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香りの記録

103.水の苦味〈O'FRAICHE(ギャラガーフレグランスGALLAGHER FRAGRANCES)〉

最近ハーブの調合に興味があり、手作りのハーブ煙草なども作成してみたいと考え、ひとまずいろいろと材料を採取して準備をしていた。

 そんな中、長らく手を付ける暇の無かった新鋭のニッチ香水「ギャラガーフレグランス(GALLAGHER FRAGRANCE)」のサンプルを一度に試したのだが、その中のO'FRAICHEという香りが印象的だった。

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ウェアラブルなタバコの香水を作る」という目的で作成された背景を持つ香水である。

世に出回るタバコの香りはやはり火を点けて喫煙するイメージと、それらのお供である夜や酒などと抱き合わせられ、香りも熟成された深みのあるものや濃厚で重めな調子のものが多い先入観があった。

葉そのものの香りを表現した香水もあるが、そちらに関してもタバコの葉を嚙み潰した感を強く押し出したような、やはり口に含んだ際のイメージのものが多い先入観がある。

どちらにせよタバコの香水は避けがちな種類であった。

その点でいうと、堂々と喫煙のイメージとは相反する様な「O'FRAICHE」という名前を冠している点から興味深く思えて真っ先に試したのだった。

HPには

ベルガモット、ブラックカラント、乾燥タバコ、コンコードグレープ、オレンジフラワー、トマトの葉、スモーキーバーチタール、ベチバー、パチョリ、オリスバター、ムスク、サンダルウッド、ミネラルアンバーグリス

といった調香が公開されていた。確かにタバコの香水としてはフルーティーな構成が目立つ。

 

所感は以下。

 

吹いた直後、一瞬トニックめいたシャープに抜ける透明感と、みずみずしい甘酸っぱさが鼻を通り過ぎた。この透明感に鋭角的な清涼感を与えているのがタバコの葉だろうか。そこにベルガモットの瑞々しさを土台にしたブラックカラントの大粒の甘い水分感も並行して感じられる。そのため、乾燥タバコの熟成した下に降りる様な暗色めいたコクと苦味というよりは、あくまでまだ火をつける前、パイプの葉の缶を開けた際の青さと、湿気の広がりが切り取られて感じられた。しかし程なくしてバーチタールの影響か青さの拡散は押さえつけられて、一本の輪郭が明確なタバコの香りへと変化してゆく。トップの段階では、まだこの二層はしっかり敷き詰められたタバコの葉の上に水を注いだ直後の様に混ざり切ってはいない。

そこへ徐々にベチバーらしき青い苦味と乾いた土に生える根強く硬めの野草めいた香りが上からタバコの香りへ合流した。その新たな野草の香りの筋は、暫くその乾いたスピードをもって水を吸って表層付近まで上がって来たタバコの密な層に縦に伸びる穴を開けて全体の水の流れを加速させていたが、やがて底へ根を下ろす事でトップの冒頭よりも太いメントール的なドライな清涼感と、瑞々しい苦味のあるゆったりとした回流を中心部分に作り出した。

その回流の上に乗る様にゆっくりと動くブラックカラントの甘酸っぱく明るい層に目を向けると、その色素の濃い甘い木の実の香りが割れる様に、奥からグレープの張りのあるややワインの熟成したまろやかさを感じさせる丸い香りが姿を表す。しかしそれは主張の強いグレープと言うわけではなく、甘さと主張で勝るブラックカラントの甘酸っぱく真っ直ぐに拡散する香りの中で質感の違いとしてその淡い緑色の果肉感が立体的に伝わってくる。

やがて中心を流れるメントールを含んだタバコの層は水を含んで更に柔らかく膨張し、解れる様にゆっくりと広がり始める。一方で水流の速度の落ち着きに比例して木の実たちは底へと下降を始めた。その木の実の丸くまとまった香りが四散する後ろから仄かにオレンジブロッサムの甘いがや抑揚は抑え気味の白い花の香りが感じられた。それは花や木の実から果汁や蜜の香りが水中ににじみ出て溶けて行くような広がり方で、劇的な変化は起こさないものの、確実に香りを抱き込んでいる水の空間全体に重みが加わって行くのが分かった。

ただ、土台になっている水の流れとして認識できる運動とその中で漂うように運動している草花の香りは、確かに連動した動きと速度を見せているが完全には同化はしない。オリスバターやトマトの葉は奥まっている上に動きが見られない印象で、あまり気配を感じられない。にも関わらず、それらの持つ他の香りと比べてひと際フラットで動きの抑揚が少なく止まっているようにも感じる無機的なパウダリーさは、リズムの隔たりとして確かに存在感があり、両者の境界線の役割を果たしているように思えた。

そのオリスバターのどこか深海めいた明度の低い圧に注意を向けていると、徐々にせり上がってくるように明るく軽くなり、清潔で現代的なムスクに変化していった。

気が付けば周りの水分を草木果実が吸い切ったようにブラックカラントとタバコの葉、ベチバーが満遍なく広がっていた。アンバーグリスはやはりミネラル表記故かアニマリックさを醸し出す訳ではなく、パチュリと相俟って下へ沈着する様な湿潤感と重さを最後まで全体に持続させている。それ故か、ラストに至っても残されたタバコの葉や木の実、草めいた香りの一群は陽の光を反射しているような水濡れた艶を帯びており、広がり切ってやや粘ついた香りをなおも半立体的に感じさせていた。

 

思い返すと、確かにスモーキーでタバコを想起させる香りであるものの、やはり全体的に重い個体の間を縫って染み込んでゆく無重力な煙的な香り方というよりは大きないくつかの流れに沿って香りが展開しその各々の運動が影響しあう様は、液体的な構成であると感じる。

 澄んだ水たまりの中で枯葉や草が撹拌されているような情景である。

枝から水たまりに落ちてきた草や木の実はその重さで勢いよく深くまでダイブしたり表面に波紋を作る。そしてその変則的な波立ちで水中にいた先客たちもまた水流によって揺れ動く。そしてそのしずる感はどこか美味しそうで、喉の乾きが極まったときに飲む清涼飲料の美味さを連想することで水をじっくりと吸う干からびた植物の追体験したような気分にもなった。

 

そしてGALLAGHER FRAGRANCE全体に感じたのは、アメリカ的なポップさやチープさもありながら、苦味の演出がクールである点だった。

時にはべたつくような甘く濃い香りがメインストリームにある種類もあるが、それでもその中のどこかに感じる苦味は別人格的で、冷たく心地よい渋味を感じさせる。それが香り全体の陰影となっているのである。

肩の力は抜けているが読み切れないところがとても現代的なブランドであった。

 

 

この記事が書き終わる今日、煙草ではなくまずチンクチャーの作成を始めた。

花やハーブをアルコールに浸して香りを転写させる製法なのだが、この香水に出会ったことで存在を思い出した。

そしてやはり冷たいアルコールの中でふやけてゆく乾燥した木の実や花を眺めていると、O'FRAICHEの苦味を思い出すのだった。

 

 

gallagherfragrances.com