるのだが、それらは実は爆発のような拡散をしているわけではなく、残像を伴って香るような、彗星の尾のような線を描いて辺りを旋回しているように思えた。爆発というと、先に言ったようにドライな粒子感のあるイメージを持っていたので、まずこの質感を覚えたのは新鮮だった。

イランイランは初めは生花寄りのような立体的な香りで現れるが、追従する他の花々の香りや奥に控えるバニラと徐々に円状に混ざり合い、グルマンとも思えるフルーツめいたややパウダリーな甘い香りへと変化する。スズランの緑寄りの甘さ、ライラックのきめの細かいパステルカラーの甘さもまた残像を残すように伸びの良い滑らかな運動をもった香り方をするのだが、それと同時にプリズムのように各々の運動の軌道の交差点が粒状に明るみに出て香り立つ印象だった。このように、香りはマイペースに個々の運動を行っており、その残像の交点も常に変化し、同時にいくつかを認識出来る。だから微細な変化が面白く、また独特のスピードと浮遊感にも繋がっていると思った。

ラストは浮遊感はそのままに、バニラとサンダルウッドが浮遊していた花々の香りを抱きとめるように残る。このバニラとサンダルウッドはトップからミドルまではスズランやライラック、イランイランの郡と比べて沈着に、直線的かつなだらかに走っている印象で、甘い香りにしては浮遊感のあるこの香りにある種の安定感を作っているように感じられた。この時改めて、ムエットで感じた香ばしさは、ウッディではあるが普段それほど香ばしさを想起させないだろうサンダルウッドが他の香りと反射し合って生まれた一つの結果だったのだと改めて気付いた。

そう考えると、ボトルのペンキの飛び散り方は香りの構成にリンクしているように感じる。しかし、香り自体はこのように原色のカラフルさというよりは乳白色のピンク色のようなイメージを覚えた。

適度にポップなので、纏ったときは一日中街に繰り出したい香りだった。 外套としての香水にも適していると思った。

 

 

 

他の2本もムエットに吹きかけて、満足して店を後にした。

エスカレーター乗り場から、一階にある色とりどりに変わるツリーを象ったクリスマスのディスプレイが見えた。その近くは撮影にいそしむカップルで賑わっている。

それを眺めていたら、なんだかそのきらめきを邪魔してしまうような気がして、コートに一吹きした1/.2と一緒にどこに着くのか分からない上りのエスカレーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

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73.不気味な香り《ウンハイムリッヒ(ウィーナーブルート)》

週末に少し恋愛ごっこのようなデートの真似事をした。

休日の夜の霞ヶ関は世界の終わる前の様に静かで、今思い出すと夢だったのではないかと思える。

別に何があった訳ではない。しかし初心な私は、次の日になってもその記憶をあっさりと夢にしてしまうこともできなかった。

その時の、2人で無理して飲んだ甘い酒気の混ざった吐息、それに私のティンタ ロハが混ざり合った香り、手の温かさ、肌の温もりを奥に感じる服の布地の質感と香りが忘れられず、感傷に浸りながらラムが入った香りの所感でもポエティックに書き記してみようかと伊勢丹付近をさまよっていた。

 

しかし、自己憐憫に酔う暇はなかった。

二日酔いにも似た塞いだ気分で伊勢丹メンズ館に入ると、見たことのないボトルが目に入った。

夏頃に入ったWienerBlut (ウィーナーブルート)というオーストリアのブランドだそうだった。

 その中でウンハイムリッヒという銘の香水を試したのだが、だらしなく緩んだ脳みそに一撃を食らわされたような気分になった。

最初の印象は「意味が分からない」だった。複雑ながら、そのテクスチャが全く掴めないまま滑らかに鼻の奥へと進まれるのだ。

 

強度のある現実の体験によって完全に酔いから冷めた私は、とりあえず伊勢丹の外のベンチに腰掛けて深呼吸をし、暫く目覚めた直後のようにぼんやりした後以下の所感を残すことにした。

