polar night bird

香りの記録

89.大人になれば分かるのかも《KISS ME INTENSE(Parfums de Nicolaï)》

年が明け、香り初めに銀座を訪れた。

去年は訳あって半年以上香りから離れていたため、店もろくに回れていなかった。

その間嗅覚の癖も若干変わってしまった様で、かつて愛した香りが楽しめなかったらどうしよう、とか、いつもの様に聞く事が出来なくなっているのでは、というネガティブな気持ちが無い訳ではなかった。

 

今回は戦々恐々東急プラザのNOSE SHOPに行ったのだが、その日は不思議とニコライのキスミーアンタンスに目が止まった。

ニコライはパリ訪問の際にいくつか店舗を覗いたのだが、手堅い香りを作っている大人のメゾンの印象で、エッジの効いた香水を探していたその時は正直感想が薄かった。

おまけに、キスミーアンタンスは本来私の苦手とするバニラ入りの「ドラジェ」や「日焼け止めクリーム」などのモチーフも盛り込まれた滑らかな甘い香りだ。

一体どうした事だろう、と、さらに香りを聞いてみた。

所感は以下。

 

キスミーアンタンス

(KISS ME INTENSE)

トップにビターアーモンド、レモン、アニス

ハートにヘリオトロープジャスミン、イランイラン、オレンジフラワー、クローブ、シナモン

ベースにバニラ、オポポナクス、ムスク

といった調香。

テーマに幼少期の記憶、ドラジェ(フランスのお菓子)というワードが挙がる通り、トップからベースまで随所に焼き菓子を連想させる香りが配置されている。

トップを感じた際、私はドラジェと言うよりカリソンを思い出した(これもアーモンドを使ったフランスの焼菓子で、私が食べたカリソンは上にレモン味の砂糖のコーティングがされていたのだった)。

だが、分類がオリエンタルフローラルの通り、完全なるグルマンではない。

トップはこれらの菓子的な香りの他に、ハート部分の花々の香りをヘリオトロープのパウダリーさが包んで一まとまりにしている形で感じられた。その情報量を整理していると、ふと上方にお菓子の香りが通り過ぎて、それを追おうと意識を宙に漂わせる。すると後ろからミドルのジャスミンとイランイランに抱きしめられる様に捕らわれた。

ここでのジャスミンとイランイランは所謂バナナやメロン的なジューシーな香り立ちだった。そこに意識を向けると、柔らかくまとまった香りの奥に瑞々しい果実と濃厚な花粉を行き来する様に香る呼吸に似た揺らぎがある。それに力を込めて包まれながら、更に中心へと進んで凝縮する様な甘い香りを見出す作業は、浮き足立った気分で純粋に多幸感があり楽しめた。そのおかげなのか、グルマンとフローラルのどちらにも属さない様な、あどけなさや明るさが印象的だった。

トップでお菓子の様に感じたアーモンドの油脂めいたコクのある香りは、いつの間にかヘリオトロープやムスクと混ざり合い、日焼け止めクリームやベビーパウダーの様な、それを塗った肌質をも想起させる香りに変化していた。それと同時にフルーツの甘さはイランイランの濃密な花の香りへと落ち着いて行った。

今まで花々の華やかさに気を取られていたが、クローブとシナモンもこの段階で、菓子のアクセントではない粒子感を見せるようになった。

ミドル以降は私の肌ではゆっくりとそのパウダリーさが増して行き、きれいにラストノートに交代した。未だミドルのヘリオトロープが残っているからか、かつてクリームを塗った肌に鼻を滑らせた時に感じるその名残のような、肌の粒子に似た質感となっており、更に奥の肌に近い場所にはオポポナクスとバニラが濃く主体となって定着している。そのトップ〜ミドルとは別の沈着で張り付くような濃い甘みが、昼下がりに早くも半日を楽しみ尽くして満足げに眠った子供から漂う香りのイメージを受けた。

 そんな穏やかなラストに浸りながら、グルマン、オリエンタル、フローラル、フルーティのどれもを我儘に飛びつく事の出来るこの香水は、良い意味で散漫で、幼い子供の純粋な快楽への欲求のようだと思えてきた。

ここでの快楽は、甘いお菓子や、家族達から受けるキス(西洋の香りであるので)、日焼け止めクリームを塗って出た外の陽気などを一身に受けた時のような、愛や祝福を本能のままに享受する悦びなのだ。

