polar night bird

香りの記録

108.ロシアの記憶《Ladanika(Ладаника)》ロシアニッチ香水レポート

世の中が今の様になる直前にロシアのインディ香水と作家事情が気になった事があり、Ladanika(Ладаника)からサンプルを購入していた。

その後今のような状況となり、どうやっても香水へマイナスな印象を与えかねないと感じて公表のタイミングを逃していたのだった。

が、戦争は良くないにしろ、第三者の国の者が当事者国の個人や文化と戦争を全て結び付けて忖度して語るのもまた野蛮な行為である。

私は昔からロシアの文化や料理や映画が大好きであり、これは今後も簡単には変わらないだろう。(ペリメニは自作するし、トルストイは10代の頃のバイブルで、映画『太陽に灼かれて』や『ミトン』、『霧の中のハリネズミ』などは最高だと思う)

という事でレポートを公開したい。

 

さて、Ladanika(Ладаника)はロシアの調香師達がロシアにまつわるテーマで香水を作成するプロジェクトで、ロシア全体のニッチ香水の発展や作家の認知に繋げるのがねらいの1つらしい(私とGoogle翻訳による解釈だから本当はどうか分からない)。

サイトからは各調香師達のプロフィールやブランドにも飛べる様になっている。

香水に関してはやはり意図的であろうが、各調香師は「ロシア土産」を思わせるだいたい同じグレードの香料を使用してライトに作成されており、そこがむしろ香料自体の良し悪しに左右される事なくコンポジションや作家の調香のエッセンスを楽しめた気がして、各作家が個人ブランドで展開するフルスロットルの作品を聞いてみたくなった。

 

まずサンプルを10種取り寄せてみた。

以下にレポートとして軽い所感を残したい。

(和訳はGoogle翻訳と私であるのでおそらく正確ではない)

 

①Аленушкины сказки(アリョヌシュカのお伽噺)

主にキッチュないちごキャンディーの香りで、日本人でもノスタルジーを感じる者は多いだろう。しかしこの香りで目を見張るのはミルクを初めとした動物性の香りである。濡れたキャンディーを包むその生っぽい温度のアニマリックさは他になく無臭で無防備であどけなく、透明感を保ったイチゴのケミカルな果汁感で湿る事で飴を舐めている人間の吐息や気配の様に近くで香る。不思議と安心するその香りの主はお伽噺に聞き入る我が子か、それともあの頃の自分自身か。

 

②Темные аллеи(暗い路地)

徐にフルーツの香りが立ちはだかるが、その先にはそれとはややズレたような白い無機質な道が通っている。それが通り過ぎた後は外縁が干された草の様な茶色いカサカサした香りのリンデンの圧のある緑がかった香りが中心になるが、そこでもやはり無機質な酸味を伴った滑らかにコーティングされた金属質を仄かに感じる。書き割り的な動きと情景的なズレが忘れられない香りだが、ロシア人的にはリアルな路地の香りだというレビューを見た。本当に?

 

③Вальс цветов(花のワルツ)

おそらく調香師の中で一番年長であり、旧ソ連時代から調香をされている作家の作品。クラシカル香水らしくアルデヒドジャスミンの上物の口紅の様な滑らかさから始まり、ライラックやイランイランなどの花々がメロンの様な丸い汁感をもって軽快なスピードで回りながら混ざり合う。そこから徐々に緑とシクラメンのクールに走る楕円状のスパイシーさが中心から開いて行く様は、花がその蕾を開く直前の一瞬を見ているようでもあった。

 

④Березовый сок(白樺の樹液)

一本縦に伸びる明るく爽やかな苦味のある木と、そこから大ぶりなバーチリーフのシャープな緑の香りが外側に広がっている。寒冷地の暖かな朝の様な爽やかさの中木から発される透明な蒸気の様なスモーキーさの中を進むと、甘さの控えめな樹液が露玉を作っているのが分かる。そのほのかな温かさを感じようと近付くと葉の苦味が影となり、幹の部分と一気に距離が縮まる。自分も樹液となって木の幹に抱きついている様な感覚を覚えた。

 

⑤Подмосковные вечера(モスクワの夜)