 

 

ウンハイムリッヒ( UNHEIMLICH )

 →フロイトのエッセイにおける「不気味なもの」に着想を得ている。

まず調香を見ると、

トップがカルダモン、ピンクペッパー、アルデヒド

ミドルがカカオ、コスタス、ラベンダー、ジャスミン、アイリス、クミン、ワイルドレザー。

ベースがオポポナックス、アンバーグリス、ベチバー、バーチタール。

となっている。

肌に乗せた直後はカルダモンのフレッシュさに乗って一瞬全ての香りが前面に出るような複雑な香りが滑らかな動線で距離を詰めてくる。しかしすぐにトップのアルデヒドなのか、人肌のような香りが自分の肌と定着してそれらを隠してしまった。

これはワイルドレザーなのだろうか、スモーキーな、それでいて澄んだ水蒸気のような粒子感の香りがその肌の膜から沸き立ってくる。それらは誰かの気配のような体温を持っており、透明感があるにも関わらず殊の外厚い。その皮膚の奥で香りが確かに動いているのを感じられる。そこから間もなくミドルの花の滑らかな甘さを認識できるようになる。しかしその現れ方も不思議で、ふとした瞬間に、閉ざされた幕の間からさりげなく差し出されるようにカカオの層の厚い甘み、ラベンダーの乳白色めいた香りや、コスタスやジャスミンの瑞々しく甘酸っぱい様、樹脂や動物的なツンとした凝縮感が鼻に残る香りだったりなどが染み出すような流れで鼻に入ってくるものの、同時に常にそれらの質感のニュアンスだけがランダムに膜越しに伝わってくる何とも言えない感覚がある。それは時に組み合わせの異様さや、認識の失敗を引き起こす。 

ラストに向かう終盤はそれまで密着していた膜が肌から浮いてくる様に感じた。ベチバーとバーチタールが前面に、白くパウダリーで横に引かれた直線のようなとてもフラットな印象。トップからラスト直前までの、底の見えない複雑な構成はついぞ底を見ることなく、幻のように思えた。

フロイトの「不気味なもの」では、親しみのあるものが抑圧される(隠される)過程を経て返ってきた時に不気味なものになると書いてあるらしい。私はフロイトについては全く知らないが、確かにこの香水はその一文を忠実に物語っている。調香を見ても、割合一般的な名前が並ぶものの、先に話したようにそれらの全貌や繋がりをはっきりと認識することはできない。だが、その隠された香りの凹凸を手探り(ここでは鼻探りだろうか)でなぞり触れてゆくとこは何と気持ち悪く快感なのだろう。と感動してしまった。

 

 

夢から覚めた週明けの昼時、平日の霞ヶ関に行くと人で賑わっていた。

人が忙しなく往き交いランチの香りが幾重にも流れる地下のフードコートは、何の感傷も既視感もない、明らかに初めて来た場所の印象だった。

 しかし確かに何日か前にそこを歩いたのも事実で、確かに私たちが座った席も存在しているのだ。

 

彼の顔はもう思い出せなくなってきているが、着ていたコートに付いた残り香は、今でも仄かに立ち上る。

きっと私はこれからも不気味なものたちを求め続け、彼らも私の友達なのだ。

 

 

 

UNHEIMLICH – THE LIMITED BLACK EDITION- - doinel/ドワネル

72.サロ ンド パルファン2017 《ノックス(アンジェラ チャンパーニャ)》

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 久々の更新になってしまった。

最近体調のせいなのか、香りに不快感を抱くようになってしまい、しばらく香りもの全般から距離を置いていた。

 

そんな時に、今年のサロン ド パルファンでアンジェラ チャンパーニャが出展するという情報を見たのだった。

アンジェラチャンパーニャは私の大好きなブランドの一つだ。アーエルの静謐さと霧の描写ほど感動した嗅覚体験は多くない。

その朗報にかつての香りへの愛を思い描き、何とか自分を鼓舞して有休を使って昼間の伊勢丹へと赴いた。

 