「キスミー」は子供が愛という快楽をねだる言葉であると同時に、それは大人が子供に対して、そして大人同士で使う言葉にもなり得る。

ニコライは決して子供向けの香水ではない。トップからラストへの変化のレイヤーはトップから全て薄く予見できるような透明さで、その成熟した立体感と奥行きは、かつて同じ様に悦びの体験を経て、それらを与える側となった大人の眼差しを通した描写に思える。

大人になってしまえば子供のようには行かなくなるが、子供の頃と変わらず屈託無く言いたくなる言葉もあるのだ。

 

可愛らしく明るい香りだが、カジュアルのみとは言わずにどんなシーンでも使える香りのように思える。 

 

 

 

その日はキスミーアンタンスのみを肌に乗せて帰った。

その間ずっとこの香りについて考えていたのだが、分からない事だらけだった。

手首に顔を近付けたら、ふとある甘い香りの苦手な人の事を思い出した。

その人の事だから、香りを聞いた途端「甘い」と言って顔を顰めるかもしれないが、もしかしたらそうでないかもしれない。

 きっと大人にならないと分からない甘い香りもあるのだろう。

 

もう少し先、暖かくなり春が来たら、持ち運びやすい小さなボトルで迎えてみたいと思った。

 

 

https://pnicolai.com/en/

 

 

noseshop.jp

【特別編】Tanu氏×ゆうれい Juliette has a gunクロスレビュー!

 

皆さまお久しぶりです。

大変お待たせしてしまいましたが、初企画記事が完成しました!

 

【特別編】Tanu氏×ゆうれい Juliette has a gunクロスレビュー

 

 

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あらすじ

この話は私、ゆうれいの

Juliette has a gunまた日本に来ないの?

という何気ないツイートによって兼ねてからリスペクトしていた香水ブロガーのTanu氏とJHAGについて話したことに端を発する。

Tanu氏のブログはこちら。

クラシカルからモダンまで素晴らしいレビューがそろい踏みです↓

lpt.hateblo.jp

 

 

何年か前に日本に来ていて、なんだかすぐに代理店が倒産したしないというしょっぱい噂は聞いていたが、確かな顛末を聞かないし、来日自体もすでに忘れ去られ始めているようだ。

JHAGとは何だったのか。

 真相が完全に風化し迷宮入りしてしまう前にJHAGについて調べてみよう。

という事で、JHAGクロスレビュー企画が形になったのであった。

 

目次

  • あらすじ
  •  Tanu氏レビュー ジュリエット・ハズ・ア・ガン奇譚
  • ゆうれいレビュー ジュリエットは二度死ぬ
  • 最後に

 

 

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88.愚者の時間《???》

約2ヶ月も更新を止めていたのには何も理由が無いわけではないのだが、敢えて言わないでおきたい。

ただ、香水の出会いは変わらずあったので、その出会いが文章になるまでの運が残念ながらなかったという事もある。

不器用な者には世の中は難しい。

 

今回は近況を話そう。

6月の頭に生まれて初めて人を紹介してもらう機会に恵まれた私は、一週間前から普段は放っている爪を磨き、新しい服と靴を買った。

もちろん、最後に香水も選ぶ事になり、

「モテや人目を気にしないで純粋に自分の嗅覚を楽しんでみよう!」

という記事を執筆した矢先に、人に会って人に嗅がせるための香水を選ぶ事になろうとはなんとも皮肉な話だった。

 しかし、香水なので選ぶのも楽しい。

初対面の人に、私の精神を嗅覚でも知ってもらうため、香らない程度にウンハイムリッヒを肌に乗せ、その上から何かもう一本レイヤードしようと考えていた。

 

その日の前日、私は候補を3本に絞り、当日の朝にそこから一本選んで全身に乗せる様に吹きかけてみた。

タロットの愚者がイメージに含まれている、気に入りの一本だ。

品名は、これも敢えて言わないでおきたい。

香りもまた秘密にしたい気持ちの日もあるのだ。

(分かった人は心にしまっておいて欲しい)

 

その所感は以下。

 

???