近くで香るベチバーと干し草のむせかえる様な香りは吸い込むとその先に柔らかなクローバーやリンデンの薄緑色、さらに最奥には甘酸っぱい小ぶりな木の実の濃く凝縮された色が受け止めている。辺りにはリンデンから派生したミルクめいた霧状の優しい乳白色の壁が敷かれており、それは一見不動であるが、いつの間にかそれに全てが霞んで行く。ロシアというと雪のイメージしかなかったが、寒冷な地域で育つ強い緑の香りも豊かな国なのかと考えられた。

 

⑥Русская сказка(ロシアのおとぎ話)

スモーキーな毛皮の香りが森の緑めいたベリーの香りに覆い被さっている。そのベリーに注視すると感じられる蜜めいた香りはアニマリックさを肉厚に、大柄に見せて行く。そのせいなのか紅茶や茶葉が含まれているからか、毛皮の中のベリーや花の香りは暗い色のコクのあるやや苦めの液体の中に沈んで行く。全体を通して常になんらかの動物性の生っぽい気配が漂い、それが妙に異国的に感じた。

 

⑦Русская Матрешка(ロシアのマトリョーシカ人形)

鮮烈なベリー系の香りとくっきりとした茎感を持った緑の中に柔らかなグルテンの様な内側に籠る香りが奥から広がって来る。それらの間には薄いガーゼめいた布が柔らかく噛まされている。その後は蜂蜜に似た熱を持った甘さが湧き上がると同時に放射状に広がるリンゴの発酵感やシード系の苦味などの香り達がほっこりと内側に抱き込められて人の手の温かさに似た温度で香る。様々な味が飛び交う賑やかな香り。

 

⑧Казачий Дон(コサックドン)

光を抱き込んだウォータリーな明るく透明な紫色の渦の底には頭をもたげたタバコと草の苦味のちりつき、鉄めいた重みが沈んでいる。半音上がったバイオレットリーフの心地よいエグ味が周囲に馴染むとミルキーな甘味に溶け込んだ緑の香りが押し寄せて全体が浸される。その中にゆっくり甘みが落ちて行くと同時にタバコのスモーキーさが澄んだ明度を保ったまま上がって来る。ドンは川の名の様だが、明るく澄んだ川なのだろうか(敢えて調べない事にする)。

 

⑨Кот Баюн(キャットバイウン)

ロシアのおとぎ話に出て来る巨大な猫の事らしい。猫好き国の猫の香りという事で興味深い。

プルーンの様な暗褐色の甘味は熟成したコニャックの様なとろつきと浮遊感を醸し出す。ただジャムのブラウンシュガーの様な香ばしく空気を含んだ甘味とざらつきが甘過ぎない。そこへ徐々に乾いた渋味が仄かに加わり始めるとプルーンが混ざり合い、酩酊の中で見る幻影の様に湿潤な動物の輪郭をぼんやりと形作って行く。色味がチェシャ猫の様であるが彼よりずっと沈着で老練な猫の様に思えた。

 

⑩Баба Яга(バーバヤーガ)

こちらもお伽噺に出てくる山姥?魔女?らしい。しかし不幸にも紛失してしまった。また発見されたら改めて所感をのこしたい。

(この銘だけが消えるというのも何やら意味深である)

 

 

総じてロシアの記憶のノスタルジックな部分に着目したアプローチが多かった様に思う。触れば崩れてしまいそうな浮遊感を持つ香りたちは、旧社会主義圏の可愛らしいヴィンテージ皿を思い出させた。

また、しばしばアニマリック香の使い方や表現の仕方が欧米よりもアジア圏に近いものが見られたのも大変興味深かった。やはりロシアはアジアなのだな。と感じた。

 

今、ロシアの香水作家も厳しい立ち位置らしい。この混乱が収束した時、ロシアが、そしてそのインディ香水シーンがどうなっているかは日本人の私には予想できない。

しかしこの興味深いプロジェクトや個性豊かな作家達の活動はどうにか続いてほしい。そしてロシア香水の魅力を更に知って行きたい。様々な表情を堪らなく見たいのだ。

 

そんな願いを胸に、今晩もロシアレストランのスンガリーで覚えたロシアンティーの再現に精を出している。

 

ladanika.ru