伊勢丹の催事場は、平日ながら賑わっていた。

他の所感についてはまた後日別でまとめるとして、私の一番の関心はやはりアンジェラチャンパーニャであった。

今回はその中で、ノックスについて所感をまとめようと思う。

 

 

ノックス(NOX)

→秋の夜に、アドリア海から拭く潮風がアトリの丘の草地を超えて町の路地に吹き込む様子を表現している。

トップからヒノキの清浄な香りが感じられるが、トップの調香を見ると、ベルガモット、スズラン、シクラメン、イランイラン、アカシア となっている。文字で見ると甘めな香りが多いと感じるが、それらは花の表現と言うよりは仄かな甘みを称えた草花の香りとして下の方に穏やかに漂っている。ウッドの香りに並走しているセージの鼻に抜けるハーブの香りが、それらの緑の側面を総括しているので変に浮きたつことがない。肌に広がった香りの中からヒノキの香りに注目することで、その延長線でグリーンの実感を草原が風に波立つ様に認識できる風のような流れを感じた。

ミドル部分にそのセージ、ヒノキ、ピンクペッパー、ソルトが配置されているのだが、それらのシャープさが速度を持って香るため、秋の夜風のような甘さの無い爽やかさを感じられるのだろう。時間が経つに従って、このヒノキのドライな木材感に水を注いで満たすように、仄かなマリンの香りとトップからその潮風に混ざり込んだ草木の露の香りが湿気と共に混ざり始める。トップからのシャープなスピード感は丸みを帯び、ふくよかな質感をもって穏やかに通り過ぎるようになった。ラストはシダー、パチュリ、バニラ、ホワイトムスク。アンジェラチャンパーニャの香りの中では、カーナトにも途中マリンのような水気を感じるが、こちらはラストに石畳のような硬質さはあまり感じられないので、香りを追っても内に籠るというよりは終始野外の開けた空間を思わせる。トップからミドルにかけて吹き込んだ風は、ラストではシダーの幾分か落ち着いたウッドと沈着で土気のあるパチュリが着地点として用意されており、その地面に染み入るように速度を落とす。ウッドの調子は最後まで残るものの、それが運ぶ香りは終わりになると明らかに変化しているのを改めて感じられる。

アトリの四季はもちろん日本とは違うのだろうが、この秋の風の静かな香りは、日本の冬の乾いた空気を内包したそれとも近いように感じた。あくまで立ち位置は町の中に吹き込んできた風への眼差しなのだが、潮風の記憶のようなものも同時に感じられるのは不思議な体験だった。

 

 

 

 

トークイベントに登壇していたアンジェラ氏にイベント後にアーエルの香りが大好きだと言うと、気さくに喜んでくれた。

私はイタリア語は分からないが、言葉の柔らかさや雰囲気からは優しさに溢れた人のように思えた。

 

 アンジェラ チャンパーニャの香りからは、イタリアの中世から積み重ねてきた壮大で堅固な歴史とそれに根差した文化だけでなく、その地でその歴史と共に生きる現在進行形の生活への愛も感じられる。

通りを歩いている時に感じる香り、ふとしたノスタルジーの中で思い出す香り、通りすがりの女性の良い香り、夜風の中の草の香り。そうしたささやかな一瞬も、生きる幸せを感じるには充分な体験となりうるのだと改めて思い出させてくれる。

その点が、私がアンジェラチャンパーニャを愛してやまない理由の一つでもある。

 

 今日は台風一過の青空の下でお弁当を食べた。

大きな祭りが去り、再びいつも通りの小さな営みが帰ってきたときの、この自由で寂しげな空気がたまらなく愛おしく感じた。

 

 

 

 

www.angelaciampagna.com

71.アゴニストの冬(ソラリス/ブルーノース)