→調香はローズ、ゼラニウム、イモーテル、クローブ、ペッパー、パチュリ,、カシュメールウッドと構成要素は比較的シンプルに思える。

ローズとゼラニウムの組み合わせならば最初から体温の低い金属質なローズが来るだろうと予想していたら、私の肌ではイモーテルの、ややスモーキーで柔らかな木にしみ込んだ蜜のような凝縮された甘い香りがまず広がった。その奥にゼラニウムが整った木目を彷彿とさせる清涼感をもって香っており、ローズが見当たらなかった点が意表を突かれて一気に引き込まれた。

ローズは程なくしてイモーテルの中から蜜を纏って咲き始める。クラシカル過ぎない、ふっくらとした甘いバラの香りだった。そのローズとイモーテルが揺れる様に交互に顔を出す中、ゼラニウムは変わらずその後ろでフラットに香り続けている印象。それが二者を繋いでいることでその三者のどれにも属さないグレーな状態が生まれており、良い意味で掴みどころが無い。もしかしたらローズはイモーテルが作り出した幻影かもしれず、また、イモーテルもローズの蜜めいた香りが作り出した幻のようでもある。

ベースにパチュリが流れているので、その香りの流れには程よく陰影が感じられ、ボトルから透ける色のように熟成された酒を思わせる粘度で低調に滑らかに広がって行く。

これはタロットの愚者からの先入観からかもしれないが、ミドル~ラストの直前までは確かにまとまりとしてそれなりの密度があるものの、その中はどの香りも良い意味で混ざり切っておらず、絶えず揺れ続けて何らかの香りに落ち着かない。だからこそローズに着地するラストが待っており、別の日にはイモーテルで終わるラストの分岐も用意されている。また、補助として奥に控えているハーブ→ゼラニウム→ウッドの清涼感のラインが最後まで途切れずに出来ており、そのおかげなのか、甘さがあってもくどくない。

いくつかのレビューを見ると「甘い土」と形容されているように、私の第一印象の総括も「甘い土」だった。土の冷たさというよりは、甘さに体温のような温かさがあるため、緑はまだ茂っていないが、確かにその生命の予感がする土の香りのように感じられたのだった。

母なる大地の中で、まだ1が始まらない0の状況で未来の無限の分岐に思いを馳せ、生まれる時間を待ち詫びる時間はまさに愚者のイメージに結び付く。これもまたこじつけになってしまっているだろうか。

しかし、この土と形容した質感は必ずしも地面的な表現を指す訳ではなく、むしろ全体は中心に浮いているような存在感で、浮遊感がある。漂う浮遊大陸のようなものなのかもしれない。

カードのイメージならばやはりライダース版よりもマルセイユ版の愚者だろう。

吸い込んだ後に得られる懐かしさとその記憶との距離が心地よい。

 

 

 

 

 確かその日は6月なのに汗が流れるほど暑く、緊張が理由の汗と相まって午後には大体香りが流れてしまっていたように思う。

よくよく考えたらそんな香水を人に吸わせるのは状況・段階的には完全に失敗で、無難でおしゃれなやつ(バレードとか)や、他者に開かれた万人が心地良い香りにしておくのであったと猛省しながら慣れないミュールで痛めた足を引きずって夜道を帰った。

 

7月のはじめには友人たちと富士山に登った。

そこにもこの香水を付けて行ったが、もちろん汗で早々に流れてしまった。

とてもとても辛かったが、平地にいたら気付けなかったであろう感謝すべきものや愛すべきものが鮮烈に見えて来た夢のような経験でもあった。

 

そしてもう少しで8月になる。夏はまだこれからもう少し続く。

思えば今までは愚者の時間だった。

それは無邪気で甘くて楽しいが、今はそこから1として生まれる力が欲しいとも思っている。

87.ささやかな夏《マイロ(ラボラトリオ オルファティーボ)》

 

半袖で過ごす日が多くなった。

それを考えてしまうと、夏嫌いの私はまだ6月だというのになぜこんな…、という気分でいっぱいになる。

夕方になれば、冬にはあまり気にならなかった行き交う人々の朝昼に付けたであろう香水のラストノートが鼻を掠める。

ついに香りに胸焼けのする季節に入ってしまった。

今のうちに回れるものを回っておこうと思っていた最中、読者の方から所感のリクエストがあった。初めての事だ。

 そのラボラトリオオルファティーボのマイロは、ラボラトリオオルファティーボの中でも最近の銘のはずで、初めて試香した時の、初期の風変りでイタリア香水に見られる重たさが印象的だったこのブランドから何とも爽やかな香りが出たな…と新鮮に思ったのを覚えている。

 晴れていてなおかつ肌寒い風の吹く日を選んで新宿を訪れて試香をしてみた。

所感は以下。

 

 

マイロ(MyLo

 ホワイトフローラルの香り。トップは瑞々しさの中に締まったユリとジャスミンの花の露のような花の香りが、例えればガムを噛んだ時のように奥から染み出す様だった。既に下方にベンゾインやレジン系の堅い層が地盤になっているのを感じさせる安定感が分かるため、トップでも爽やかで軽いだけではなく、甘みに適度な厚さがある。

