polar night bird

香りの記録

80.UNUMの黒《LAVS(UNUM)》

雪の降る日にnoseで注文していたUNUMのサンプルが届いた。

雪で再び外に出る気もせず、若干時間を持て余していた私にとって丁度いい到着だった。

 

UNUMというと、マルチにアーティスト活動をしているFilippo Sorcinelliが立ち上げたイタリアのブランドで、アーティックなボトルは遠くに陳列されていてもすぐにUNUMと分かる。

前にはパリでの思い出としてRosa Niglaの所感を書いた。

57.パリの夢(Rosa Nigra 他) - 日々の糧—香り日記—

この酷く寒い今日ではもうこの記事の体験が大昔の記憶のようなのだが、最近ふとイタリアの香水に興味が出て来たので、他のいくつかの香水と併せて Io Non Ho Mani Che Mi Accarezzino il VoltoとLAVSを取り寄せたのだった。

 

パリの旅行以降も様々な香水に出会ったが、やはりUNUMのアートワークはニッチパフューマリーの中でも群を抜いて格好良い。それらの帯びる重厚な黒が、思慮深い香りにとても映えている。

  

今回は2つのうちのLAVSのほうから所感を残したい。さり気ないが深い雪の日にぴったりの香りだ。

lo Non Ho Mani…の方もこれまた趣向の凝らされた濃い目のレジンの香りだったので、二種類同時だと所感をまとめきれないと思った。

 所感は以下。

 

 

LAVS

→トップから澄んだ香りが染み出すように香る。スモーキーだが燻製、みたいな印象ではなく、水蒸気のようなきめ細かい湿潤感と粒子感だが、同時に冬の外気のようなドライな突き抜け感がある。その中心はフランキンセンスのような密度を持ったすっきりとした線が走っており、その香りの一群を補強するようにカーネーションやバラに通じる青さのあるフランキンセンスと比べてやや粘度の高い花の香りが並走しているイメージを受ける。その部分は混ざり合った状態でとてもゆっくりと漂っているので、寺院に漂う香の薄い香りのミストのような印象を受けた。

調香を見ると、ジャスミン、カルダモン、ブラックペッパー、エレミ、コリアンダークローブカーネーション、ラブダナム、オポポナックス、ローズウッド、アンバー、オークモス、トンカビーンとなっている。

確かに、澄んだトップの水蒸気のような点在感はカルダモンやクローブのクラシカルなハーブの調香が由来だった。その中央に感じていたフランキンセンスの香りは、調べてみるとどうやらエレミとオポポナックスの香りだそうだった。

がっつりとした樹脂ではないからだろうか、樹脂の香りの密度の高い重さよりライトで柔らかい印象を受ける。しかし、ハーブの香りと合わせて、そのスッと鼻を通り抜ける香りの筋が張ったやや酸味のある清浄な香りからは、やはりキリスト教におけるフランキンセンスやミルラのイメージを受け取れる。

時間が経つにつれて、ベースのオークモスとウッドが地平を広げて行き、煙もそこへと広がってゆくので幾分かは薄まってゆく。香りの調子はラストまでこのようなテンションで展開されてゆくのだが、スモーキーさは最後までトップの状態以上にはならない。私の肌では不思議とラストの方がエレミがモスとウッドに乗った調子ではっきりと香った。やはりオークモスから感じる石のようなある種の冷たさが心地良い。ジャスミンやトンカビーンといった特徴的な香りは良い意味で最後まで目立たなかった(残り香が時折若干甘いと感じる程度)。

このような香りの分類はスパイシーウッドなのだろうか、オリエンタルなのだろうか。終始雑味のない、金属の振り香炉から噴きこぼれる聖なる香煙を思わせる。それに包まれた時の、心身が清められてゆくような、何とも言えない厳かで静かで、それでいて視界が新しく開いてゆくような祈りと儀式の体験を、煙に乗せて遠い異国の私にも情緒として味わせてくれた。

煙といっても、最後まで火を連想させる気配は感じられなかった。トップで湧きたったやさしい軽さの煙だけがしっとりと揺らめきながら消えてゆく。

 

 

 

 

オークモスがベースの、大変私好みの静謐系の香りだった。

その時間が止まったような静寂が心地よく、周囲の布製品にもLAVSを吹きかけてみた。

こうしてLAVSの香りに包まれていたら、ふと、どこかの映画で見た昔のヨーロッパの家族の祈りのシーンを真似てみたくなった。

電気を消して、ろうそくだけを灯してみた。

 

この夜は雪のおかげで全くといって良いほど外の音が聞こえてこなかった。隣の大学生も今日は家にいないようだった。

 ろうそくの小さな火が微かに低い音を立てているのが分かる。

 

漆黒の中には私たちの目には見えないだけの様々な何かが無限に内包されているのだと、どこかで教わった記憶を思い出した。

LAVSのモノクロの静けさが入り込んだ小さな自室は、本当に雪に閉ざされた、周囲の世界とは隔絶された空間のように思えた。

 

 

unum