と春や夏よりも、秋の終わりから冬にかけての季節に心惹かれる部分がある。

 今は夏から秋への変わりどきで、そろそろ気に入りの秋冬用の香水に変えようかどうしようかと思案していた。

 

そんな中、NOSE SHOPにアゴニストが入荷されたのをその2日後に知った。

アゴニストはバレードやSTORA SKUGGANと同じスウェーデン発の香水だ。STORA SKUGGANを調べていた際に見かけ、その北欧的なモダンなデザインに常々日本に来るべきブランドだと思っていた。

そしてそんな願いが叶った今、こうしてはいられないと低気圧に負けそうな身体に鞭打って慌てて試香しに行ったのだった。

 店舗に行くと、ラボラトリオオルファティーボの隣に陳列されていた。調香の書かれたボトルのシンプルだがこだわりのあるデザインが目を引く。

 

試香してみたところ、初回はソラリスとブルー ノースが印象に残った。

所感は以下。

 

 

 

 

ソラリス(SOLARIS)

→夏の真夜中の太陽にインスパイアされていると書いてあるが、それは白夜の事だろうか。しかし、ソラリスとの銘を冠しているところを見ると、空想上の太陽なのだろうか。

トップはピンクグレープフルーツ、レモン、グリーンマンダリン、プチグレン。

青さが爽やかなシトラスが煌めくように香るのだが、よくあるフレッシュなトップというよりは、奥にはミドルのオゾンアコードが開いた空間にベースのパチュリ由来か深い緑が鎮長に流れているため、香りは奥行を感じ軽すぎない。

そのため、どこか肌とは離れた場所で香るので、シトラスと言ってもつかみ所がない。色で例えれば、どこか陰影のある、良い意味でのくすみのあるオレンジ色といったところだろうか。それが煮込まれているように甘さを増しながら肌に近づいてくる。

 ミドルになると、トップで煮込まれ良く混ざり合った香りの中に直線的に流れる甘い花のような香りを感じ始める。そこにはネクタリンやピーチの甘さ(Vigna Peachと記載があるが、たぶんこのことだろう)とその表面のようなきめ細かく優しい温度の粒子感を覚える。ベースを見るとトンカビーン、ベンゾイン、シスタス、パチュリ、アンバーと幾分か重みを感じる構成なのだが、それらもまた混ざり合いながら全体的に広がって定着してゆくために、重さを感じたり変な甘さの主張を感じたりはしなかった。明るさのあるトップからミドルの香りの奥のそれらの内に籠るような優しい甘さの配置は、絵画の中の陰影のようで、周囲の色と混ざり合った暗部の深さと安息感と全体の輪郭を浮かび上がらせている。ラストはそのまま穏やかな流れで他の香りが通り過ぎ、仄かにピーチを乗せたベンゾインとトンカビーンの落ち着いた甘さが残った。

全体的に、纏いやすい香りながら、前半の瑞々しい球を綿が優しく包んでいるような浮遊感のあるイメージを受けた。

 

 

 

 

ブルー ノース(Blue North)

→厳しく暗い北欧の冬の季節に対する畏怖と敬意、そして光への希望や憧憬が込められた香り。

トップから広大な広がりを感じさせる。調香はカルダモン、ローズマリースペアミントと言った、文字の上ではコロン的な軽さのある構成となっているものの、カルダモンの芯の通った香りとスペアミントの冷たいながらグリーンの瑞々しい甘さのある香りが少し裏返るような癖を持って香る様は、無駄を排除し洗練されており、一面冬を連想させる寒色寄りの白を彷彿とさせた。その中腹では、トップからミドルのオリスのパウダリーさが雪の様に香りのフィールドにスピードを持って拡散してゆく。オリスが含まれていると、どうしてもある種の乳白色のぬめりを感じてしまうことが多いが、この香りにはそれはない。確かに一面に広がり香り全体の形が見えるのもこのオリスの香りの力なのだが、その香りはドライでミドルになっても拡散を続けた。