その瑞々しいユリの繊維感を包むようにアイリスのパウダリーさが奥の方から現れ始める。

これ以降は今年流行りのアイリスのパウダリー系の香りだと感じるのだが、殊に香りのなかの、イメージの連鎖の動線が美しく整然としていると感じた。トップの柑橘のフルーティーさとジャスミンのバナナのようなまろやかで内に乳白色の色を湛えた瑞々しい香りがユリのパウダリーな繊維感とアイリスの粒子感と重なり、そしてそれがアンバーに行き着く変化は、各々が整頓された動きで非常にゆっくりとグラデーションになってゆくような滑らかな変化の表情を見せている。終始ユリが主体になって香るが、突出しているわけではない。ある程の位置でで足並みがそろっているような印象で、爆発的な広がりや飛躍は無い所がむしろ夏のたるみやすい気温や肌に流されることがないのではないかと予想出来た。

 ラストは私の肌ではアンバーとアイリスが残った。バニラとベンゾインが調香に見られるものの、不思議と強まる事は無く、むしろミドル以前の甘い花々の部分やアイリスの底の部分を補強している時の気配の方が印象に残っていた。そのアイリスがトンネルのように周囲に螺旋を描く様に奥行を作り、その先にアンバーの横に走るスピード感のある底を見る事が出来る。個人的にアンバーが強く出てしまう体質なので、ミドルの終わり以降からこのアイリスとアンバーの組み合わせが目立っており、トップ〜ミドルのしずる感が一気にそこのドライな流れに回収されて分解されてゆく感覚があった。

イメージ的には色なら明るい緑の筋の入った白を彷彿とさせる。

公式サイトの説明では「肌に乗せたときの肌との距離やその温度」の様なものをテーマに含んだ銘だと伺える。確かにしっとりと露が火照った肌にしみ込む様な香り方をしている。(同じく近所に置いてあるパウダリー系のブルーノース(アゴニスト)はどちらかと言うとスピーディーなパウダリーさで肌からイメージが離れて行く所が魅力になっていた印象がある)

それは夏のささやかなイメージで形容すれば、初夏の日陰で涼んでいるときにふと吹く風や肌に触れた時の自分の手の感触、クーラーの効いた部屋に飛び込んでキンと冷えた空気に身を委ねた時に首筋を滑る汗のような、肌に極近いのだが仄かに冷たい心地よい温かさを思わせた。

本当は良くないのだろうが、マイロはいつも通り吹きかけるのも良いが、てのひらに何プッシュか取ってから、自分の手で首筋に押し当てて香りをまといたい気持ちになる。

 

 その日は他の香水を試さずに店を後にした。

その日朝からつけていた香水は通行人達と同じようにラストノートになって久しかったが、腕を振るたびにマイロの香りが漂い、その瞬間だけ時間が巻き戻ったように感じた。

 

 

https://www.laboratorioolfattivo.com/

86.アーモンドの花《ALMOND(Ortigia)》

ラクレットの店で、こってりしたチーズのスイス料理の後に、アーモンドフレーバーのエスプレッソを飲んだ。

 

なんだか今年は香水でも植物系ミルクと並んでアーモンドが気になっている。

いくつかのブランドでもその傾向はぼちぼち見られている。

 

そのきっかけのあった日は、漸く仕事終わりにミッドタウン内の香りものを調査しに向かっていた。

オープン当初は遊園地さながらの混みようだったが、

それから約一ヶ月、平日の夕方は辛うじて幾分か落ち着いた混み方になってきた。

日本初上陸の店舗が多いと聞いていたのでどんな香水があるかと楽しみにして行ったところ、ルームスプレーばかりが目立って香水が見つからなかった。

このまま見つからなかったら潔く帰ろうと思いながら3階を回っていたら、雑貨屋のTempoの前を通りがかった。

すると、奥の棚にOrtigia(オルティージャ)というシチリアの香水ブランドの商品が揃っていた。

見慣れない顔だ。

何でもまだ卸す先が他に見つかっていないそうで、現在Tempoの店にしかないものだという。南青山にも店舗があるらしいが、そちらにもあるのだろうか。

 

香りはその鮮やかなパッケージデザインとは予想外に甘さが控えめであっさりとしており、香り立ちは締まっていた。ミドルレンジにしばしば見られる金属的な軋みがこのブランドに関しては良い意味でのアクセントになっていたように思う。

(因みにシチリアのサボテンの香りのフィコ・デ・インディアが一番人気だそうで、何となくフエギアのラテン感と通じるものがあった気がした。)