ミドルの調香はミント、ヘリオトロープ、ジンジャールーツ、オリスとなっている。表層のミントの清涼感の中、ヘリオトロープのパウダリーで甘く優しい香りがオリスと相まって、人肌のようなベビーパウダーのような香りに変化してゆく。ラストのバニラはグルマンではなく、あくまで甘い花の香りとして現われ、拡散して漂うオリスとヘリオトロープの香りを受けとめるようにして肌に近づける。

ラストに向かうにしたがって、オリスの中にサンダルウッドの乾いた表情が見え始める。このウッドの乾燥感はトップから一貫して見られる特徴だが、各々のパウダリーさの中でそれがミントのひんやりとした質感とともに終始シャープな鼻触りを作り出す。そのおかげか香りの温度は常に一定になっている印象を受けた。

ブルーノースはそのテーマのごとく、鼻の前にクールな距離感で広がっている。

それはただそこにある自然の佇まいを思い出させ、その中でミドルの優しい肌のような温度は、暗い冬の中で憧れとして見出される太陽の光の母なる温かさなのだろうか。と感じた。

 

 

 

アゴニストは本当に北欧的モダンな香りだ。どの香りもさりげなくスマートだが、その実かなり捻られた香りになっている。

隣のラボラトリオオルフィティーボと比較して試香することで、ニッチ香水の前衛のアプローチも様々なのだと舌を巻いた。

しかし、やはりどうしてもラストのパウダリーさの最奥に優しさを見てしまうのだ。先に書いた様に、ただそこにある自然の厳しさの中に、 母性や生命の温かさを感じる。それはフエギア1833のラストに通じる感覚で、香水の描く自然の興味深さを改めて感じた。

 

 

 

アゴニストの上陸に、つい嬉しさを店員さんに吐露してしまい、少し恥ずかしい気分になりながら店を出た。

 

次はどんなニッチ香水がやって来るのだろう。

しかしその前に、とっておきの一本を購入したいところではある。

 

 

www.agonistparfums.com

70.レジーム デ フルールの花の中(ターコイズ/ゴールドリーブス)

レジーム デ フルールが日本に来るとは思っていなかった。

そのマットで鮮やかな発色のボトルは海外のサイトで稀に見かけていたが、それ以上の情報も無く、どんな香りの傾向なのかは全く予想がついていなかった。

 実は発売日の前日くらいに日本への上陸を知り、急にわくわくした気持ちで一日を過ごしたのを覚えている。

 

発売日の次の日あたりに銀座のエストネーションを覗きに行くと、丁度レジーム デ フルールのお披露目パーティーイベントが行われていた。

中は業界人のような人々ばかりで(作者の二人の姿もあった)通勤帰りの一般人にはそぐわない雰囲気だったが、興味本位で見物がてらに試香しに寄ってみた。

 

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 その会場でとりあえず全種類試香はしたが、今回はターコイズ、ゴールドリーブスの所感をまとめようと思う。個人的にはファウナが一番気に入ったが、各々とても深い香りの上に一度に試香しすぎたために所感をまとめるのはまた今度にしようと思う。

所感は以下。

 

 

 

ターコイズ(turquoise)

 →ターコイズがイメージされた香りらしいが、トップの調香はローズバッド、野草、ウコン、ヘディオン。野草とウコンを中心とした、ドライで渋みのある、臨場感のある野生のグリーンの香りが現れる。干し草やフレッシュなハーブというよりも、硬い大地に生えている草の乾いた緑色の香りだった。それらはヘディオンの影響か、やや体温を持った丸い形を描き中心に集まるような厚みのある質感をもって香っているのだが、ミドルになるに従ってそれらが解れて平らになるように花の香りが現れるのが心地よい。