 

私がその中で一番気になった銘がALMONDだった。その名の通りアーモンドの花の香りらしいが、他の香りと比べて明らかに香りのトーンが違ったので興味を持った。

 

所感は以下。

 

 

アーモンド(ALMOND)

→トップはユリなどに通じる鼻に抜ける直線めいた筋感とそれに乗ったグリーン、そして奥には油脂めいた滑らかな層を感じる事が出来る。

ムエットだとその表情がはっきり分かるのだが、肌に乗せるとすぐに染み込み、端的に言えばハンドクリーム類のような香り立ちになる。香水でこのようなアプローチのものは珍しいと思った。

若干スズランのようにも思える緑の含まれた甘さが軽やかに上層で香り、それは深くは根差していない。やがてイリスやバイオレットのような柔らかなパウダリーさも奥から広がって来るのだが、それはどこかに漂ってしまう軽さというよりはやはり全体に感じるオイリーな液状感が香り立ちがしっとりと肌の上に定着させている。しかし、矛盾している表現だが、ベース自体は不思議と軽く、その部分が香りを支えている訳ではない。

各自が各自で肌に定着し各々その深度も違う印象だった。

その部分にフォーカスすると、アーモンドという名前からの先入観からだろうか、煎ったナッツのクリスピーさもあるが、この時点では何より茹でたピーナッツやアーモンドを噛んだ時の、あのやや湿った弾力のある歯ごたえとナッツのオイルが香りと共に口の中に染み渡るようなコクを最奥に覚えた。

ミドルに近付くにつれて、その辺りから感じ始める肌に張り付くような位置でこごもるジャスミンとバニラのような香りを始めとして、香りの塊全てに潤った透明なコーティングがされているような感覚を覚えた。

そこにフォーカスしていると、インセンスやフランキンセンスのような清廉に弾ける香りが奥からやってくる。由来はウッド系なのだろう。透明なコートにある時は反射し、ある時は混ざり合いながら広がって行くため、透明なコーティングの潤いは拡張されてゆく。

その一連の有りようはキリッとした軟水のような質感で、これから甘くなっていくだろうと思っていた分ミドルでそのような表情を見せるとは思いもよらなかった。

終盤になると透明なコーティングは消え始め、その透明なまとまりから解放されたパウダリーなベビーパウダーのような香りが地面にひろがって行く。そのラストもまたミドルで現れたウッドの清潔な香りと相まるものの、依然クリーム状の香り方をしていた。

アーモンドというとグルマン的な甘さのある先入観があったが、それに反して終始分かりやすい甘さは無かった。あるとしてもあくまで植物的な、生感のある甘さだった。

 さて、後程Fragranticaで公開されている調香を調べると、

アーモンド、パウダリーアコード、アーモンドフラワー、アーモンドツリー

とストイックにアーモンドで構成されていた。

ではあのいくつかの花のような香りはスズランやイリスではなかったのか。

実際に嗅いだことはないが、アーモンドの花は杏仁の香りがするらしい。それを聞くと、トップからの油脂感とスズランの様な香りはバラ科のアーモンドの花由来だったのかと納得できた。

 

 因みにOrtigiaの香りは香水だけでなくパフュームオイルから石鹸、クリスタルパフュームまで良心的な価格で広くバリエーション展開をしていた。

Almondに関しては、いずれその中の一つは買っておきたいと思った。

 

 

 

アーモンドというとやはりローストしていたり、チョコレートの中に入っているものを想像してしまいがちだったが、この香水を知って印象が大きく変わったのだった。

当たり前だがアーモンドもまた植物なのだ。

 

スイス料理屋で飲んだエスプレッソのアーモンドはフレーバーらしいアーモンドの香りだった。

しかし飲み干す時の一瞬、その中に仄かにアーモンドの花のような香りを見つけて少し嬉しくなった。

 

 

 

 

 

https://www.ortigiasicilia.com/

 

※ Tempoの他の雑貨と並ぶOrtigaは肉眼で見てほしい気もする。

tempo23.com

 

85.夜のゆりかご《NOUN(Bogue Profumo)》

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夜が長い。

少し前までは銀座や新宿に足繁く通っていたが、今は何だか歩く気になれず早々に家に帰るようになった。

 

この職業になってから初めて迎える春だ。

私は深まった春が得意ではない。

その日は特に、会社周辺の会社員達の疲弊やそれらの群衆に紛れた正気ではないような浮ついた気配が生温かい空気と共に顔に纏わり付いてくるようだった。

 