ミドルの調香は金香木、フルーツ、キャシーフラワー(キャシーフラワーが何なのかは分からなかった)。金香木は本来甘く濃厚な花の香りだが、トップのドライな香りが続いているからか、それらとミドルが複雑に混ざり始める中、鮮やかさと明るさがそれらに当たって跳ね返るようにコントラストとなって現れる。とても高い位置で花が咲いているようなイメージを受けた。その後のベースに重みのある蜜蝋アブソリュートとベンゾインが控えているにも関わらず、私の肌だからだろうか、それらが分かりやすい主張をすることはラスト以降もなかった。それらのなめらかな香りはトップから続く木の根のような硬質な香りにツヤを与えており、ミドル以降のそれはターコイズのこっくりとした青と滑らかな曲線を思わせる。

ラストも甘みと言うよりはミドルの甘い花の甘さをほのかに含んだ湿潤なウッドのような香りが散り散りに香りつつ、それの先にある野草のドライさを残したターコイズの地面は、堅固ですべやかな冷たさを思わせる香りとして鎮座している。

トップからラストにかけて随所に石らしさを感じたのは先入観からだろうか。その硬質さがあるおかげか、さりげなく現れた花の香りはどれも滑るような自由なスピードを感じる事が出来た。

 

 

ゴールドリーブス(Gold Leaves)

 →トップは月桂樹、カルダモン、セドラといったハーブ系のグリーン中心の調香となっている。表層のカルダモン、セドラの清涼感は鋭利ではあるのだが、中心に行くほど香りの粒は軽い印象で、ミドルあたりのアイリス的なパウダリーで、控え目な甘さをその奥に感じるため深く吸い込める。それと同時に、甘さと混ざり合った形で金属的にも感じるある種の渋み(グリーン系由来という事は感じたのだが…)があり、それが弾けるように香る。

ミドル以降は花の香りが肌に定着してゆくのに気付く。雲が晴れるように、アイリスの内に籠る乳白色めいた滑らかな香りが体温に乗って露わになるものの、グリーンとラストのアンバー系とが混ざった結果なのか、パチュリのような深いグリーンの苦みが常に後ろに控えている。それは不快なものではなく、ミストのように花の甘みを受け止めており、ラストに近づくにつれて現れるオークモスやシダーウッド、ムスクなどの空間的な広さと清潔感のある香りと相まって、ミドルの花の香りを抽象的な輪郭で肌より少し浮かせた状態に押し上げて香らせ始める。

 ラストはそのままムスク、オークモス、ウッドの香りが強くなるものの、そのグリーンはトップの苦みによく似ている。しかしそれは最初に逆戻り、というわけではなく、金属的なきらめきはライラックのような淡い光を帯び、それに混ざって余韻として感じ取ることが出来る、かつて通過したアイリスの優しい重みやオークモスの湿潤感、アンバーの濃い深みによって洗練されたラストのグリーンのように感じた。残り香に不思議な愛着を覚えたのもそのせいだったのだろうか。

公式HPでは説明文にニーチェが引用されているが、その真意は聞けないままになっている。

 

 

レジーム デ フルールは全体を通して香りの変化のプロポーションが美しいと感じた。

まず、トップから花の中へと一気に入り込むような感覚を覚える。それはここには書いていないベル エポックやファウナのトップにはっきりと感じたのだが、成熟させたオイルによる、芳しくも生々しく時にえぐみを持った動物的にすら感じる花の香りは、まるで内部からその生の営みを感じているような気持ちになる。

視点はそんな複雑な花の内部から始まり、やがて縦横無尽に広がるアングルや細かい香りの編集でその花の咲く様を追っているかのように香りが展開してゆく。トップ、ハート、ラストの一応の判別は付くものの、香りは常に運動を続ける。ラストにはその香りは皮膚と一体化し、己が今まで見つめていた花そのものになったように思える余韻が残される。

そして、 もう一つは粒子の粗さが印象的だった。パウダリーと形容もできるが、従来の「パウダリー」とは少し違う。香りの個々にはそれとは対照的な瑞々しさも感じられるものの、全体の香りの拡散のしかたが粒を彷彿とさせる。それはフィルターのようで、ある時は香りを鮮明に浮きだたせ、ある時は輪郭をぼやかせてこちらの想像力を煽る。丁度ブランドのプロモーション動画のようなアナログビデオやフィルムの、奇妙なノスタルジーに似た感覚だった。