仕事が終わるや否や早くこの場所から遠ざかろうと急いで電車に乗り、うんざりしながら帰路の人気のない道に入り込んだ。

 

 

その日は試香の所感を残そうとBogue ProfumoのNOUNを付けていた。

Bogue Profumoは海外では軒並み評価の高い新鋭ブランドだ。

私はまだこのブランドを総括できる言葉を持っていない。しかし、古典的な製法と熟成したヴィンテージ香料が一見古風にも思えるが、その実クラシカルの皮を纏った、最前衛の香りだとは分かる。

 NOUNもまた複雑な香りであるがブランドの中では比較的付けやすい。

案外暑くも寒くもない今の時期に合う珍しい香りだと思う。

 

所感は以下。

 

 NOUN

→最初ボトルを開けるまで、どこかカビっぽい香りを感じたが全く心配なかった。

トップはライム、ユズ、オレンジなどのトップらしいジューシーな甘みのある柑橘系の香りがプチグレンの爽やかな苦みに抱えられながらまとまった調子で現れる。グリーンはミント、プチグレン、バジル、など甘さを引き立てる類の香りが担っており、その茂った葉に乗せられた果汁が上から降り注いで来るような独特の広がらなさが、明るい香りである調香なはずなのに夜の先の見えない暗闇を彷彿とさせて印象的だった。

奥まで吸い込むと、仄かにベンゾインのようなガルバナムやレジン系の凝縮された質感の底に行き着く。この段階でややパウダリーに香るミドルの花々や層の厚いベースの存在がこれからの香りの舞台の輪郭を作り込んでいるのが分かる。

それは先ほど言ったように何か優しいものに「抱えられる」といった感覚で、どこか柔らかい狭い空間で広い空間の切り取られた一部分をメランコリックに享受しているような(決して悪い気分ではない)感覚だった。

徐々にオレンジのキャンディーのような甘酸っぱさを残したグリーンの中に時折それと交代する様にミドルのイランイランとジャスミンの気配を感じられるようになってきた。それは明らかにトップの植物とは属性の違う(同じ植物だが)、優しいが確かに動物的な血の通い方をしており、現れるとそちらに意識が行ってしまう。

ここまでのトップは例えれば深い夜空とどこかで茂る濃緑の葉的な風景が抽象的に描かれているが、ミドルに差し掛かるにつれて新しい描写が加えられてゆく。

 序盤からあったパウダリーさがクラシカルなローズとゼラニウムの表情を一層出しはじめ、面状にごく薄く広がって行く。布のような繊維感は体温と混ざり合い、グリーンと花々より手前でそれらの中腹の香りを温め始め、トップと同じように広がりは動きと言うより鼻をその場に落ち着かせるような香りになっていった。

視点は一つなのだが、手元のパウダリーさとグリーンとミドルの動物的な花の香りを行ったり来たりする感覚は、何やら揺りかごののような揺れ方だと感じた。

夜の広い庭で一人揺りかごの中で揺られながら、揺りかごの外に広がっているであろう外の草花のざわめき、野の動物の痕跡、様子を嗅覚だけで探るような幼子の気分だった。この先は己の香りの染みついた夜露に湿ったブランケットだけが味方の、孤独だが静かで神秘的な一夜の体験となるのかもしれない。

このミドルで香りの豊かさが極まると、徐々にラストに向かって甘さはベースノートのレジン部分に沈み込んでゆき、パチュリの土のような鼻に抜ける深い湿り気とセダーやベチバーなどの乾いた香りが全面に押し出されてきた。ただし、一面ドライなウッドというわけではなく、あくまでレジン系の甘さは最後まで続く。

ベースにはオリバナムやバニラとベンゾインが入っているが、ようやく見えたそれらの全貌は、トップ〜ミドルで他の香りと上手く混ざり合いクラシカルさやヴィンテージ感を醸し出していた層の厚いものではなく、浸透して行くように肌との距離を縮め始めた。その様相は今までの体験が遠い昔のように思えるような沈着さをもっている。緩やかに変化していたはずなのに、ラストの半ばまで行くと、ひょっとしたら今までの香りの揺れは全てベースの香りが見せていた幻影だったのではないかという感覚を覚えた。

白昼夢から覚めるように記憶や快楽への没入をふつりと切ってしまうような良い意味での静けさがある。

これはBogue全体に感じているが、確かに香り自体は濃厚なのだが、個々の立体的で個性が立っている香りがお互いの口を塞ぐように重なり合っており、その身を寄せ合って息を潜めているような、眼差しだけ感じるような沈黙がとても現代的だと感じた。