 

この値段相応の体験は、しばらく頭をぐるぐる廻る思考で満たしてくれた。

 

 

そうして、ひとしきり香りに包まれた後、華やかなパーティー会場を後にした。

あの会場に居合わせたちょっとだけ着飾った人々は、レジーム デ フルールの香りに包まれた後、今夜はどんな夢を見るのだろうかと考えながら駅の階段を下りた。

 

regimedesfleurs.com

69.エルメスの新作(ツイリー ドゥ エルメス)

前々からエルメスから新作の香水が発売されるとは聞いていたが、当初は知らないふりをしようかとも考えていた。

 官能性とセットで語られがちな甘く濃厚なチュベローズの香りに若干食傷気味であったからだ。

 

 しかし、やはり天下のエルメスなので捻りがある香りに違いない。と、純粋に気になってしかたがなくなったので、表参道のBA-TSU ART GALLERYへ急いだ。

そこでツイリードゥエルメスの特別展示をしており、この際なので世界観も合わせて楽しんでみようと思った。

 

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ギャラリーに着くと、シャボン玉のような風船やツイリーに結ばれた宙に浮くボトルなどがガーリーながら無重力な爽やかさのある雰囲気を醸し出している。(残念ながらこういう類への語彙がない)

 

会場内の様々なサイズのツイリードゥエルメスに囲まれながら試香をさせてもらった。

 早速所感をまとめようと思う。

 

 

ツイリー ドゥ エルメス(Twilly d' Hermès)

→トップはチュベローズの筋を感じさせる甘い花の香りを感じるが、それは意外に思うスタートとなった。従来の嗅慣れたあのパウダリーでとろけるように濃厚なチュベローズではなく、透明感と、ハーブやグリーンが含まれているのだろうかと感じるある種の渋みとも取れる青い爽やかさを伴って香る。その香りは甘さの部分には丸みがあるも、ユリのような白い花の花粉を連想させるクラシカルさも併せて感じられる。店員さんの説明やネットの情報では、調香はチュベローズ、フレッシュジンジャー、サンダルウッドが中心らしい。トップの爽やかさの正体はフレッシュジンジャーなのだろう。思えばジンジャーエールのようなドライな瑞々しさだった。ミドルに移行すると共に、チュベローズの甘みは幾分かお馴染みのパウダリーさが引き立つものの、そのジンジャーのおかげか全体は引き続きシャープに引き締まって香る。奥に感じるサンダルウッドは、これも滑らかで乳白色な香りが強くはなく、清潔でベタつきのないドライな白檀の表情を持っている。それらのちらつき方はスパイシーではあるが、刺激的というよりもクールな粒子感を覚える。ラストはサンダルウッドのパウダリーさが前面で香り、チュベローズの甘さが肌に定着し過ぎなかった。

 香りの中にツイリーを見出すとすると、香りの伸縮や動き方がシルクのようだと思った。風に軽やかに揺れるが、気体のように広がってどこかに行ってしまう事はなく、香りの一つ一つが密度のある状態で、シルクを肌に滑らせた時の心地よい冷たさと似たつややかな質感が肌の上に繋がっている。

詩的な香りというよりも、戦略的なチュベローズの使い方をしているという印象を受けた。ここでのチュベローズはチュベローズが今まで表現して来た成熟した女性ではなく、PRムービーに現れる若い男女(?)の眼差しのように、どこか冷めたような含みと鋭角的なエネルギー(ただし攻撃的なものではない)をもって香っている。

今回のチュベローズとジンジャーの組み合わせは、人によっては、やや古い香水を想起させるかもしれない。しかし、従来のチュベローズのアプローチから見れば、ローズとブラックペッパーの組み合わせのような現代的な可能性を感じる。

このように、香りだけ見れば対象を女性だけに限定するのは少しもったいない気がする香りではある。男女ともにシーズンレスで使えるだろうと思う。

 

 

 

 

 

試香をした後、もう一度ギャラリー内を巡った。

 

前職ではたくさんの若い子たちと触れ合う機会があったが、今はめっきり少なくなってしまった。

不思議と彼らの眼差しを思い出すことが出来たのは、コンセプトからの先入観なのか純粋に香りのおかげなのかは分からない。

ただ、この香りを聞いた時に過去を振り返り、つい半年前まで常日頃触れていたエネルギーを懐かしむようになった私は、もういい大人になってしまったという事だろう。

 

www.maisonhermes.jp

68.残暑《オードイタリー(オードイタリー)》

どこの企業でもオフィスの空気が悪い日はしばしばあるのだろう。

この日のオフィスはとにかく息が詰まりそうなくらい空気が険悪だった。

そんな空気から逃れて存分に息を吐こうと仕事が終わったらさっさと銀座方面へ向かった。

 

 やはり仕事終わりの1人散歩は開放的で、薄暗い銀座の通りを口笛を吹きながら暫くさまよった。

 

すると、銀座のプロフミ ディ ギンザにたどり着いた。

以前オードイタリーに出会った店なのだが、改めて来てみるとこんな立地だったのかと不思議な気分になった。

 

今回もオードイタリーのトワレを中心にして試香をさせてもらったのだが、特にこのブランドのシグネチャーモデルであるオードイタリーに前回とはまた違った複雑さを覚えて印象的だった。

 

所感は以下。

 

オードイタリー(EAU D’ITALIE)

→調香を見ると、トップはフランキンセンスベルガモット、ブラックカラント。ベースのグリーンの上で甘みが少ない瑞々しいベルガモットが前面に香る中、バニラのような甘い乳白色の香りがするのはフランキンセンスが由来。この2つの香りにはある程度の硬さを感じる為、シプレタイプの良くも悪くもイタリア系香水的な香り方だと思えた。しかし、ミドルになると様子が変わり始める。

ミドルはマグノリア、アコールアルジル、チュベローズ。このチュベローズは花ではなくミネラルのみを抽出しているのだそう。このやや有機的で滑らかな爽やかさのある花の甘みの伴うミドルの香りと、トップからのフランキンセンスが混ざり合い、海からの風のような爽やかでさりげないマリンの香りに変化するのだ。それに加えてアース系の香りを集めたアコールアルジルと、トップより緑の立体感を持ち始めたグリーンが、トップのどこか堅さのある殻を破り、僅かにふくよかな温かみを感じつつ包み込まれる様にこの香水の懐の深さというか香りの構成の奥を覗いて行けるようになる。その後は、更にベースのグリーンが明確に現れ始め、トップの花の香りからパチュリとシダーウッドの渋みのある深みとクローバー、ハニーのしっとりとした優しい甘さが台頭する。その他にはベースには苔の香りであるライケンが含まれており、やはり苔の透明な清涼感が香りを深くし過ぎず筋を固めていると感じた。

印象的だったのは、ミドルがマリンとグリーンの理想的な出会いを思わせたところだった。このコントラストが、バニラを使っていないのもありベタつかず、苦味のあるレモンを彷彿とさせるシプレの整然とした列の間を軽い調子で漂う様は心地よい。日頃から強すぎるマリンノートにはグリーンをコンバインして使うのだが、この香水は一本でその楽しみを感じられる。

 地中海の暖かさは日本の残暑とはちがうだろう。その暖かくも爽快な風をイメージ出来た。

 

 

今頃の地中海は一番心地良いのかもしれない。

今年の日本の夏は寒いくらいだが、やはり外は蒸していて、日本らしい夏だった。 

 

あたりはもう夜で、夜風も生暖かく海風とは似ても似つかなかったが、オードイタリーの香りが鼻を掠めると少しだけ銀座が広く思えた。

 

 

rumors.jp