 

 

 

 

 

 立ち止まって腕に乗せたNOUNの香りを吸い込むと、なんだか自分が暗い道の一部となって、遠くから誰かに見られているような気分になった。

 

普段とは少し遠回りをして暗い夜道を通り抜けて家路に就いた。

 

最後の古い家の角を曲がると、その何十年も前に閉めて久しい商店のシャッターの奥からは微かにテレビの乾いた音が聞こえていた。

 

 

 

Bogue Profumo

84.春風《LE MAROC POUR ELLE/L'EAU(Tauer Perfum)》

新年度になり、外もぐっと春半ばの雰囲気になった。

先日、毛利庭園で人生で初めての花見を体験した。人々と一緒に桜を真下から見上げるのは何とも不思議な感覚だった。

桜は芳香のある種類ではなかったが、その日はふと春風が吹くと、新緑のやや柔らかさの残る爽やかな香りが花びらと一緒に降りてきて心地よかった事が印象的だった。

 

その日の直前に、タウアーパフュームのサンプルセットが届いた。

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新鋭の調香師の中にも調香師アンディー・タウアーをリスペクトする者は多い。
21世紀ニッチパフュームの旅をする上では避けて通れないブランドだ。ゲランの「ゲルリナーデ」ならぬ「タウアーデ」(と発音するのだろうか…)と評される独特の香り立ちだと聞いており、どこかで入手しておく必要を感じていた。

 

今回はタウアーの変遷を縦断してみたい思いがあったので、

NO 01 LE MAROC POUR ELLE(2005年)

NO 11 CARILLON POUR UN ANGE(2010年)

NO 14 NOONTIDE PETALS EDT(2013年)

AU COEUR DU DÉSERT(2016年)

L'EAU(2017年)

の5本を購入した。

どれも面白い香りだったが、花見の翌日に本腰を入れて試香してみたところ、その日は一番初めの銘であるLE MAROC POUR ELLEと最新作のL'EAUが心に留まった。

 

 

LE MAROC POUR ELLE

→まず調香を見てみると、モロッカンプチグレン、フレッシュラベンダー、レッドマンダリン、モロッカンローズアブソリュ、モロッカンジャスミンアブソリュ、モロッカンアトラスシダーウッド、サンダルウッド、パチュリ

と一見癖のないお馴染みの香りを想起させる。実際トップの出だしはプチグレンとラベンダーの爽やかな青さが広がるのだが、すぐにジャスミンの内に籠るようなアニマリックな甘みが並走し始める。それはシベットが入っているのかと思うような濃厚な白い花の生花に鼻を押し付けたときに感じるような良い意味でのえぐみのアクセントとなっており、その凝縮された丸みのある甘く瑞々しい熱量が一気に香りの奥行を作り出してゆく。

間もなく、緩やかにプチグレンやラベンダー、マンダリンなどのトップの爽やかさはジャスミンの膜の奥に入り込んでゆく。ここでローズの香りも感じる事は感じるのだが、私の肌ではあくまでジャスミンが最前面で、ローズもマンダリンと同じ位置でジャスミンの香りが揺らめく反射で認識が出来た。時間が経つにつれて、マンダリンを筆頭とした酸味の部分がタイトに絞られてくる。ベースのウッド系の乾燥した香りがミドルの重みを支えて深みに落とし込まずに中央に固定している印象を受けるが、その下にはかつてジャスミンが開いた奥行に、パチュリの土っぽく独特の渋みのある深い沼地が出来上がっている。一歩踏み外すと途端に胃もたれするような重い花の香りになってしまうだろう。ローズの香りもあくまでジャスミンの香りを支えるようなポジションに思えた。ローズのジャスミンと比べてやや薬的な気配のおかげで中心の甘さの部分に余計な輪郭が混ざり合わない様にも思える。

水面が揺らめくように香る深淵を見下ろしながら絶妙な位置で鼻を掠めるミドルの香りは楽しくも緊張感のあるメリハリを作り出していた。

ラストに近づくと、シダーウッドが強まってきた。それによって開いていた奥行が徐々に閉じてフラットになってゆく感覚を覚えた。ジャスミンはベースのサンダルウッドのミルキーさと混ざり合い、ふんわりと柔らかい吐息のような丸みで宙に浮いている。ローズの横線の酸味がその中心を射抜いているように香るおかげで香りは変な方向に広がる事は無い。全体的にバニラのような香り方をするが、その奥のウッド部分に注目するとトップのプチグレンやマンダリンが乾いた粒子の間で水滴の様にちらついて香っているのが分かった。その水分を染み込ませて香るところはやはりウッド由来だと感じる。

全体的に香りの表面は滑らかなのだが、クリスピーに弾けるような明るい香り方をするため、香りが深まったとしてもジューシーな透明感が失われなかった。楽しい香水。

 

 

 L'EAU

→タウアーのスイスの家のベランダで感じる朝の香りをモチーフにしている。

調香はライム、レモン、オレンジ、レモンブロッサム、イリス、ムスク、アンバーグリス、ウッディーノート、サンダルウッド

と軽さのある印象となっており、L'EAUという水系の名前でもあるが、実際は柑橘増し増しのアクアノート系の淡い香りではない。

トップはやはり爽やかに、ライムの苦味とその他の柑橘が広めに用意された空間に軽やかに広がって行くが、ここはやはりタウアーで、ミドルのレモンブロッサムとイリスがすでに奥の方で優しい花粉めいた気配を見せ始めている。イリスはレモンブロッサムよりも少し前から現れパウダリーな粒子の網でトップの柑橘群を包み込んでおり、名前から想像すれば些か重めのパウダリーな重力が中腹に落ち着き、揺るぎない体幹を作っているように感じる。そのおかげで柑橘類の香りはフレッシュなフルーツ的な役割は一瞬で、そのあとは縦に伸びる葉脈のような筋張ったシャープな酸味の線となって敷き詰められて行くイメージを受けた。イリスの存在感はラストまで続く。

レモンブロッサムの気配は花弁の奥の油分を彷彿とさせる滑らかな香り立ちと共に感じられ、その滑らかさから突出した、いい意味での表面の凹凸を鼻でなぞるようなノイズ感やその粒子のランダムに弾ける香り方がLE MAROC POUR ELLEを始めとした他のタウアー香水と通じていた。

レモンブロッサムが現れてから間も無くバニラのような甘さもごく仄かに、徐々に奥からやってくるが、この部分もパウダリーというよりは蝋のようなやや重い密度と距離感の控えめな甘さのため、現段階では花そのものかイリス由来のような気もした。この密度の影響か若干カモミールのような甘いハーブ的な表情が見える時があり、そのおかげでレモンフラワーはオレンジブロッサムよりもすっきりとプチグレン寄りの酸味とやや脂っぽい印象を受ける。

ミドルが深まった辺りで奥のほうから甘さの控えめなウッドの香りが染み出してきた。そのままウッドは香りの芯の部分に浸透してゆき、全面を飲み込んでゆく。意外にもミドルのラストへ向けてのバニラの予感からは少し距離が出来、イリスのシャープな表層と併せて涼しげなパウダリーの表情を見せる。それは確かにグリーンではないのだが、夏が近くなってきたあたりの夜の公園でよく感じる濃い緑の葉の香りを彷彿とさせた。

ラストまでレモンフラワーの香りが中心にあったが、やはり終盤になると一度は影を潜めたサンダルウッドの甘さが浮上し始め、ミドルの香りは私の肌ではもうほとんどバニラ調の香りに回収されてしまっていた。しかしこの部分もウェットなグルマンのバニラではなく、あくまで花のバニラを想起させる。バニラもレモンフラワーと同じ白い花の仲間なのだったと改めて感じた。

 朝のどこか遠くの草花の香りの混ざった空気の清浄さや爽やかさというより、朝、そんな清浄な空気のうちに目の前に広がる愛する植物の息吹に触れる多幸感をイメージできる。

 

 

 

 

所感でも何度か触れたが、タウアーの香水は香りの粒がそれぞれそれなりの強度と輝度を持って四散する。それはしばしばえぐみや臭み、苦みとしても認識できるのだが、そのおかげで、鼻を通り過ぎる直前にクリスピーに展開される香り立ちが他にないポップさと臨場感で心が踊った。

それは毛利庭園で感じた春風の、ふと周囲の香りと描きこみ方の違う強度のある緑の香りが舞い込んできた時の眼が覚める様な一瞬に似ているようにも思えた。

この一瞬の季節にタウアーパルファムを試せたのは幸運だった。

タウアーの香りを聞くたびに、春に感じた素晴らしい嗅覚の記憶がいくつも蘇るのだろうと思う。

 

この記事を書き終える今日は、前の日と打って変わって朝は肌寒かった。しかし、気温が不安定であっても、やはり風は紛れもない春の香りがする。

 

 

 

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